バイト終わり、何故だかぶっ倒れたイケメンを抱きしめるというラッキースケベを体験している。

意識もあるし会話もできる。だが体が言う事を聞かない様で、イケメンはぐったりとしたまま私の腕の中で大人しくしていた。
どうしたもんか。携帯をお尻のポケットから取り出して店長に、繋がらない。仕事中だもの。ならば店に直接かける。迷惑かもしれないが人が倒れているのだ。しかもイケメン。イケメンは国を挙げて護らねばならない国宝である。仕方ない。


「もしもし名字です。はい、お疲れ様です。店長いますか?」


店に電話をかけるとバイトの先輩が出たのでそのまま店長に繋いでもらう。イケメンが小さく唸るのであやす様に頭を撫でた。大丈夫大丈夫。今はこんな貧相なお胸の小娘ですけど今から美人で優しい店長が来てくれますから、ダイジョーブダイジョーブ


「店長お疲れ様です。あのね」


名字〜?どうした?忘れ物でもした?と店長の声が聞こえる。あのね、店長。人が倒れてます。…え?!どこで?!!店の前です。すぐ行く!!イケメンです。すぐ行く!!!!
ガチャン!電話を着られたのでスマホをポイッと投げる。お尻を上げたりしたらイケメンが辛いかもしれないからだ。後で拾うのを忘れないようにしないと。


「店長くるよ。大人の人。気絶しないでね」


だらん、と垂れた腕を握って、頭を撫でる。イケメンは何も言わない。気絶したか?いや、薄らだけど目が開いてる。返事するのもキツイのか、それともこんな貧相なお胸の小娘と話したくないか。前者だ。じゃないとキツい。胸がキツい。下着ではない。心の方だ。


「名字!大丈夫?!」
「てんちょ〜、この人背が高いです〜」
「本当だ。持ち上げられるかな。お兄さん、救急車を呼びましょうか?」
「、いい。自分で歩ける」
「「………、」」


自分で歩ける人は、見ず知らずの女子高生の胸に抱かれたまま、ぐったりと目を閉じません。きっと店長もそう思ったのだろう。なんとも言えない顔をしている。けれどそれを言わないのは何故か。絵になるからだ。女子高生の胸で目を閉じるその仕草が、恐ろしい程に絵になっていたからだ。映画のワンシーンみたいだった。


「とりあえず事務所に運ぼう」
「はい、店長、腕肩に回して、それでここ持って。せーのっでグッと左足に体重をかけて立ち上がってね」
「?分かった」
「せー、のっ、せ!」
「せーのっ、じゃないの?!!」


女子高生と大人の女がぎゃあぎゃあ言いながらイケメンを担ぐ絵はシュールすぎるだろうな。よいしょ、よいしょ、と二人で婆臭い掛け声をあげながらイケメンを事務所へ運ぶ。何とか辿り着いたがスマホを忘れた。まあいい、後で取りに行こう。とりあえずイケメンをソファに寝かさなければ。


「お兄さん大丈夫ですか?誰か迎えに来てくれる方はいらっしゃいますか?」
「少し休んだら、自分で帰る」
「…貴方鏡を見た?酷い顔よ。意地はらないで誰かを頼りなさい」


店長とイケメンの静かな言い争いを見守りながら少しだけ乱れた息を整える。店長は45歳。下の子が20歳になったからこれからは私の時代だ。ってこの前言ってた。子供と同じくらいの歳のイケメンが心配なんだろう。優しい人だ


「店長、私お世話するよ」
「名字は帰らないと駄目」
「さっきお兄ちゃんに迎えに来てって言ったから、それまで。お兄ちゃん来たらちゃんと帰るから」


そして私も優しい女だ。私には子供はいないけれどイケメンが心配なんだ。だってぶっ倒れたの見てたんだもん。人が倒れるところを見たのは初めてだ。本当に怖かった。イケメンの為というより私が安心する為に、そばに居たい。


「…みんなに事情を話してくるから、お兄様が来たら直ぐに帰りなさい」
「はい」


店長はそれに気付いたのだろうか。情けないので気づいて欲しくなかったな。ため息をついて店内に戻っていく店長を見送って、イケメンを見下ろす。


「おにーさんお水飲む?飲みかけだけど」
「、もらう」
「どうぞ」


イケメンのおでこに飲みかけのお水を置いてみる。おでこの形まで綺麗だからペットボトルが綺麗に立った。イケメンはそれを手で持つとゆっくりとした動作で起き上がる。


「悪かった」
「大丈夫、眠たい時はお互い様だよ」


本当は困った時はお互い様だ、と言うべきなんだろうけど、イケメンはプライドが高そうなので眠たい、という事にしておいた。睡眠欲求は人間なら誰にでもあるし。これなら変な意地はらないだろう。


「それを言うなら 困った時 だ」


おいお前人の優しさ踏み滲んなよ。秒で踏み滲りやがった。踏み滲られすぎてズタズタだ。


「…困ってんの?」
「……困ってない」
「…………。」


…めんっどくさ!!なにこいつめっちゃ面倒くさいんだけど!!
なんか会話するのも心配するのも面倒くさくなって、ロッカーに入れていたひざ掛けをイケメンの腹にぶん投げた。このひざ掛けは去年の誕生日、ベットの上に投げてあったものだ。多分辻から。お礼は言ってない。


「寝ろ」
「あ?」
「困ってないなら、寝ろ!」


があ!と腕を上げて威嚇する。お前はクマが酷いんだ。見てるこっちが気分悪くなるくらいにな!今すぐ寝て熊さんを森に返せ!そんでお前も面倒臭いの森に帰れ!!


「…おまえ、名前は」
「バイト先の喫煙所で倒れた知らない男の人に名前を教えちゃいけませんってお母さんに言われているので」
「…そうか」


……この人、寝てないから頭が回ってないのかもしれない。でないとこんな事を信じるただの馬鹿になってしまう。この人は、寝てないから、頭が回ってないの。だから、こんなに、面倒臭いの。仕方ない。


「二宮匡貴」
「名字なまえ16歳。今年17歳になる」
「今年20になる」
「大人だ」
「そうだ」


だから俺が後処理しなきゃならねぇんだ。ぽつり、そう呟いた。後処理?なんだそれは。そう聞こうと思ったけど、イケメンは目を閉じてしまった。小さく息の音が聞こえる。寝たのだろうか。随分と寝付きがいい。赤ちゃんみたいだ。


「お待たせ。お兄様きた?」
「あ、店長。お兄さん寝た」
「そう。1時間くらいしたら起こすから名字は帰りなさい」
「うん。面倒事連れ込んでごめんなさい」


ぺこり、と頭を下げると 緩く頭を撫でられた。困った時はお互い様よ!そう言われて、何故か喉の奥がぎゅうってなった。
ありがとう店長、このお水全部あげるって言っといて。お礼と伝言を頼んで外に出る。ぶん投げたままのスマホを拾うと、液晶がちょっとだけ割れていた。


「……19歳が喫煙してんじゃねぇぞ」


お兄ちゃんに、迎えに来てって、本当に連絡をしておけば良かった。そう思った。


ーーー


「二宮匡貴、今年で20歳」
「そうだ。思い出したか」
「うん、思い出した」


あの時の面倒臭いイケメンが、二宮匡貴だったなんて、誰が想像できたでしょう。私には無理だ。そんな豊かな脳は持ち合わせていない。


「くまがない」
「今はちゃんと寝てる」
「そうか」


なら良かった。ほ、と小さく息を吐く。

あっ寝てる、で思い出した。私、前爆睡してた時、二宮匡貴にお水と辻を手配してもらったんだった。


「あの、この前、お水」
「ああ」
「それと辻も。ありがとうございました」


ぺこり、頭を下げると、別にいい。と返ってくる。あの時は面倒臭い馬鹿だと思ってたけど、ちゃんと寝てる時は普通の人だ。


「眠たい時はお互い様だと言ったのはおまえだろ」

「………ふは」


思わず笑ってしまった。律儀な人。借りは返したぞ。なんて格好いい事言われても、笑ってしまうだろう。こんなの。律儀で、可愛い、大人だ。
確かにそうでした、眠たい時はお互い様だ!そう言って笑うと二宮匡貴は満足そうに一つ頷いた。


「次は寝てたら容赦しねぇぞ」
「っす、気をつけます」


びし、と姿勢を正して返事をする。二宮匡貴はもう用は済んだ。というように立ち上がった。やっぱり背が高い。足がクソ長ぇ。


「あと俺は、辻の手配はしてねぇ」
「ん?」
「俺がやったのは、犬飼におまえを運ばせて水をやっただけだ」


じゃあな。と言って二宮匡貴はポケットに手を突っ込んで去っていく。ちょっと待ってなんだそれ。だって辻、二宮さんに言われたから送っていくって、言ってたじゃん。


「もお〜〜………」


顔を両手で覆って蹲る。掌に伝わる体温が、ちょっとだけ熱いことに気付いて、それが余計に体温を上げた。


うそつき


マエ モドル ツギ

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