バカっぽかったです。可愛かったです。バカ、カワイイ、ば、ば…バカワイイ…ん?


「バカワイイってなんだ?」
「新手の詐欺ちゃう?」
「なんと」


狙撃訓練場。師匠は今日半崎くんと映画デートで訓練に来ないので 一人寂しく動かない的を撃っていたら、割と仲良しのサンバイザーの声がゆるりと耳に入ってきた。
空気の揺れの数字的にサンバイザーが居るのは隣のブース。ひょこりと顔を覗かして隣のブースを見ると、やっぱり居た。泣きボクロの、もさもさバイザー隠岐孝二。


「どちらかと言うと通り魔だった」
「通り魔にも種類があるやん」
「泥棒?」
「これまた物騒な」
「恋泥棒?」
「急に楽しそうやん。こっちおいで」


がしゃりとイーグレットを置いて隣のブースに移動すると、ニヨニヨと楽しそうな隠岐が出迎えてくれた。
なんも無いところやけどゆっくりしてって。お気になさらず、いい部屋ですね。この狭さが気に入ってて〜。と挨拶程度に中身のない会話をしたら、さあ本題。


「あのね、」


幼なじみに公開プロポーズをしてフラれた事。それが悔しくてくま姉さんに女の魅力についてアドバイスを受けた事。それを実践していたらキモイと言われたり肩に担がれたりしたが最後の最後で「凄くバカっぽかったけど可愛かったです」と言われた事。


「そしてその男は、颯爽と去っていたのです」
「恋泥棒や…!」
「隠岐もそう思うか」
「隠岐もそう思うで」


そうか、やっぱり隠岐もそう思うのか。
少女漫画みたいやわ〜キュンキュンするわ〜と胸の当たりを抑えデロデロと溶け始めた隠岐を見て、ある事に気付く。
こいつ、京介に似てないか?ほら、この泣きボクロをとって、この垂れ目をちょっとだけ凛々しくして、口角をムムッとさせて…いや似てないわ、こんなに変えるところがある時点で似てないわ。


「でも隠岐は颯爽と去っていった恋泥棒よりも気になる事があってやな」
「なんだい隠岐、言ってごらん」
「公開プロポーズしてフラれーー」
「二度とその話題に触れるんじゃねえ」


この似非京介め。人が触れて欲しくないところにニヨニヨと踏み込んできやがって。いや先に話したのは私だけど、察せや、そこら辺は。


「俺もそこは気になっていたところだ」
「お前いつから居た?」
「何当たり前のように入ってきてんねん」
「別にいいだろう。俺達は近年稀に見る仲良し三人組なんだから」
「仲良し三人組なら別にいっか」
「せやな、仲良し三人組なら別にええな」


うんうん、別にいいね、仲良し三人組なら。
いつの間にかブースに入ってきて窮屈に三角座りしている奈良坂くんの為に、隠岐に近寄って三角座りをする。隠岐も私達に合わせ胡座を崩し三角座りをした。三人仲良く三角座り。誰がどうみたって仲良し三人組だ。


「幼なじみがいたのか」
「うん、隣の家に住んでる」
「へ〜漫画みたいやな〜」

「ずっと好きだったのか?」
「好きっていうか、結婚するならソイツてきな」
「へ〜漫画みたいやな〜」

「公開プロポーズはどこでしたんだ?」
「影浦先輩の実家で18歳組とその話してたら、いつの間にか後ろに幼なじみがいた」
「へ〜漫画みたいやな〜」

「返事は?」
「貰えなかった。気まづそうに消えてった」
「そんな酷い男やめとき名字ちゃん」
「俺もそう思うが」
「そう思う?」
「「思う」」


傷付けてしまうとしてもきっぱりフッてあげるのが優しさやで。そうだ、放置して逆上されると面倒だろう。
優しい隠岐と、身の安全が第一な奈良坂くんが、三角座りで腕を組みうんうんと頷きあっている。なんとも器用だ。
二人は顔がいいから告白とか数え切れない程されてきたんだろうけどさぁ、辻はさぁ。ほら、かっこいいけど、告白されるまで女の子と仲良くできないヤツだし。
それに辻は焦ると逃亡する癖があるし。だから逃げられるのは仕方ないと思っていたのだが、そうか、私が辻にされたことは、酷い事なのか。


「でもなあ」

それだけで諦められる程、17年っつー月日は短くはないと思うんだよなぁ。

隠岐に撃たれることなくそこにある動かない的を、ぼうっと見ながら零す。
頭と背中に手が乗せられてぐりぐりされた。うーん、同情されている。慰められている。そんなに可哀想なのか私は。


「ならもう戦争しかないな」
「あぁ、その幼なじみと戦争だ」
「うぇ?」


奈良坂くんの手が脇に差し込まれて、そのままぐわんと勢い良く立たされる。
なんか今お前ら凄い物騒なこと言わなかった?戦争って何?辻と戦争?なんだそれ、やってやろうじゃねえか。


「「行ってらっしゃい」」
「行ってきます」


優しいモサモサと無表情のキノコに手を振って、力いっぱい一歩踏み出す。
向かう先は二宮隊作戦室。酷い男、辻の元へ、いざ参らん。


ーーー


「なまえちゃん?」
「こんにちはひゃみちゃん。辻いますか」
「こんにちは。辻くんならいるけど…どうしたの?顔が凄い…険しいよ?」
「ひゃみちゃん、これが戦士の顔だよ」
「戦士の顔…」


よく分からないけど、辻くん呼べばいいの?こてんと首をかしげたひゃみちゃんの問いに、言葉も零さず頷く。
待ってて。と扉の向こうへパタパタと消えていくひゃみちゃんの後ろ姿を、険しい顔のまま眺める。
戦士の顔とはよく言ったものだ。私は今、とてつもなく緊張している。辻に会うのに緊張するなんて人生初だ。なんか怖い、喉が渇く。これが戦争か。


「なまえちゃん」
「はい」
「辻くん、お茶こぼしちゃって、着替えたら出るって言ってるからもう少し待ってて」
「何やってんだアイツ」
「なまえちゃんが呼んでるよって言ったら、ひゃい!って叫んでお茶零しちゃって…」


後ろから声掛けたから驚かせちゃったみたいなの。と申し訳なさそうにひゃみちゃんが謝ってくるが、多分ひゃみちゃんのせいじゃないと思う。

私の名前に、反応したのだろう。
私の名前を聞いただけで、お茶を零す程焦ったのか。それでも逃げずに出てきてくれるのか。悲しい気分と、嬉しい気分が混ざってごちゃごちゃしている。


「あ、辻くん」
「ごめんひゃみさん、床もちゃんと拭いたから」
「別にいいよ、火傷してない?」
「大丈夫。…おまたせ」
「うん、ちょっと面貸してくれや」


気まづそうにこちらを見る辻の腕を掴んで、グイグイ引っ張る。後ろを振り返ってひゃみちゃんに手を振ると、不思議そうな顔をしながらもひゃみちゃんは手を振り返してくれた。


「なまえ、ちゃん」
「あのさ」

この前の事、気にしてる?

顔を見ず、歩きながら、問いかける。
座って話すなんて無理。顔を見て話すなんて無理。でも触れ合っていないと怖いから、掴んでいた腕を更に強くぎゅっと握った。


「…気に、してない、って言ったら嘘になる」
「だよね」
「…うん」


沈黙。
辻は質問に答えてくれた。だから私がなにか、話さないといけないけど。なんていえばいいのか分からない。だけど、このまま解散なんて、このまま気まづいままなんて、絶対に嫌だ。


「新ちゃーー」
「、なまえちゃん」

ごめん。


ぽつり、消えそうな声に、足が止まった。
何に対してのごめんだよ。辻は、何も悪いことなんてしてないじゃん。

『傷付けてしまうとしても、きっぱりフッてあげるのが優しさやで。』頭の中で、隠岐の優しい声が聞こえる。
『放置して逆上されると面倒だろう。』奈良坂くんの凛とした声が聞こえる。


「こっちこそごめん」


目を見て謝らないなんて、背中を向けたまま謝るなんて、お母さんに怒られてしまうだろうか。
ありがとう、逆上しないようにちゃんとフッてくれて。多分私、放置されたら逆上するタイプだから、助かった。


「突然ごめん、それが聞きたかっただけ」


掴んでいた手をゆるりと離して、逃げるように歩く。
多分辻は、凄く傷ついた顔してると思う。私を傷付けた事実に、凄く傷ついていると思う。
そんな顔を見たくないから、辻が私を呼ぶ声を無視して歩く。


ボーダーをやめろとか、退けとか、死ねとか、行動を拒絶された事は何度もあったけど、辻はなんやかんやで私に甘いから、最後はいつも私の気持ちを優先してくれる。
だからこうやって、気持ちを拒絶されたのは初めてだ。


「キッツいな、これ」


隠岐と奈良坂くんが心配しているかもしれないから、狙撃訓練場に戻らなければ、結果を報告しなければ、そう思うのに。ぼたぼたと溢れて止まらない涙を指で払って、あぁ、こりゃあ戻れねぇな。って。1人で笑った。


それを残酷と読む


マエ モドル ツギ

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