涙が止まらない。お母さんはとっくに泣き止んでさっさと飯を食え!とお風呂に入っていった。
泣きながら無理やり詰め込んだご飯。おえおえ言いながら食べ切った。吐きそうだ。

重たい胃を摩りながら階段を上がって自室に入る。窓を勢いよく開けてお尻のポケットからスマホを取り出した。


『もしもし』
「窓開けて」
『え、なんで』


なんでと言いながら、辻がカーテンを開けてくれて外が少しだけ明るくなる。辻は何故かタケノコの形のヘアピンで前髪を止めていた。邪魔なら切れ、アシメ野郎が。


「なにそのヘアピン」
『奈良坂がくれたんだけど、え、何、泣いてるの』


カラカラ、と小さな音で辻の部屋の窓が開く。辻は私が泣いているのを見てびっくりした顔をしていて、え、俺のせい?なんて冷や汗をかいてワタワタ焦っていた。ウケる。


「お前のせいだから受け止めろよ」
『は、え、待って、やめろ』


ぽい、と携帯を投げ捨てて、窓枠に足をかける。約4m半。漫画みたいに、ひょいっ、と不法侵入できない距離。落ちたら普通に骨が折れると思う。でも関係ない。だって辻は絶対私を受け止めるから。


「そりゃ」
「ちょ、ま、」


辻が本気で焦った顔をして窓から身を乗り出す。辻はクソガキの癖に格好付けだからいつもスンッて顔をしてる。だから、こういう変な顔はちょっと面白い。
窓枠を思い切り蹴って飛んだ。辻と私が腕を伸ばして2mくらい。辻が窓から身を乗り出したら2m半くらい。私が2m飛べれば、私の骨は折れない。


「っざけ、んな、ほんとに、おまえっ」
「落ちる落ちるはよ引き上げろ」
「重い、んだよ、」
「うるせえはよ引き上げろ」


辻の部屋に飛び込む事は出来なかったけど、辻の腕の中に飛び込む事は出来た。辻の首にしがみついて、だらんと垂れていただけの足を壁に置く。足場はない。私はこれから人生初めて壁を登ります。
よじよじ、辻に引き上げて貰いながら壁を登る。辻は力加減が馬鹿だから脇の下に辻の腕の骨が当たって地味に痛い。


「ふぃ〜〜」
「…ふぃ、じゃ、ない!!」


ずるずると引き揚げられたまま辻と一緒にふかふかの絨毯の上に倒れ込む。額の汗を拭ってついでに辻の冷や汗も拭ってやったら、その手を思いっきり叩かれた。


「なにやってんの」
「飛んだ?」
「届かなかったらどうすんの」
「私のサイドエフェクトをご存知なくて?」
「頭があっても体がその通りに動くわけないでしょ、実際落ちてたし」
「でも辻が受け止めた」
「死ぬ気でね」


お互い死ななくてよかったねえ。と言うと今度は頭を叩かれてしまった。涙は乾いた。飛んだから。


「なんで突然こんな馬鹿なことしたの、あ、元から馬鹿なんだっけ」
「数学と英語は辻より頭いいけどな」
「それ以外は全部追試でしょ」
「進級できないかもしれない」
「よかったね」


辻の胸に頭を押し付けると心臓がバックバク鳴っていて、あ、この前辻が泣きながら私の部屋に不法侵入してきた時は換装体だったのか。なんてどうでもいい事に気付いた。私用にトリガーを使っちゃいけないのにね。
なんとなく辻の上から下りられなくて、でも多分あと2秒くらいしたら下りろ重い。って引き剥がされるだろうから、ぎゅう、と辻の体に腕を回す。


「なに」
「親の愛のデカさを知った」
「あそ」


くだらないね。そう言って辻が私の首根っこを掴む。あっやっぱり引き剥がされる。そう思って腕の力を強めたら辻はため息を吐いて私の腰に腕を回してくれた。
背中、痛くないだろうか。化石とか踏んでないだろうか。ふかふかの絨毯だから大丈夫かな。別に痛くてもいいか、辻だし。


「そのヘアピン似合ってるよ」
「あそ」
「奈良坂くんいいセンスだね」
「良くないでしょ」
「でも着けてんじゃん」
「強いから」


強いって何が。挟む力、寝ても外れない。なにそれ怖いメンヘラ女かよ。なにそれ怖いんだけど。くだらない話をする。いつもと何も変わらない私達だ。いつもと違うのは、私が辻にしがみついて離れない事、辻の腕が私の腰に回されている事。それだけだ。たったそれだけ。
木にしがみつくカブト虫だと思えばいい。木の枝がカブト虫を包んでやってると思えばいい。その程度の事だ。


「なんで泣いてたの」
「聞きたいの」
「俺のせいならね」
「言ったら謝るの?」
「謝らないと思うけど」


そうか、謝ってはくれないのか。別にいい。だって謝らないといけないのは私の方だから。まあそれが分かっていても私だって謝らない。


「今日さぁ、諏訪隊に初めてなのに連携できて凄かったって褒められた」
「うん」
「諏訪隊って距離感馬鹿だよね。4方向から撫で回されたよ」
「意味わからないんだけど」


ぽんぽん、辻の手が私の腰を緩く叩く。無意識にやってんのかな。眠くなるからやめて欲しいな。これで寝てしまったら赤ちゃんだ。一生揶揄われてしまう。


「ノイマン」
「…なに」
「いや別に、面白いだけ」
「馬鹿にしてる?」
「ふっ」
「は?」


辻の声がよく聞こえる。辻が私の耳元で喋ってるからだ。そうか、耳元で喋られるとちょっとくすぐったくて、でもそれも悪くなくて、落ち着くのか。知らなかったな。
辻の声だけ聞いていたくて、数字が邪魔で、目を閉じる。辻はやっぱり体温が高い、ぬくい。


「私の才能が認められて色んなところからスカウトが来るかもしれない」
「馬鹿っぽい」
「才能マン好きの二宮さんも来たりして」
「それだけは無いよ」

あの人は先輩以外の狙撃手は求めてないから。


先輩、鳩原先輩、鳩原未来。会ったことも話したことも無いけど、噂だけならいっぱい聞く。悪い噂も馬鹿らしい噂も腹が立つ噂もある。多分どれも嘘だ。事実は一つだけ。鳩原未来は天才だった。それだけ。
プライドの高いNO.1狙撃手が、鳩原の狙撃は変態だったな。と言っていた。それくらい、凄くて、天才。

私がどれだけ頑張ったとしても、鳩原未来には敵わない。これも、事実だ。


「愛されてんだねえ"先輩"は」
「愛されてるって言うよりかは、怒ってるんじゃないの」
「可愛さ余って憎さ百倍、ってやつ?」
「それ絶対に二宮さんに言わないで、犬飼先輩が死ぬから」


いぬが死ぬのか、ならば言わない方がいい。名字りょーかい。と言うと、ん。と低い声が小さく返ってきた。この体制じゃなかったら聞こえなかったと思う。なんだか得した気分だ。


「なまえちゃん」
「なに」
「そろそろ下りて。背中痛い」
「あはは」
「は?笑ってないで下りて」


やっぱりまだ離れたくなくて笑って誤魔化す。辻が上半身を起こしたので私は辻の膝の上に座る形になってしまった。その体制になってもまだ辻の首に腕を回してしがみついている私の首根っこを辻が掴んで思い切り引っ張る。首締まってて苦しい、服が伸びる。


「離れるのが惜しい気がしませんか」
「しません」
「私は離れたくないんだけど」


素直に伝えてみたら辻は一瞬だけびし、と固まって、その後音割れするくらいデカいため息を吐いた。あまりにもデカい。
辻は諦めたように私の腰に手を回して、ぐ、と力を入れて立ち上がった。そしてそのままベットに倒れ込む。


「ベットだ」
「床よりベットの方がマシ」
「明日起こして」
「自分で起きて」


辻の腕の中、掛け布団は辻に合わせてあるから私はおでこまで埋まっていて息苦しい。お布団私に合わせて。そしたら俺が寒いし。我慢しろよ。ここ俺の部屋なんだけど。お母さんがいないからこの言い争いはどちらかが寝落ちするまで続くだろう。でも別にいい。喧嘩ができるくらい、私達は元気に生きてるのだ。

辻と一緒に寝るのは小学校低学年以来だ。あの時は手を繋いで寝てたけど、今は違う。辻は私を余裕で包めるくらいデカくなった。あぁなんか、ちょっと寂しい。

朝起きた時、目が腫れていないといいな。
腕の中じゃなくていいから、手くらい繋いでいたい。そう思いながら、目を閉じた。


タケノコはついていた


マエ モドル ツギ

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