「米屋、金寄越せ」
「女子高生のセリフとは思えない」


昼休み。教室から一番近い場所にある自販機の前で、私は今 生まれて初めてのカツアゲをしている。
教室に財布を忘れたのだ。取りに行くのクソめんどくせぇな…と困っていたところに、ちょうど仲良しの死んだ目が通りかかったのはラッキーだった。


「財布忘れたん」
「間違えてポーチ持ってきた」
「おっちょこちょいなんだからっ。ほれ、はよ選べ」
「さんきゅー。あ、ついでにお昼も一緒に食べようぜ」


あれ、今日は小佐野と食わんの?今日オサノ防衛任務だって。んなら一緒に食うか。
がこん。取り出し口に落ちてきたあったか〜いほうじ茶とつめた〜いバナナオレを拾う。ほうじ茶は私ので、バナナオレは米屋の。
こんな寒いのによく冷たいの飲めるね。そう言うと、名字もフラペチーノ飲んでたじゃん?と返された。何故それを知っている。


「奈良坂がグループに写真載せてた」
「あいつ肖像権って知らねぇのかな」
「なんそれ」
「お前が知らんのかい」


著作権のマブダチだよ。と肖像権の説明をしながら、米屋に奢ってもらったほうじ茶の蓋をかしゅりと開ける。マスクをずらして一口飲もうと口を開けて、すぐ閉じた。
…………視線を、感じる…。


「……なに」
「んや、なんも?」
「………。」


なんもない。と言うのなら視線を外せ。
キラメキひとつない真っ黒の瞳にガン見をされる私の身にもなって欲しい。お前の目は三枚におろされた魚よりも死んでいるんだ。シンプルに怖い。
そわそわする。視線の恐怖で乾いた喉を潤すためにほうじ茶を一口飲むが、それは気休めにもならなかった。乾きは消えない。いやほんと、まじ怖い。


「唇腫れてんなーって思って?」
「…ちょっと切れた」
「ふぅん」


米屋の死んだ目が、私の唇をガン見している。なんだか居心地が悪くて、ズラしていたマスクをいそいそと元の位置に治した。

米屋と書いて馬鹿と読む、されどただの馬鹿ではない。これは、米屋陽介をよく知る人間達の共通認識である。
こいつは人の変化や心境なんかに妙に敏いのだ。こいつにサイドエフェクトの存在を見抜かれた私は、それをよく知っている。


「言いたいことがあるなら、どうぞ」


間違いなく何かを悟られている。
この死んだ目にガン見され続けて、そわそわと居心地の悪い昼休憩を過ごすのは御免だ。
私はご飯を美味しく食べたいし、食後は今朝影浦先輩にぶん投げられた饅頭を美味しく食べたいのである。


「辻ちゃんにやられたんかなーって」
「待って。」


とん。米屋の筋張った人差し指が、マスク越しに唇に触れた。
いや待って。こいつ本当になんなの、なんで分かんのめっちゃ怖い。敏いとか次元じゃないじゃん。もう記憶見てんじゃん。記憶視のサイドエフェクト所持してんじゃん。だから目が死んでんだよ、絶対そうだそうに決まってる


「な、なんで分かっ、」
「幼なじみなんだろ?」
「何故それを知っている」
「ほら、ラッド駆除ん時 オレ名字の運送したじゃん?」
「うん」
「そん時、辻ちゃんから聞いた」


担当地区向かう途中に二宮隊に会ってさ?死んだように寝てる名字見て二宮さんは固まるし、辻ちゃんは気絶しそうになってっし。それ見て犬飼先輩は腹抱えて笑ってるし。なんだっけ。すげーラオス?だったわー。

ペラペラと話を進める米屋の言葉を、パニックになった頭の中に無理矢理詰め込む。
とりあえず理解できたのは、いぬが腹抱えて笑ってた事と、ラオスではなくてカオスだと言う事だけだ。


「そんで、なんかよく分からんけど この子寝てるだけだし皆さん落ち着いてー?って声掛けて」
「うん」
「そしたら辻ちゃんが走って来て」
「うん」
「俺の。って」
「ぅえ?」


米屋の言葉に、フル回転させていた脳みそが、ぴたりと止まった。
間抜けな声が口から漏れる。ぱちり、瞬きをしてから米屋を見ると、妙に優しい顔をしていて更に頭の中が混乱した。


「俺の…?」
「俺の。って言ったなあ」


びっくりしたわ、辻ちゃんが女子抱っこするとか、そんな事言うとか、想像もしてなかったし。


「…でも、いぬが運んでくれたって、」
「あー、二宮さんが『なんでこいつがここに居る』って辻ちゃんに尋問初めたからなー。空気読んで犬飼先輩が運んだんじゃん?」
「…なるほど?」


そういえば二宮さんは、過去に私をスカウトしに家に来たとお母さんが言ってた。そんで、私がそれを知らなかったのは、辻が私をボーダーに入れないでって二宮さんにお願いしたから。
それなのに私が米屋に担がれて登場したら、二宮さんが何故だと困惑するのは当然だ。

…もしかして、あの日いぬが私にボーダーに入った理由を聞いてきたのは、二宮さんと辻の会話が聞こえたからかもしれない。


「へー名字って辻ちゃんのなんかー。って思ったら、なぁんか色々納得出来て」
「色々って?」
「名字の持ち物が恐竜ばっか、とか。辻ちゃんとお揃いのコートとか」
「うん」
「サイドエフェクト持ちの名字がボーダーに入った時期が遅かったのは、二宮隊の降格が関係あんのかな。とか」
「お前ほんと怖い」


何故辻の放った一言でそこまで分かるんだ。
米屋の洞察力のエグさに鳥肌が立った。腕をさすさすと撫でて両腕を抱きしめる。
私はただお茶を買いたかっただけなのに、何故こんなに怖い思いをしなければいけないんだ。私がカツアゲをしたせいか。もう二度とカツアゲなんてしねぇから許してくれよ神様。


「見てて面白かったぜ?」
「なにが?」
「辻ちゃんのマフラーしてたり、出水が買ったヘアピン付けれねぇくらい前髪短くなってたり、奈良坂から写真送られてきた瞬間に辻ちゃん 今どこ?!って荒ぶるし」
「……は?」
「それなのに名字はモテたいって変な努力始めるし?」


によによ。楽しそうな米屋の指が、マスクに触れる。
そのままマスクをずるりと下げられて、米屋の人差し指が、唇の傷口に触れた。


「そんなん、面白いに決まってんじゃん?」


ちくり。薄い皮で脆く塞がっていた傷口に、米屋の乾いた指が一瞬擦れて、少しだけ痛かった。


「なんちゅー顔してんのよ」
「だって私、そんなん知らない」
「あれ、知りたくなかった系?」


オレってば余計なお世話しちゃったかしら?それならゴメンネ。
傷口に触れていた手が、ぽふん、と頭の上に乗せられる。まるで小さい子供を宥めるような手つきと表情に、少しだけ腹が立つ。


「は?めちゃくちゃ知りたかったけど?」


腹が立ったので、その手を思いっきり叩き落としてやった。
教えて貰えてめちゃくちゃ有難いけど?なんか文句ある?と 胸を張ってめちゃくちゃに煽る。
そうすると米屋が楽しそうに声を上げて笑うので、私もなんだかおかしくなって吹き出した。ふへ、と空気が漏れたみたいな変な声が出て、それも面白かった。


「はー笑った。はよ飯食おうぜ」
「あ、私 手ぇ洗ってから行く。先食べてて」
「へいへい」


緩く返事をした米屋が、私の手からほうじ茶を奪って去っていく。手を洗うのに邪魔だったから助かった。やっぱり米屋は洞察力がエグくて、そんで、良い男だ。

辻より背が低いけど がっしりとした背中が教室に入ったのを見届けて、手洗い場へ向かう。
上履きがきゅっと鳴って、ついでにお腹もきゅうっと鳴った。


「…ちゃんと話しよう」


辻と、ちゃんと話をしなければ。
次はちゃんと目を見て。辻がどんな表情をしていたとしても、見たくないからと自分勝手な理由で無視をしないで、最後まで話を聞こう。

17年という月日に甘えていたのだと思う。表情で、声色で、互いの気持ちが分かると甘えていた。
そんな少女漫画みたいな事が私達に出来るわけがない。殴り合いで全ての出来事を解決してきた私達は、どう考えたってヤンキー漫画の方が似合ってる。


「河川敷にでも呼び出すか」


殴りあって、お互いを認めて握手をして、そんで夕日に向かって走りゃ仲直りって事でいいだろう。

ぐ、と腕を伸ばして 息を吐く。
窓の外は雲一つない青空が広がっていて、あー今日は素晴らしいタイマン日和だなぁ、なんて思っ、


「………えー、っと?」


なんか、空。真っ黒になったんですけど。


第二次大規模侵攻、開始


マエ モドル ツギ

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