辻に、フラれた。


「名字せんぱーい?」
「………サトリ?」
「トッキーどうしよう。名字先輩が放心を通り越してロボットみたいになっちゃった」
「…あんまり触れない方がいいと思うけど、顔色が悪いから心配だね」


狙撃場に置いたままの鞄なんて誰かにくれてやる。置き勉派だから鞄の中には空っぽのお弁当箱と小銭入れと生徒手帳。それと影浦先輩が定期的にくれるお菓子しか入ってないんだ、盗まれたって痛くも痒くもない。そう思って置いて帰った鞄は、奈良坂くんを経由して、ポカリ先輩が家まで持ってきてくれたらしい。
『鶏冠で無表情で倒置法の筋肉が届けてくれたよ』とお母さんが言っていたから、絶対にポカリ先輩だ。それ以外ありえない。


「名字先輩、ジュース飲む?」
「イラナイ」
「今なら佐鳥が奢りますよ〜?」
「ミルクティー」
「現金なんだからっ」


佐鳥 おれもミルクティーがいいな。トッキーは自分で買ってよ!!
佐鳥とトッキーが何やらじゃれている声が聞こえる。トッキーの声は隣から聞こえたけどいつの間に隣に座っていたんだろう。


「瞼が腫れていますね」
「…あんまり開かない」
「目を瞑っていた方がいいですよ。小さな埃で眼球が傷付く事があるみたいですから」


名字先輩は特に目を大事にしているでしょう。
そう言われて、そうだね、その通りだね。とゆっくり目を閉じる。硬い背もたれに体重を預けて、ため息を一つ。
後輩に心配されて情けない。わざわざ声をかけてくれるなんて本当にいい子達だ。さすが忍田派筆頭の広報部隊、優しさと正義感の塊。


「名字先輩どーぞ」
「ありがとう佐鳥」
「何があったか聞いてもいい?」
「昨日ね」
「「うん」」
「失恋したんだ」
「うわぁ」
「こら、佐鳥。」


佐鳥を叱らなくていいんだよトッキー。だって佐鳥はジュースを奢ってくれたからね。謝らなくていいんだよ、佐鳥。だってお前はジュースを奢ってくれたから。
目を瞑ったままそう言うと、右手に温もり。トッキーがミルクティーを握らせてくれたようだ。優しいけどお前これ 佐鳥の奢りじゃねえの?


「おれは猫舌なので熱いと飲めないんです」
「へえ?」
「…佐鳥は鳥舌なので冷たいのはちょっと!」
「あ?」


鳥舌ってなに?そう聞こうと思ったが、胸元に冷たいものをグイグイ押し付けられたせいで聞けなかった。
…ミルクティーを奢ってもらって、更に佐鳥の金で買ったミルクティーと炭酸ジュースを貰ってしまった。え、なんで?


「名字先輩、美人が勿体ないよ!」
「女性は笑顔が素敵ですよ」


じゃ、俺達はこれで。元気な佐鳥と人生二回目みたいなトッキーが用事は済んだとすたこら去っていく。
まあ意味はわからんが、優しくしてくれてありがとう。明日学校でジュースとお菓子を買ってあげよう。


「…で、このジュースどうしたらいいの?」


未開封の三本のジュース。三本も飲んだらお腹タプタプになるし、でも誰かにあげるのは嫌だ。数日に分けて飲むか…ミルクティーは家で温め直して…


「目に当てたらいいんだ」
「うひゃあ!!」


太腿の上に乗せていたミルクティー二本が、背後から伸びてきた手に奪われた。そして、瞼にそっと当てられる。
何?!誰?!私 目を頼りに生きてきたみたいな所あるから、知らん人に突然視界奪われるとか恐怖でしかないんだけど、誰?!


「驚かせてすまない。嵐山准だ」
「……まじか」


確かに、よく聞けば聞いたことのある声だ。
入隊式の日、ニュース番組、この力強い声に何度も『共に頑張ろう!』と励まされ、やる気を貰った。
危ねぇ。三門のヒーローに 誰だお前離せ!なんて叫び散らしてしまった暁には、嵐山准のファンに囲われ晒し首にされてしまう。良かった、叫ばなくて。



「嵐山さん」
「なんだ?」
「自分で持つんで大丈ーー力強いな?」


そっと瞼に当てられた二本のミルクティー。自分で持てると引っ張ってみたがビクともしない。そっと瞼に当てられているのに何故ビクともしないんだ。
もしかしたら背後にいるこの男、嵐山准と名乗っているだけで本当はゴリラなのかもしれない。


「俺にやらせてもらってもいいか?」
「いいけどなんで?」
「うちの隊員が心配している人なら、隊長の俺も心配したいんだ」
「…ほう」


なんと器の広い男なんだ、嵐山准は。
私だったら友達でも直属の部下でもない奴にわざわざ話しかけたりしないし、慰めもしないし、心配したいなんて絶対思わないぞ。


「それに、おまえに用事もあったんだ」
「用事?」
「この状態でいいなら、話してもいいか?」
「あ、はい」


寧ろこの状態のままで良いのですかと聞きたい。三門のヒーロー、ボーダー1のイケメンにミルクティー越しとはいえ目隠しをされているのだ。しかも背後から。後でお金を請求されたりしないか心配だ。


「八日はなにか予定があるか?」
「八日は、学校と、夕方から任務が」
「それなら任務は他の隊員に代わってもらえるように俺が掛け合っておく。それでもいいか?」
「いいけど…?」


何故?と聞いても良いのだろうか。この人は何だか、穏やかだけど有無を言わさぬ雰囲気がある。


「その日は入隊式があるんだが」
「入隊式」
「おまえのサイドエフェクトを貸してほしいんだ。貸してほしいと言っても新入隊員の姿や訓練の様子を視てくれるだけでいい」
「ほう」
「トリオンが多いとか、探知 追跡能力に長けているとか、気配を消すのが上手いとか。そう言うのに突飛したヤツを視たら、報告して欲しい」


いいか?と聞いてくる声も、有無を言わさぬ声だ。もうこれ断ってもやらされる、絶対に決定事項だ。
でも何故任務を変わってまで私にやらせるのだろう、トリオン量なんて測ればいいだけだし、そういうのに突飛した人なんてアンタらみたいな強い人が見た方が確かなのに。


「新入隊員はサイドエフェクトの存在を知らないからな」
「うん?」
「自分がサイドエフェクトを所持している事に、気づけていない子供は多いんだ」

おまえもそうだったんじゃないのか?


自分は他人と違うと、不安に思っている子供を救ってやってくれ。
優しい確信犯め。そんな事を言われると、もう私は何も言えないじゃないか。


「分かりました。師匠…荒船さんに伝えときます」
「荒船が師なのか。良いヤツに出会えたな」
「うん」


本当にね、師匠はいい人だよ。だって半崎くん曰く、私のシフトは師匠がうんうん唸りながら組んでるらしいから。なんで私だけ勝手にシフト決まるんだろ?って思ってたけど師匠が勝手に組んでたんだよ。
私 割と師匠馬鹿だけど、師匠の弟子馬鹿には適わないと思う。


「当日はよろしく頼むぞ、名字」
「うん、こちらこそです。嵐山さん」


ぺこり、目にミルクティーを押し当てられたまま頭を下げる。ふわっと、柔軟剤の匂いがしたから多分嵐山さんも頭を下げたんだと思う。視えてないから分からんけど。


「嵐山さん、目 もういいよ」
「ああ、少しは楽になったか?」


ぬくい塊がそっ、と離れて、一瞬だけ白けた視界が徐々に鮮やかに染まっていく。佐鳥がジュースを買ってくれた自販機もはっきり見える。数字も安定にふよふよ浮いていて、左上からびゅんっと降りてきた数字は、嵐山さんがこれからひょこりと顔を覗かせる数字だ。


「まだ少し赤いな」
「うわイケメンすぎ、まぶしっ!!」
「突然視界が開けたからだな。よし!俺が影になろう」
「後光かよ…」


嵐山さんがずいっと身を乗り出して、私に当たる照明を遮断してくれる。眩しかったのは嵐山さんがイケメンすぎた比喩なんだけど…照明を遮ってくれたお陰で嵐山さんから後光が差している。後光似合い過ぎて一周まわって面白くなってきた。


「んふふ」
「どうした?」
「なんでもないです」
「そうか。名字は美人だから笑顔が素敵だな!」
「…んふふふ」


トッキーと佐鳥が私に言ったこと、嵐山さんが纏めて言ってきた。やっぱり部隊を組んでいると 仲間同士よく似るみたいだ。


「次は冷やすぞ」
「自分で出来ます」
「まだ充の分しかやってない」
「確かに」


ならお言葉に甘えて、佐鳥の優しさもお願いします。
太腿の上のジュースを大きな手に渡して、目を瞑る。冷たいジュースが火照った熱を吸い取ってくれて、心地いい。


「ありがとう、私達のヒーロー」


優しくて、暖かくて、頼りになって、安心する
ヒーローは、少し照れるな。と優しい声で笑ってくれた。


ヒーロー達とフラグ


マエ モドル ツギ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -