迅悠一に顎と腕を掴まれてぼんち揚を詰め込まれそうになっていたら辻が来た。物凄く面倒くさそうな顔をしていたけれど救世主だ。後1秒来るのが遅かったら明日私には口内炎が出来ていただろう。

迅悠一は辻が来たら またね、名字ちゃん。とあっさり手を離して帰っていった。アイツ私にお礼しなきゃいけないから残るって三雲くんに言った癖にトラウマだけ刺激して帰っていきやがった。いつかぶん殴ってやる。


「………邪魔した?」
「してない。寧ろ最高のタイミングだった」


素直にありがとうと伝える。辻にありがとうなんて何年ぶりに言っただろうか。珍しく素直な私に辻は驚いているが実は私だって驚いてる。こりゃとんでもなく疲れてんな私。


「…何かあったの」
「………隣座って」


ポンッ、とさっきまで迅悠一が座っていたところを叩く。珍しく素直な私に感化されたのか 辻も珍しく文句一つ言わずに隣に座ってくれた。

朝、迅悠一にお尻から初めましてをされた事。サイドエフェクトの話、ぼんち揚を詰め込まれて息が苦しかった事、緊急脱出した話、三輪にジュースを買ってあげて手を振り返してくれたのが可愛かった話、お腹と後頭部が痛い事、大泣きしてた後輩を慰めた事、入隊試験の時に会った三雲くん。そして今朝与えられたトラウマを再び刺激された事。
頭の中で纏めるわけでもなく、出てきた言葉をぶうぶうと口から零していく。

辻は黙って聞いてくれてた。相槌すら打たなかったからもしかしたら聞いてないのかもしれない。でもそれでもいい。とりあえずぶうぶう言いたかっただけだし。


「全然大したことない1日だった。でも疲れた」
「あそ」
「あ、聞いてくれてたんだ?」
「何があったか聞いたの俺だし」
「確かに」


ふう。ため息を一つ零す。力が抜けて体が重くなった。あーだめだわこれ、まじで立てないかも。


「迅さんとも仲良かったんだ」
「ねえ本当に話聞いてた?今日初めましてしたつったよね?」
「ああ、そうか」


何が ああ、そうか。だよ。全然聞いてねえじゃねえかこの野郎。普段だったら があ!と噛み付いてやるけど、今日はそんな元気ない。今日は何があっても喧嘩を買わない。そうしよう。


「あのさ」
「うん」
「あんまり迅さんと仲良くしないで」
「なんで」
「……、」


おっと、何故か辻が黙ってしまったぞ。ちらりと辻の顔を見るとなんとも言えない顔をしている。言いたいけど言いたくないような、そんな顔。うーん、どうするか。私の勝手だろう。と言ってやりたい気もするが、今それを言うのはなんとなく駄目な気がする。それに今は喧嘩をしたくない。今の私は省エネ名字なのだ。


「…悪い人ではないだろうけど、ぼんち揚突っ込んでくるから怖いし考えとくよ」
「うん、そうして」


…辻に、勢いがない。本当にどうした?元気がないのだろうか。何故だ。わからん、


「辻は何してたの?」
「任務終わり。荒船隊に引き継いでミーティングして、今から帰るとこ」
「へえ。ねぇねぇお願い聞いて」
「聞くだけなら」
「おんぶして」
「嫌だ重い」
「嫌だだけじゃ駄目だった?」
「重いのが重要なところだから」
「不要なところだよ」


お、いつもの辻に戻ってきた。良かった。何も考えず軽口叩ける相手は貴重だ。腹は立つが大事にしたい。


「そういえばお前、この前逃げた」
「この前?」
「加賀美先輩と今先輩から」
「う、」


学校に鞄とコートを忘れた。辻と一緒に取りに行って外で待ってもらっていたらその間に辻が先輩に囲まれていた。パニックになった辻が人目も気にせずなまえちゃん呼びして体当たりしてきて縦の幅も横の幅も辻より小さい私の後ろに隠れたあの日。
辻はそっ…と消えていたのだ。その事に私も含め誰も気づかなかった。どんな技術だ。


「まあ別にいーけど。置いて帰るかね普通」
「ごめん」
「本当に悪いと思ってる?」
「…苦手なのは、俺が悪い」
「ふうん」
「…何」


辻が凄く嫌そうな顔をして私を見ている。もしかしたら私は今いぬと同じニヨニヨ顔をしているかもしれない。もしそうだったら嫌だな。


「おんぶ」
「え」
「おんぶしてくれたら許してやるけど?」
「、」
「抱っこでもいいけど」
「おんぶで」


チョロい。実は辻が消えた後、私は加賀美先輩と今先輩と帰ったから別に怒っていないのだ。
師匠が半崎くんを映画デートに誘って「ダルい」と一言でフラれていた話とか、太一と村上先輩が何度注意してもリビングのソファで居眠りするから暖房を冷房に切り替えたら半泣きで謝ってきた話とか。
先輩達の間抜けな話を沢山聞けて楽しかったから全く怒っていないのだけど。
辻は私が一人寂しく帰ったのだと思っているのだろう。そのまま勘違いをしておけ。私に都合がいいから


「……早く乗って」


辻が背中を向けて私の前にしゃがみ込む。荷物は?私が持つよ。と言ったら別に自分で持てるからいい。と断られてしまった。おんぶしながら荷物も持てるなんて器用だねえ、ラッキー。

さっきまで体が重かったのが嘘みたいだ。病は気からってやつかな。ぴょんっと軽くジャンプをして辻の背中に飛び乗る。想像より背中が広くて少しだけ驚いた。


「おお」
「なに」
「辻の目線高い」
「あそ、下らないね」


ゆらゆら、意外と安定している。穏やかに揺れる。あんなに遠かった出口が一瞬で目の前に。足の長さの問題だろうか。それとも歩くのが速いのか。辻がいつも歩く速さを私に合わせてくれていた事に気付いて、気付きたくなかったな。と思った。


「さむ」
「冬だしね」
「知ってるよ。あ、そういえば私と辻のコートって色違いのお揃いって知ってた?」
「え、そうなの」
「去年の誕生日に辻ママがくれたんだけどさ。この前気付いた。お揃いなの」
「まあ去年あんま会ってなかったし」
「それもそうか」


今年はよく会ったね。まだ見つけてから数日しか経ってないけど。確かに、お前キャラ濃いね。お前に言われたくはないけどね。まさか久しぶりに会った人にアームロックキメられるとは思わなかった。気が動転してたから。動転したらアームロックキメんの?うん。病院行った方がいいよ。

ぽつぽつ、零した音が白い息と一緒に浮かんで消える。数字が邪魔だな。と思った。数字が見えない世界はどんなものだろう。辻と私と白い息が浮かんで消えるだけの世界。見てみたい気もするし、見るのは少し怖い気もする。


「いつもより距離が近いから声がよく聞こえる」
「近いっていうか私耳元で喋ってるから」
「冬ってよく声が通るよね。なんで?」
「寒いと音の屈折が少なくて真っ直ぐ上がるから」
「へえ、」


辻と私の身長差、約20cm。
20cmも上にいると私の声がよく届くのだろうか。辻は私を無視しない。律儀なやつだ。直接会う方が早いからメッセージアプリを使う事はないけどもしかしたら既読無視とかされるのだろうか。今度試してみよう。


「B級に上がってから色んな人と仲良くなったよ」
「そうなんだ」
「辻が先輩達から逃げて先に帰った日あるじゃん」
「うん」
「実はあの日さ、加賀美先輩と今先輩と一緒に帰ったから一人じゃなかった」
「あっそ」


事実を伝えてみたけど落とされない。落とされないと分かっていたから伝えたのだけれど。ちょっと嬉しい。
この前も思ったけど、辻は体温が高いのかもしれない。ちょっとくっ付くだけでぽかぽかぬくい。夏は近寄りたくないな。


「眠くなる」
「寝たら落とす」


なんて酷いことを言うのだろうか。せめて眠る前に落としてくれ。意識がない時に落とされたら受け身が取れなくて怪我しちゃうだろうが。
でももし寝ても、家までちゃんと運送されて、私は自分の布団の中で朝を迎えるだろう。
そこまで分かっているから私はゆっくり目を閉じた。


お願いだから危険なことに巻き込まれないで。
辻の声が聞こえた。これは夢か、現実か。


現実だって分かってる


マエ モドル ツギ

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