朝。目が覚めると何故か隣に辻がいた。
なんでこいつが私のベットで寝てるんだ。意味わからんが辻だし別にいいか。なんか用事があって来たけど私が寝てたから「俺も少しだけ寝よう」と潜り込んでそして今。てきな感じだろ。道理で寒くないと思った。たまにはいい仕事するじゃねえか。
すよすよ、健やかに眠る辻の頭を一撫でしてベットから下りる。うう寒い、でも今日は予定があるから準備しなくちゃ…


「……は?」


唖然。鏡に移る自分を見て空いた口が塞がらない。暖かさ重視の可愛げのない裏起毛のスエット。寝癖でボサボサの髪の毛と


「前髪が、ない」


顎下まで伸びていた前髪。毎朝コテを使って丁寧に丁寧に右側にかきあげていた前髪。ふぁさっ、と指を通して良い女を演じていた前髪。が、無い。


「じょ、状況整理、」


鏡に手を当てて昨日あったことを思い出す。
昨日は全米が惚れる風間さんにうどんとプリンをご馳走になって。
訓練場に戻ったら師匠が、無事だったのか…!と抱きしめてきて。私って戦争にでも行ってたっけ?と過去を捏造する程にそれは熱い抱擁だったので思わず私も、師匠…!と抱き締め返して。そしたらポカリ先輩がエンダァァァァ!と歌い出したので師匠と2人で締め上げて。
そんで、訓練して、帰って、寝た。
いつも通り、別にいつも通りだ。前髪が無くなるような事なんて何一つ無かっ…


「こいつか」


あった。いつもと違う事。私の睡眠をとても良いものにしてくれた湯たんぽ改め、隣の家に住んでる他人。
私の前髪がないのは間違いなくこいつが原因だ。だってほら、ベットサイドにハサミ置いてあるもん。危ねぇだろうが使ったならちゃんと治しておけよ


「お、きろやクソアシメ!」
「ぐぁ、」


すよすよ、私が居なくなって寒くなったのか布団に潜り込んで寝ている辻の上に思いっきりダイブする。
ごっ、と鈍い音がした。左腕がじんじんするから多分辻のどっかの骨に当たったのかもしれない。折れろ、折れてしまえ。


「なに、すんの、」
「私の前髪知らない?」
「…知らない」
「嘘つくな馬鹿!あ、寝るな馬鹿!」


寝起き特有の重そうな眼で睨まれたが、前髪の居場所を聞くと焦ったように逸らされた。そのままいそいそと布団の中に潜っていく。嘘が下手すぎる。誰がどう見たって私の前髪を亡き者にしたのはお前だ。


「出て、こいっ」
「寒い」
「力つよ!布団破けちゃうだろうが離せ!」
「お前が離せばいい、でしょ」
「私の布団なんですけど!!」


ぐぐぐ、小学校高学年の時から使っているウサギの絵がプリントされた掛け布団を中と外で奪い合う。ああウサギさんが引き伸ばされて酷い顔をしている、これはもうウサギじゃない。耳が長いカピパラだ。


「私の前髪どこやったの!」
「別に変じゃないよ。似合ってる。カワイイヨ。」
「心が籠ってないんですけど?!」


そんな死んだ目で似合ってる。なんて言われても嬉しくねぇよ!そんな棒読みでカワイイ。なんて言われても嬉しくねぇよ!とりあえず殴らせろ、そんでお前のクソアシメも斬髪させろ!丸刈りにしてやる!!


「もう分かったから静かにしーー」
「っ、」


辻が抵抗を止めたせいで、掛け布団と一緒にベットから転がり落ちた。
こたつの角で後頭部を強打した。ごぉんって言ったよ。痛いを通り越して熱い。グラグラする…


「今のは俺が悪かったと思う」
「今だけじゃなくて全部お前が悪いから」
「大丈夫?」
「心配してるならまずベットから下りろよ」


ぐらぐらと揺れる視界で、のんびりとベットから降りてくる辻をなんとか捕える。悪いと思ってるならもうちょっと急いで降りてこい。


「どこ打ったの」
「後頭部、血でてない?皮膚とれてない?」
「出てるしとれてる」
「まじでか」


私の後ろに座った辻が強打した後頭部あたりの髪の毛をわしゃわしゃと掻き分けて皮膚の確認をする。血出てるのか…皮膚とれてるのか…前髪だけじゃなくて後ろ髪の一部も皮膚ごと失ったのか私は。朝から辛すぎる。


「はあああ」
「痛いの?」
「なんで痛くないと思えるの?」


さすさす、強打した所を撫でる手を払い除けて中指を立ててやる。流石に今はこの中指をへし折られることは無いだろう。辻が悪いのだから。


「なんで切ったの?」
「……怒ってる?」
「怒ってないよ。びっくりしただけ」


立てた中指を優しく握られる。寝ている幼馴染の前髪を無許可で切るやばい男であるのには変わりないが、人の心はあったらしい。明らかに辻が悪い喧嘩で、お母さんに怒られた時と同じ顔をしている。


「…もういいよ」
「ごめん」
「そんな顔しないで、私が悪いみたいじゃん」
「うん」


ぺち、と辻の頬を軽く叩いて立ち上がる。
友達にくっきりで羨ましいと褒められた自慢の二重ラインより少し上くらいで切り揃えられた前髪。うん、まあかなり短くなったけれどおかしくはない。中学校以来のパッツン前髪だ。


「イメチェンだと思えば。別にいいか」
「…幼くなったね」
「うん、悪くないよね。と、言うことで。」


すたすた、あぐらをかいて座る辻の体を跨ぎベットに行く。手に取ったのは使ってベットサイドに放置されたままのハサミだ。


「、え」
「てめぇの前髪も切らせろや」


じゃきん。刃先が擦れる音に、辻の体がビクリと跳ねる。恐怖、そんな顔をしている。中学の卒業式の日、大量の女子に囲まれたあの時の顔とよく似ている。
おかしいねぇ、ここに女は私しかいないのに。おかしいねぇ、自分がやった事が自分に返ってくるなんて当たり前なのに。怯えちゃって、おかしいねぇ、辻。


「覚悟しろよ」


恐怖で固まる辻が我に返った時に動けないように、辻の膝の上に座って硬い腰に足を巻き付ける。膝の上に座ったのでいつもは見上げなければならない辻の顔はほぼ正面。お互いの顔の距離は8cmもない。
暴れたりしたら私の顔が傷つくからね。と一つ脅しの言葉を零す。見た目も言葉も気分も完璧に悪役だ。だが私は悪くない、悪いのは全て辻だ。


「待って、なまえちゃん」
「待てないよ、新ちゃん」


にやり、師匠もびっくりの極悪面で笑って辻の前髪に刃先を通す。親指に力を込めると、じゃき、と音がして切り落とされた前髪がはらはらと二人の体に纏わりついた。


「ぶふっ」
「……何」
「なんて顔してんの」


眉間にこれでもかと皺を寄せて、私の服を握りしめて目を強く閉じる姿に思わず笑う。映画で見たことある、切腹をする前の武士がこんな顔をしていた。
よく見てよ、1ミリも切ってないから。とお互いの胸元に落ちた前髪を見せてやると、辻は安心したように小さく息を吐いた。


「ビビりすぎ」
「顔が怖すぎた…」
「師匠直伝、極悪面」
「ただでさえ怖い顔してるのに」
「喧嘩売ってんの?」


本当に切るぞ?とハサミをじゃきじゃき鳴らしてやると、無理矢理奪い取られて遠くに投げられた。私は強盗か。


「ほんとやめて」
「辻がそれを言うかね」
「……」


こてん、ぐりぐり。肩に頭を押し付けられる。ごめんねのぐりぐりなのだろうか。だとしたら馬鹿だ。それじゃごめんねは全く伝わってこないぞ。別に怒ってないけど。びっくりしただけだから別にいいんだけど。


「ねえ、新ちゃん」
「…なに」


声をかけてもぐりぐりが止まらないので頭を掴んで無理矢理顔をあげる。うん、どうせイメチェンなら、これやっちゃえば良くない?


「私の前髪、もう一回切ってよ」
「…正気?」


辻の膝から飛び降りて放り投げられたハサミを拾う。
ハサミを受け取った辻が、正気?ありえない。やっぱり馬鹿だね。と何やらぶちぶち言っているが、お前の方が馬鹿だよ。私がサイドエフェクト所持者なの忘れてるのかな。


「旋空弧月的な感じでやってみて」
「馬鹿なの?危ないでしょ」


辻の手が頬に触れる。おでこに冷たい刃物が当たる。ゴミ箱を顔の下に抱えて、目を閉じる。
人に馬鹿って言うなら、その緩んだ顔、治してからにしろよ、馬鹿


今日から左下がり


マエ モドル ツギ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -