『名字先輩なら絶対出来るから!!』
『よく見ろ、敵を。大丈夫だ。お前なら』
『頑張れなまえちゃん!!』

「ぅえっ、ぐっ、がんばっ、ぶっ」


崩れた建物の瓦礫に躓いて転けそうになった。4年前まで、ここには人が住んでいた。
ここは温かい場所だった。大切な人が自分を待ってくれている優しい場所だった。ここはもう空から化け物が降ってくるただの戦場だ。

どこを見渡してもあの日の恐怖が付いて回って、もう目を瞑ってしまいたい。だけど瞑ることは許されない。だって今、私の目の前には敵がいるから。『新型』と呼ばれる敵が、目の前に、


『名字』
「、ししょー…」
『愚図ってんじゃねぇ。やれ』
「…名字、りょうがい゙でず!!」


泣くな、泣いたら視界が悪くなる。ちゃんと視ろ、ちゃんと計算しろ。何のために寝る間も惜しんで勉強してきたと思ってんだ。どう考えたって、今 この瞬間のためだろ。
胸元で抱きしめていたイーグレットを構える。
ーー腕は固い、狙うは目だ。


「ーーB級フリーの名字なまえです!新型のデータ、数値化完了しました!!!」


B級隊員は単独での戦闘を禁止されている。それなのに何故、部隊に所属すらしていないフリー隊員の私が たった一人で敵に銃口を向けているのか。
それは私が『視覚数値化』という特殊能力を持って生まれた、それ故である。


ーー


「加賀美先輩!荒船隊今どこ?!」
『基地南部にてトリオン兵と交戦中の東隊に合流予定。なまえちゃんも到着次第援護に入って!』
『名字了解です!』


ぷつり。通信が途切れる音が、やけに大きく脳に響いた。
基地南部、今私がいるのは基地から見て西南西に位置する場所だから、直通路使って全力で走れば15分…いや、10分で合流出来るはずだ。東隊と荒船隊が組むんだ、心強すぎて今なら何でも出来る気がする。


「あった、直通路、」


トリガーを叩くように認証させ、ドアのロックを解除する。開き切ってないドアの隙間に体を滑り込ませたら、後は南口まで全力で走るだけだ。
門の数もトリオン兵の数も普段に比べたら桁違いの多さだけど、情報によればトリオン兵はまだ一匹も警戒ラインを越えてないらしい。4年前より全然マシだ、と息を吐いて、気付く。

ーー4年前より大きな戦争になるって、迅悠一は言ってなかったっけ、


『やっほー名字ちゃん、聞こえる?』

「…迅悠一?」
『正解。頑張って走ってるとこ悪いんだけど おまえ行き先変更な。今すぐ南西に向かって』
「ぅえっ?!」


ちょ、ちょっと待って、南西ってどこ!え、ちょっと戻んなきゃ行けないじゃん!もっと早く言えよ!
バタバタと来た道を戻りながら通信をオンにして文句を垂らす。はは、ごめんごめん。と全く悪いと思ってなさそうな声が返ってきて思わず壁を殴ってしまった。ごめんって言うならもっと気持ち込めて言えやこのぼんち野郎。


『なんかヤバいの来たっぽいから、おまえちょっと視てきてよ』
「野次馬みたいなノリでヤバいの押し付けてくんなよ!」
『大丈夫大丈夫、おれを信じて』
「言われんでも信じとるわボケェ!」


信じてなきゃわざわざ来た道戻ってまで南西行かんわ 言わせんなよ小っ恥ずかしいな!!迅悠一の笑い声を掻き消すように、ぎゃあぎゃあと喚きながら出口を目指す。確かここを曲がったら直ぐのとこに出口があったはず、


「あった!南西口ついた!外出るよ!」
『よーし、じゃあおまえのサイドエフェクトで そいつの弱点サクッと見つけてくんない?』
「わかった!そいつって誰?」
『行けばわかる。頼むな』


ぶつり。通信が途切れる。
いやいや、そいつって誰。弱点って何。てか行けばわかるってどこに行けばいいの。圧倒的言葉足らずだよ主語述語ホウレンソウはご存知なくて?
ごち、ドアに頭を押し付けて、はあああ、と深いため息を吐く。


「ほうれん草の胡麻和え食べたい…」


醤油より砂糖を多めに入れたやつ。食感が残ってる方が食物繊維食ってる気がしてなんか好き。今日の夜ご飯はお母さんにお願いしてほうれん草の胡麻和えを作ってもらおう。ご飯もおかわりして、今日は大変だったね〜って話して、そんで、


「うし、行くぞ」


こんな戦争なんてさっさと終わらせて、いつも通りの優しい日常に戻るんだ。お母さんに怒られたり、お兄ちゃんとみかん食べたり、お父さんに服買って貰ったり、荒船隊のみんなと人生ゲームしたり、辻と仲直りして、一緒にアイス食べたりするんだ。

ぺちり、頬を叩いてドアを開ける。換装体だから全く痛くなかったけど、気合いは入った。


「うわ、」


空が真っ黒だ。門が開いては閉じて、トリオン兵がぼたぼた降ってきているのが見える。
ここは地獄か。って声が思わず漏れた。だってすぐ側にトリオン兵がいるんだもん。ドア開けた瞬間に敵だもん。しかもモールモッド。すげえ硬くて速いヤツ。


「加賀美先輩、名字です。訳あって南西に来ました。すぐ側にモールモッドがいます。すぐ援護に入れる戦闘員はいますか?」
『ええ?!大丈夫なの?!ちょっと待って、確か南西は鈴鳴第一がいるはず、鋼くんに通信繋ぐから、とりあえず隠れて待機し、』
「ちょっと待って目が合った」
『嘘でしょ?!!』


嘘じゃないですめっちゃ目ぇ合ってます見つめ合っちゃってますそろそろ素直にお喋り出来なくなるかもしれないまじヤバい。
今すぐ逃げなきゃいけないのに、一瞬でも目を逸らしたら殺される気がして。やばい…このままじゃ私、モールモッドと津波のような恋に落ちてしまう。


「…そんなん絶対嫌なんですけど?!!」


私は新ちゃんと結婚すんだから!どんだけ拒否られたとしても、顎ぶん殴って気絶させて既成事実作って新ちゃんと結婚してやるんだから!!当て馬にもなれねぇ化けモンはさっさと死ねや!!

イーグレットを構えてスコープを覗き込んだその瞬間、モールモッドが動いた。
地面を蹴って迷わず私に向かって飛んでくる。やっぱりモールモッドは他のトリオン兵と比べて格段に速い、けど、

ーー視えた


「〜〜人間舐めんじゃねぇぞ!!!!」


そんな馬鹿丸出しの単純な動きで私の目と脳みそに勝てると思ってんのかこのゴキブリ野郎が!!
崩れて動かなくなった兵器に向けて中指を立てる。その指先は、少しだけ震えていた。

初めて一人で敵を倒した。初めてイーグレットで"的"のド真ん中をぶち抜いた。師匠に、褒めてもらわなきゃ、


『なまえちゃん頑張ったね!凄いよ!』
「っ、ぐ、うぅ、ありが、と、ッ」
『荒船くん!なまえちゃん頑張ったよ!!褒めてあげて!!』
『偉いぞ、名字』
『穂刈くんには言ってないよ!』
『凄いっす名字先輩』
『なまえちゃん半崎くんが褒めてるよ!』
『反応が違くないか。オレの時と』
「はんざぎぐんっ、ありがどぉ」
『無視か、オレの賞賛は』


やいのやいのと騒がしく頭の中に響く声に安心して、涙がボロボロと溢れ出る。
たった一体と戦っただけなのに、怖かった。震えが止まらないくらい怖かった、でも、ちゃんと倒した。


『お前ら騒ぐな、戦いの最中だぞ』
「ししょ、」
『よくやった。流石俺の弟子だ』
「…ししょぉおお、」
『荒船…ッ!』
「なんでポカリ先輩入ってくんの?」


今 師弟の感動的なシーンだったじゃん雰囲気ぶち壊さないでよ脳みそまで鶏冠なの?ぶうぶうと文句を垂らすと、酷いわっ!と野太いオネェの声が脳に響いて、その後にうるせぇ!と師匠の怒鳴り声が脳を揺らしてきた。加賀美先輩と半崎くんの笑い声も聞こえて、あぁ、私 頑張れてよかった、って思、


「……なにこれ」


数字が、増えた。バキバキってなんかが割れてる音がする。
どこから…、今私が倒した、モールモッドの、中から、


ーー『なんかヤバいの来たっぽいから、おまえちょっと視てきてよ』
ーー『よーし、じゃあおまえのサイドエフェクトで そいつの弱点サクッと見つけてくんない?』


「…嘘だろ、」


バキリ

モールモッドのお腹が割れて、数字が揺れる。何かが、出てくる、


「…そいつって、こいつのこと?」


ちょっとちょっと、迅悠一よ。こいつは余りにも、荷が重すぎるって思いませんか?


一難去って


マエ モドル ツギ

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