辻に、きゅんっ、としてしまった。

人伝に聞いたきゅんはえぐい。直接きゅんより間接きゅんの方がえぐい事を知った。
くそう。辻の癖に私にきゅんをさせるなんて。女苦手の癖に。会話どころか目だって合わせられない癖に!!


「たでぇまぁ!!」
「うるさい!おかえり!」


玄関の扉をバァン!!とあけて、靴を乱暴に脱ぐ。でも揃えないと後が怖いからちゃんと揃えた。そして手も洗わずにリビングの扉を開ける。引き戸なので大した音はしなかった。


「お母さん夜ご飯!むしゃくしゃするからいっぱいくれ!おかわり三杯するか、ら…」

「………おふぁえり」
「………たでーま」


キッチンに向かってぎゃあぎゃあ言いながら荷物をぶん投げる為にソファに向かうと、辻がいた。
帰宅早々ぎゃあぎゃあ喚いてた私を見てドン引きしてる。うわぁ、って顔で私を見ている。


「…お母さん新ちゃんが寝転がってシュークリーム食べてる!!」
「げ、」


ドン引き顔がウザ過ぎたのでお母さんに辻が行儀を悪いのをチクってやった。こらぁ!新ちゃん行儀が悪いわよ!と私の三倍くらいデカい怒鳴り声が飛んでくる。辻はぴゃっ!と姿勢を正してから私をじろっと、睨んできた。やーいクソガキ、全然怖くありませんよー。


「なんでいんの?」
「回覧板。そしたらお母さんが上がってけって」
「ふーん」


辻の足元に座ってシュークリームにかぶりつくと頭を叩かれた。痛い。人の食べるなよ。これ多分私の。多分お前の。私にも食べる権利があるはず。今は俺の。なんだと。なんだよ。終わりの見えない言い合いをしていると、キッチンから飛んできた何かが物凄い速さで私達の横を抜けて行った。タオルだ。


「喧嘩しない」
「「ごめんなさい」」


母は最強である。何故タオルを硬球ボールのような速さで投げられるのか、私のサイドエフェクトでも分からない超難問である。へちょ、と辻の膝にもたれ掛かるとシュークリームを差し出されたので1口食べる。お母さんに怒られたから仲直りのおやつだ。半分こ。


「今日二宮さんに会ったよ」
「え゛」
「なんて声を出すんだい」


そういえば。と思って二宮さんに会ったことを伝えると辻が蛙みたいな声を出したのでドン引きしてしまった。因みに蛙は好きでも嫌いでもない。好きなものランキングでいえば消しゴムの次くらいに蛙だ。


「な、なんか聞いたの」
「え゛」


今度は私が蛙みたいな声を出してしまった。辻が引いているが、言えない。二宮さんを通して辻に間接きゅんしてしまった話なんて絶対にできない。


「なにも、きいてない、けど、昔話を少々」
「む、かし話?」
「昔、会ったことがあって」
「、どこで」
「本屋、お客さんだった」


二宮さんがぶっ倒れた話はせず、お客さんだった事にする。二宮さんだってあの店で本を買うかビデオを借りて延滞した事くらいあるはずだから、お客さんでも問題ないだろう。


「それだけ?」
「それ以外になんか聞かれたらまずいことがあんの?」


びた、と辻が固まる。
え、何。私に聞かれたらまずいことがあるの?追討ちで問いかけると辻はバッ!と立ち上がって長い足で私を跨ぎそそくさと出口へ向かってしまった。新ちゃん帰るの?うん、お邪魔しました。はーい。とお母さんと辻が喋ってるのが聞こえる。
そんなに触れてはならない事だったのだろうか。それとも、怒らしてしまったのだろうか。


「新ちゃん、怒った?」
「怒ってないよ」
「そんなに聞かれたら嫌な事だったん?」
「…なまえちゃんにはね」


おやすみ。そう言って辻が家から出ていく。モヤモヤする。私には聞かれたら嫌な事ってなんだ。辻が出ていった玄関を眺めているとお母さんが、おいで。と声をかけてくれた。なんか泣きそう。


「二宮さんに会ったのね」
「お母さん二宮さん知ってんの?」
「家に来たことあるもの」


テーブルには温かい晩御飯が並んでいる。はい、と渡されたのは、山盛りの白米と、二宮さんの名刺。衝撃の告白。なにそれ、私そんなの知らない。


「なまえには特別な力があるからボーダーに入って欲しい。って言いに来たのよ」
「二宮さんが?いつ?」
「5月の終わりだったかしら」


5月の終わり。二宮さんと私が本屋で会ったすぐ後くらいだろうか。特別な力。サイドエフェクトの事だろう。どうして分かったのだろうか。
あ、店長と二宮さんを運ぶ時、サイドエフェクトを使った、気がする。あんなにフラフラだったのに、あの会話だけで気付いたのか、あの人は。


「入るかどうかは本人が決めることです。また娘と直接お話してください。そう言って帰ってもらったんだけどね」
「うん」
「次の日また来たの。二宮さん」
「うん」
「部下が彼女をスカウトするのはやめてくれ、と言うので昨日の話は無かったことにしてください。って」


ぽちゃん、掴んでいた豆腐がお味噌汁の中に戻って跳ねた。


「なんで」
「なんか部下を大事にしたいので。って言ってたわね」
「そうじゃなくて、」
「新ちゃん、あんたの為にボーダーに入ったのよ」


誘導装置だっけ?それが出来る前はあんたよく近界民に狙われてたじゃない。だから新ちゃんあんたの事心配してボーダー入ったのよ。まだ中学生だったのにね。


「ねえそんなの知らない」
「そうなの」
「そうなのって…」


誘導装置が出来る前は門が近くで開く度に家に来てくれてたのに、あんた心配されてる事に気づいてなかったのね。本当に馬鹿ね。喧嘩ばっかりしてるからよ。


「今日だって、あんたが仕事だったから来たんじゃないの」


遂に箸まで持てなくなって、落としてしまった。いつもだったら怒るのに、お母さんは何も言わずに拾ってくれて、エプロンで拭いて渡してきた。洗わないのね、大雑把は婆ちゃん譲りだね。どうでもいい事が頭に浮かんで、パチンと弾けて消える。
任務は何回かしてる。けど今日は。ボーダーに入隊していたことが辻にバレてからは、初めての任務だった。


「まあ何も知らない誰かさんはある日突然ボーダー受かったから同意書にサインしろ。なんて言ってきたけど」
「う、でも、お母さん止めなかった」
「止めないわよ。
大人はあんた達を守れないんだから。
戦場に立たせる事で、我が子が死なないなら」


お母さんの目から涙が零れた。ぼたぼた音がしそうなくらい、大きい涙。


「おかあさん」


知りたくなかった、知ってしまった。頭の中がぐちゃぐちゃで、絡まって解けない。

ぽてり、と私の目から零れた涙を吸い込んだ山盛りのご飯はとっくに冷めていて。

辻は、トリオンが多い私を守るために戦場に立った。
お母さんは、私を死なせない為に、娘を戦場に送り出した。
ああ、こんなのって、あまりにも


愛によく似た悲劇じゃないか


マエ モドル ツギ

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