「寝る時に靴下って良くないんだっけ?」
「通気性が良いものなら大丈夫だろう」
「ならトレンカタイプにし…美しいな」


隣にいる彼を見上げて、ほう、と一つ息を吐く。あまりにも美しい。彼が歩いた道は春過ぎになるとアスファルトを突き破って薔薇が咲くだろう。そのくらい美しい。


「プリンスと呼んでもいい」
「プリンス、あっちの棚が見たい」
「分かった」


私のような平民の買い物に付き合ってくれる心優しきプリンス改め、奈良坂透。
何故私が三門市で一番大きいショッピングモールで奈良坂君と買い物をしているのかと言うと、それは二時間前に遡る。20分前ではない。2時間前だ。

13時10分。
待ち合わせ場所であるカフェの窓際カウンターで、真冬なのにフラペチーノを飲む女がいた。私だ。そんな私を隣でじっと見つめる男がいた。奈良坂君だ。


「…こんにちは?」
「こんにちは、隣いいか」
「10分前くらいから座ってたよね?」
「あぁ」


座る時に聞けよ。と言葉が口から溢れそうになったが何とか堪える。私と奈良坂君は"お互いに存在は知っているが話した事ない人"いわば他人だ。他人に強い言葉を使いたくない。


「ずっとガン見してたけど何か用?」
「気付いてたのか」
「何故か隣に座ってきて、その上10分もガン見されてるのを気付かない人間ってやばくない?」
「あぁ、やばい人だと思ってたところだ」
「声かけろよ」


おっと、つい強い言葉を使ってしまった。なんだこの人、頭の中でクールビューティ奈良坂のイメージがガラガラと崩れ落ちていく音がする。天然というより、ポカリ先輩みたいな…静かな起爆剤?


「二項係数6145143C1023を12065で割った余りは」
「2」

ぱしゃり。

奈良坂君のスマホ画面に、無表情の奈良坂君と2の口をした私が映っている。は?なんで写真撮った?おい今間抜け面だなって言っただろ、聞こえてるぞ。


「ねえもう一回写真撮って」
「分かった」


今朝切ったばかりの左下がり前髪を手櫛でちょいっと整えて、画面に収まるようにぎゅいぎゅいと距離を詰める。自撮りって大体横画面だろ。なんで縦画面なんだよ狭いな。自撮り慣れてないだろお前。


「実数a,b,cが、0≦a≦1,0≦b≦1,0≦c≦1を動くときxyz空間上の点(a+b,b+c,c+a)全ての集合からなる立体の体積は」
「2」
「まじか」

ぱしゃり。

奈良坂君のスマホ画面に、無表情が2人。あの一瞬で答えると思ってなかった驚きで逆に無表情の私と、2の口をさせたのに無表情の奈良坂君。え、2の口してたよね?なんで無表情?腹話術でもしてる?


「暗算得意なん?」
「流石に暗算は無理だが、今の状況的に答えは2だろう。出水でも分かる」
「米屋じゃなくて出水なのがリアル…」


無表情だが私には分かる。こいつドヤ顔してやがる。悔しい、なんかめっちゃ腹立つなコイツ。今日中にお前の無表情ぶっ壊して写真に収めてやるからな。


「三輪に送った」
「なんで?」


急いで奈良坂君のスマホを奪い取って画面を確認する。うわまじで送ってやがる!しかも間抜け面の方の写真だし!


「そういうことで、行くか」
「どこに?私三輪待ってるんだけど」
「よく見ろ、今日の俺は三輪だ」
「よく見てもキノコしかいないよ」
「トーク画面を見ろ」


は?と思いながらスマホに視線を戻す。私の間抜け面の上に昨日の日付と、数回のやり取り。
『明日名字と出掛ける予定だったが上層部に呼び出されてしまったんだ』『分かった』『ここで13時に待ち合わせしてる(住所)』『分かった』『すまない』そして今日『合流したぞ(間抜け面写真)』


「…つまり三輪の代打で奈良坂君が来たと?」
「あぁ」


やり取りが簡潔すぎてイマイチ分からないが、今日私と出掛ける予定だった三輪は急遽仕事が入って来れなくなったらしい。その代わりに奈良坂君を召喚したと。何故だ三輪。どうして米屋ではなく奈良坂君を選んだんだ三輪。


「ごめん、気を使わせちゃった」
「名字と話をしてみたかったから別に良い」
「イケメンかよ」
「あぁ」


謙遜しないのかよ。カップに口付ける横顔が死ぬほど美人で引くが、実はあのカップの中身は甘いカフェモカだ。騙されるな、こいつはコーヒーを飲んでるフリしてカフェモカ飲んでるキノコだ。


「今日はどこへ行くんだ」
「口周り髭できてるよ」
「睡眠グッズを買うと聞いたが」
「うん、雑貨屋とか行こうかな」


じゃあ市内のショッピングモールでいいだろう。うん、飲んだら行こうね。あぁ。
人は見かけによらないとよく言うが、奈良坂君は本当に人は見かけによらない男だった。でも嫌いじゃない、ノリが会うというか、馬が合うというか。気を使わず喋れる感じが楽しくて。だからうっかり喋りすぎたのだ。
ショッピングモールに辿り着いたのは15時過ぎだった。ここで冒頭に戻る。


「村上先輩はどこでも寝れるようにU字のエア枕」
「空気を抜けば持ち運びに便利だし悪くない」
「今先輩はトレンカタイプのレッグウォーマー」
「これなら通気性も良いし悪くない」
「隊長さんには、魚の膝掛け」
「来馬さんは熱帯魚が好きらしいからな。魚を選んだのは悪くない」


厳選した睡眠グッズを見て、悪くないね、と頷き合う。鈴鳴支部の皆様、本物の悪のお世話で倒れないようにちゃんと寝てね。
と、言う事で


「気になってるなら買えば?」


先程から、奈良坂君がチラチラと気にしているアイマスク。ボルドーを黒で縁どった、どシンプルなアイマスク。
奈良坂君ぽくないけど、それを理由に買わないのは勿体ない。付けてる所見たら絶対笑っちゃうけど。


「…俺が欲しい訳では無い」
「誰かにあげたいの?」
「、」


無言は肯定、気まずいと恥ずかしいが混ざった顔。彼女とかにあげるのだろうか?別に恥ずかしがらなくてもいいのに。気まずいとか思わなくたって言いふらしたりしないのに。


「…ん?」


今日二時間程話して分かったことがある。奈良坂君はマイペースだし悪ノリキノコだし頑固だが、もの凄く素直なキノコだ。
彼女なら、俺が欲しい訳では無いなんて言い方せずに彼女に渡すと言うだろうし、これでいいと思うか?と相談をしてくるはずだ。もし彼女なら、奈良坂君は恥ずかしいとか気まずいとか、そんなの絶対思わない。


「…もしかして」
「言わないでくれ」


ボルドーと黒のアイマスクを見た瞬間、パッと思い浮かんだ人がいる。
その人は訓練をサボってベンチで昼寝をしてるような人だが、それでも圧倒的な強さで私達の頂点に立つ人だ。そう、奈良坂君が嫌いなあの人。


「嫌よ嫌よもなんとやら?」
「そういうのでは無い。やめてくれ二度と言うな」
「こっわ」


美人の睨みは迫力ある。まあでも私には目つきの悪さトップクラスの師匠がいるし、昨日なんて風間さんに眼力で殺されかけたから奈良坂君なんて全然余裕だけどね。


「…そういうのでは無いが。尊敬はしてる」
「じゃあ遠征おつかれ的な感じで買えば?」
「………」


子供みたいな顔で黙ってしまった奈良坂君を放って、
レジに並ぶ。私は何見てないからそれ買うなら勝手にしなよ。会計を済まして店の角で包装が終わるのを待っていると、奈良坂君が疲労しきった顔でやってきた。
アイマスク買うだけでなんでそんな疲れてるんだよ。


「名字頼む、渡してくれ」
「いや自分で渡しなよ」
「親友だろう」
「まじか」


私達親友だったのか。なら仕方ねぇな、買うだけで疲労してるお前の代わりに渡してやるよ。
アイマスクが入っている包み紙を受け取って、丁寧に鞄に入れる。包装はまだ終わらないのだろうか。


「-2e^(iπ)=」
「は?」
「正解したらトーマに渡してあげる、匿名で」
「ちょっと待ってくれ」


奈良坂君が鞄からノートとペンを取り出してサラサラと数字を書いていく。紙とペン常備してるんだ…と感心しながらお尻のポケットからスマホを取り出して、SNSを流し見しながら時間を潰す。
包装が終わるのと、奈良坂君が解くの、どっちが早いかな。


「…解けた」
『ラッピング番号10番のお客様〜』


お、奈良坂君の方が少しだけ早かったか。答えを聞いたら取りに行こう。店員さん少しだけ待っててね。


「答えは?」


10と彫られた札を握りしめて、ノートを見ながら計算式を確認している奈良坂くんの言葉を待つ。どうやら確認も終わったらしい。ノートから離れた目線が、達成感に満ちた瞳が、によによと笑う私を映す。


「2」


ぱしゃり


マエ モドル ツギ

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