『"結婚相手は辻ちゃんが良い"んでしょ?』
『…犬飼先輩、迎えに、来たんだけど』
『あ、あー!おれ、19時から防衛任務だったー!じゃーお先!辻ちゃん行こ!』
『…失礼します』


「ア゙ア゙ア゙…」
「まるで屍のようだ」
「いっそ屍になりたい」


ごとん、机に頭を打ち付けて、長く長く、そりゃもう空気全部出してぺしゃんこになるくらい長い溜息を吐く。
あの辻の反応、絶対に聞かれてた。
いや別に辻に対して愛とか恋とかないよ?ないけどさ、もし私が結婚するなら、辻じゃん?そうじゃん?愛とか恋とかはなくて、いや愛はあるけど、恋とかじゃなくてだな。


「辛気臭ーい」
「友人の心配くらいしろよ万年赤点女」
「不幸が伝染るから帰れー」


ぽーいっ、と肩を掴まれて、そのままグイグイと教室から追い出される。オサノてめぇ。友達がこんだけ落ち込んでんだぞ。どうしたの?くらい聞けよ、友達やめるぞ。


「不幸者にはジュースを奢ってあげよう」
「私たち、ズッ友」
「調子良すぎー」


黄緑のコインケースをぽいっと投げて、着いてきな、とキメるワイルドなオサノの後ろを言われるがままに着いて歩く。
辿り着いたのは中庭、春秋は大人気なこの場所も真冬の今は誰もいない。ぽつんと置かれた自販機が可哀想だと思った。


「で?何があったんだい」
「公開プロポーズした」
「わーお、なまえったら男前ー」
「そんで多分フラれた」
「好きなの、飲めよ」
「ブラックコーヒーの気分だわ」


普段は滅多に飲まないブラックコーヒーのボタンを押して、ガタンと落ちてきたソレを拾う。
ペットボトルよりも熱が伝わるスチール缶。冷えきった私の心を温めてくれ。


「てか好きな人いたんだー」
「いや好きって訳じゃなくて」
「やだ…そんな女に育てた覚えないわよ」
「育てられた覚えもないわよ」


ガコン。オサノが選んだミルクティーが取り出し口に落ちる。いいなミルクティー。あの甘ったるさが恋しい。なんでこんな苦いの買ったんだろ、いや買ったのはオサノか。ありがとう。


「幼馴染がいて」
「ほう」
「まあ結婚するならソイツだよなーって漠然と思ってて。それを揶揄われている最中に、ご本人登場」
「ほう」
「そしてその場にいた先輩方に永遠と慰められた」
「なんと哀れな…」


優しさは時に残酷なものよの…。オサノの手が肩に優しく乗せられる。慰めてくれてる…いつもは辛気臭いからどっか行けって言う癖に。それだけ私が哀れなのか、うん、確かに哀れだ。


「大丈夫?」
「あ、クマ〜」
「クマ?」


三輪の事?三輪にしては高い声。オサノの感じからして同級生の女子だろう。背後から落とされた声に振り返って、クマを確認する。


「なんかエロいな」
「それなー」
「なにそれ」


高い背丈、制服の上からでも分かるグラマラスなボディ。大人っぽい顔付きが、なんともエロい。
初対面の女に開口一番にエロいと言われても怒らない寛大さ。なんだこいつ、人生二度目か?


「名字なまえ…」
「熊谷友子です。熊でいいよ」
「くま姉さん…」


よろしく、と差し出された手を、がしりと掴む。
この人だ。今の私を救えるのはこの人しかいない。
なまえくま引いてるー。いや、引いてるわけじゃないけど…どうしたの?そんな声が聞こえるが、なりふり構ってられん。昼休憩残り時間10分弱。この10分で、私は変わる。


「くま姉さん!」
「はい?!」
「女の魅力、伝授してください!!」


がばりと頭を下げる。私の心からの叫びは、校舎に反射して、中庭に長く響いた。


ーーー


「名字なんか変じゃね?」
「弾バカもそー思う?」
「なんとでも言いなさい。そしてお去りなさい」
「いつもの名字だわ」
「でもなーんか変」


しっしっ、と失礼なツリ目と死んだ目を追い払う。
いつもの私だと?そんなわけが無いだろう、私は今、くま姉さんに教わった『女』を実践しているのだから


『女らしいってのはよく分かんないけど、そうだなあ。あたしの友達は綺麗ね』
『綺麗?』
『容姿は勿論、振る舞いとか言葉遣いが綺麗』
『ほう』


ステップ1、綺麗な振る舞い、綺麗な言葉遣い


「どちたの名字ちゃん」
「らしくねーよ?」
「実はかくかくしかじか」
「「わからんわからん」」


一言一句違わぬ反応、お前ら仲良しだな。なんか可愛いから教えてやるか。
公開プロポーズして恐らくフラれた事は隠し、女性らしくなってモテたいのでくま姉さんに女の魅力を伝授してもらい実践中なのだ。と言うことを出水と米屋に話す。
二人は笑いを堪えるのに必死そうだった。失礼だな。教えんかったら良かった。


「多分それ名字には向いてねーよ」
「うん、似合わないって」
「御二方それを本気で言ってらっしゃるの?」
「「シンプルにキモイ」」
「まじか」


割と順応力の高い出水と米屋をドン引きさせてしまった。成程、そんなに私に似合わないのか。

綺麗な振る舞い、綺麗な言葉遣いーー失敗


『それになんか、儚げで綺麗』
『儚げってどうやって出すの?』
『んー、その子は生まれつき体が弱いけど…それは関係ないか』


ステップ2、か弱く儚い女の子


「どうした、こんなところで」
「ポカリ先輩、重たくて持てないの」
「分かった」


放課後、タイミングよく先生にお手伝いを頼まれ数学のノートを3年のクラスに運んでいる途中。
のしのしと階段を降りてくるポカリ先輩を発見したので、ノートを床に置いて困っているアピールをしているとヤツは簡単に釣れた。


「持ってくれるの?」
「あぁ」
「ありがとうポカリ先輩!」


たかが30冊のノートくらい持てるだろ、と言わない優しいポカリ先輩。しかも代わりに持ってくれるなんて、なんて優しいんだポカリ先輩。これからはもっと優しくするよ。


「うっ」
「捕まっとけ」
「思ってたんと違う」


ポカリ先輩のがっしりとした肩に担がれて、のしのしと階段を上る。うん、思ってたんと違うし、担がれるならお姫様抱っこが良かったです。

か弱く儚い女の子ーー失敗


『でもすっごく無邪気で、そこが可愛い!』
『すっごく無邪気』
『玲はあたしの憧れよ』
『玲はくまの憧れ…』


ステップ3、すっごく無邪気で可愛い女の子


「無邪気…無邪気って何」
「素直で可愛い事ですよ」


ポカリ野郎に担がれ数学ノートを3年のクラスに置いたその後。私は階段に蹲って無邪気について考え込んでいた。
無邪気、意味はわかるが、やれと言われると難しい。さてどうする、もんもんとしていると、かなり高い位置から答えを落とされた。
見上げるともさもさのイケメン。えっと、確か米屋と影浦先輩探してた時に会った人。屋上で告白されてた…


「きょーへい?」
「京介です」
「オーケー京介、名字なまえです」
「なまえ先輩ですね」


そう京介。てか京介屋上から降りてきたな。告白されてたんかな。イケメンすげぇ。


「素直で可愛い事って例えば?」
「自分がやりたい事をやる、とかすかね」


自分がやりたい事…やりたい事。あ、そういえば


「私、階段の一番上から一番下まで飛び降りてみたいと思ってた」
「やってみたらどうですか」
「でも骨とか折れたら怖いし」
「無邪気な人はそんなこと考えませんよ」
「女は度胸、さあ飛ぶぞ」


すくり、立ち上がって階段の一番上まで駆け上がる。途中で京介とすれ違った。京介は結構背が高い。
一番上から階段を見下ろす、高いし怖い。無邪気まじ強い。


「どうぞ」
「え」
「受け止めます」
「京介…っ!」


階段の一番下。私が立っている丁度直線の位置に、京介が腕を広げて立っている。
京介、顔だけではない男。モテる理由がよくわかった。


「京介、いくよ」
「どうぞ」


思い切り駆け出して、階段の一番上から京介の腕の中に突っ込むように飛び降りる。
こっわ!怖い普通に怖い!京介ちゃんと受け止めてくれるよな?!ちゃんと受け止めろよ!!


「っ、おかえりなさい」
「…た、たでーま」
「凄い飛びましたね」
「どう?無邪気だった?」


ドッ、と意外と逞しい京介の胸に突っ込んで、バクバクと鳴る心臓の辺りを抑える。怖かった、まじ怖かった。


「はい、凄く」
「まじ?」
「バカっぽかったです」
「…ん?」


予想していなかった言葉を落とされ、ぽかん、と口を開けたまま京介を見上げる。
スンッてした顔してる。真下から見てもイケメンだ。いやそうじゃなくて、馬鹿っつった?


「ばか?」
「はい」
「誰が?」
「なまえ先輩がです」
「死ぬか?」
「死にません」


ギロりと京介を睨んだまま、逞しい腕の中からしゅるりと抜け出す。なんかこいつ凄いウザイ。やっぱりこいつは顔だけだ。イケメンで背が高くてモサモサでウザイ奴だ。

無邪気で可愛い女の子ーー失敗


「あ、でも」
「なんだよ」
「可愛かったです」
「は?」


一瞬だけ、ふっと綺麗に笑った京介が、それじゃ。と頭を下げて去っていく。

え、今、可愛かったって言った?
聞き間違い?

……え?


無邪気で可愛い女の子、成功?


マエ モドル ツギ

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