「……つ、かれた、」


ぺしょ、と情けない音を立てて廊下に設置してあった椅子に倒れ込む。もう少し歩けば出口なのに、遠い。幻覚かと疑うくらい、遠い。

なぜこんなに疲れているか。太一のせいである。




三輪にジュースを押し付けて別れた後、もう疲れているから今日は帰ろう。と狙撃場に置いたままの荷物を取りに行った。目の前にふよふよと浮いている数字を目で追うのさえ疲れて、ちょっとだけ目を閉じる。


「名字ぜんばっ、ごべんなざぁぁあ!!!」


ーー刹那。ドッと腹部に物凄い衝撃。耐えられず後ろに倒れて後頭部を強打した。
あぁ太一か、ミサイルかと思った。痛過ぎて声が出ない。目の前がチカチカする。痣になったら責任とって嫁にしろよこの野郎。
うぶぶぶぶ、と謎の泣き声をあげている太一を引き剥がそうとしたが私は生身で太一は換装体。思ったよりも重くはないが、力じゃ勝てない。もう疲れた。太一がお腹にしがみついて泣いているが気にしない。ここで寝よう。


「こら名字。ここで寝ちゃ駄目だぞ」


上から優しい声がする。ああ、東さんだ。
東さん、疲れてもう目が開けられないの。太一もしがみついて離れないの。助けて。目を閉じたままそう言うと東さんは小さく笑って、太一に離れるように声をかけてくれた。
そのおかげで太一は離れたし、東さんは優しい大人なので私の手を引いて私も起こしてくれる。大人の男性、素敵。東さんと結婚したい。

東さんが言うには、どうやら太一はあの後師匠と半崎くんにすこぶる怒られたらしい。荒船隊が任務の時間になったので大泣きしている太一を東さんに押し付けて、私が荷物を取りに来るのを二人で座って待っていたそうだ。

成程。仲良しのお兄ちゃんと目付きの悪い師匠に怒られたらそりゃあ大泣きするわな。
少しだけ太一に同情して、もう大丈夫、怒ってないよ。と声を掛けると何故かもっと泣かれてしまった。私今日慰めてばっかりだな。誰か疲れている私を慰めてくれ。

なんとか太一を泣き止まさせて、荷物を持って出口へ向かう。
でもなんだか限界だった。もう歩けない。出口まですぐそこなのに。座り込みたくなったがここは廊下だ。なんとか体を引き摺ってそこら辺に置いてある椅子に座る。ハイここで冒頭に戻る。


「……つ、かれた、」


もう歩けない。何も見たくない。別役太一恐ろしい。鈴鳴支部に睡眠グッズをお届けするのは決定事項だ。三輪、一緒に買いに行こうって行ったら着いてきてくれるかな。


「名字ちゃん、ぼんち揚食う?」
「…迅悠一?」
「そうだよ。疲れてるねえ」
「うん、もう目が開かないの」
「もう少しここに座ってたらいいよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」


はいはい、お前のサイドエフェクト喋らない癖に。後ぼんち揚は要らん。数時間前のぼんち揚詰め込まれ事件がトラウマなんだ。目を閉じたままそれを伝えると、はは、と小さく笑う声が降ってきた。
何笑ってやがる。お前私が三輪と会うことが視えてたなら、太一にヘロヘロにされる事だって視えてただろ。教えてくれたっていいのに。一発殴らんと気がすまん。そう思って目を開けたら、迅悠一の後ろに誰かがいた。

メガネだ。メガネが冷や汗かきながら突っ立ってる。


「あ、と」
「…あれ、お前、なんか見覚えがある」
「ん?二人知り合いだったの?」
「あ、いえ、初めましてだと思うのですが」
「名字なまえです。多分初めましてだと思いますよろしく」
「あ、三雲修です。よろしくお願いします…」


がばり、深く頭を下げられてちょっと焦る。どうしよう、こんな礼儀正しくて良い子今まで出会ったことないかもしれない。私も立って頭を下げなければ。あっ無理だ立てん。


「ごめん、立てない」
「えっ、大丈夫ですか?手を貸しましょうか。家まで送りますよ」
「大丈夫、迅悠一が座ってろって言うから」


家まで送りますよ、ですって。何この子めっちゃいい子。本当にいい子すぎてなんか沁みる。涙が出そうだ。こんなにいい子見ておかないと損だわ。ちゃんと目を開けろ。頑張れ私


「あ、」
「ん?思い出した?」
「三雲くんって入隊試験いつ受けた?」
「入隊試験ですか…?確か、6月の、」
「それだぁ!!」


思い出した!この子三雲くんって名前だったんだ。


「名字ちゃんも6月なの?」
「うん。三雲くんね、学力試験の時隣の席だった」
「え、そ、そうだったんですか?」
「うん、後面接もね、私三雲くんの次だったよ」
「え、ご、ごめんなさい、覚えてなくて」
「んーん良い。勝手に見てただけだから」


入隊試験の日。隣の席に座った男の子の数値がやばかった。どうやばかったって、めちゃくちゃ弱い奴の数値だったのだ。
こいつ駄目だよすぐ死んじゃうよボーダー向いてないよ。そう思ったが、まあ本人の意志だ。入隊してから強くなるかもしれないし、もしかしたら筋肉に目覚めて筋肉マンになるかもしれない。未来は誰にもわからん。頑張れ少年。そう思ったのを覚えている。

そしてなにより、その男の子はそこに居る誰よりも真剣だったのだ。絶対に入隊してやる!という意思がビッシビシ伝わってきて、何故ここまで真剣なのか生い立ちがめちゃくちゃ気になって試験に集中出来なかった。


「入隊式の日いなかったから落ちたのかと思ってた」
「あ、えっと」
「入隊出来てて良かったよ」
「あ、ありがとうございます」


三雲くんの笑い方はちょっと独特だ。あんまり笑わないのかな。不器用な人の笑い方。空気が漏れたみたいな、ふは、って感じの笑い方。うん良いね!可愛い!


「メガネ君と名字ちゃんには仲良くして欲しいと思ってたんだ。会えてよかったよ」
「うん、私も会えてよかったと思ってる。癒される」
「あ、秀次の事ありがとね」
「ん、慰めてはないけどジュースあげたよ」
「うん、視えてた」


視えてたんかい。あれで良かったのか?と思っていたのだが、まあ視えてた通りならあれで良かったのだろう。やっぱりオロナミンCが良かったんだろうな。あれ飲んだらなんか元気になるもんね。


「秀次って、三輪先輩ですか?」
「うん、あれ、知り合い?」
「ちょっとね。今日色々あったんだよ」
「あ、怒らすって言ってたやつだ」
「正解」


へえ、こんなに礼儀正しい三雲くんも誰かを怒らせたりするんだなぁ。実は物凄い頑固者なのかもしれない。あ、そういう風に見たらなんかちょっとそんな気がしてきた。頑固っぽい。


「三輪可愛いね。いい子だったよ」
「そうだな。ちょっと不器用なだけでいい子だ」


仲良くしてやってくれよ。と迅悠一がヘラッと笑う。やっぱり何を考えているのかよく分からん人だ。けど、まあ、悪い奴ではないのだろう。ちょっと何考えてるか分からなくて人と人を仲良くさせるのが好きなお節介さん。そういう人だと思っておこう。でも本当はインチキ占い師と呼びたい。呼ばんけど。

三雲くんは三輪先輩が可愛いだと…?!みたいな顔してるけど、仲直りしたらきちんとお話してみたらいいよ。三輪は可愛い。これは絶対だ。


「メガネくん。先に帰ってていいよ」
「え」
「名字ちゃんにはお礼をしなきゃいけないから」
「いらんいらん。ろくな事無さそうだもん」
「あ、えと、じゃあお先に、失礼しますね?」
「あ、うん、ばいばい三雲くん」
「また後でね、メガネくん」
「はい」


ペコり、深く頭を下げて三雲くんは去っていった。バイバイして欲しかったな。何故か三雲くんを先に帰らした迅悠一はよいしょ。と私の隣に座った。うん、何故帰らん?


「ぼんち揚食う?」
「いらない、トラウマなんだって」
「まぁまぁそう言わずに」
「だからいらな、んぐ、」


がり、またぼんち揚を口に突っ込まれてしまった。学習しろよ私。でも今回は一つだけだ。これなら噛み砕けるしいいか、そう思っていると目の前に2枚のぼんち揚。

ちょ、ちょ、まって。迅悠一を殴ろうと手を振りかぶると、視えていたのだろう。腕を捕まれついでに顎もガシリと掴まれる。やだ、まじで無理


「………何をしているんですか」


私の背後から聞き覚えのありすぎる声が聞こえて、迅悠一の手がピタリと止まった。


きみが救世主!


マエ モドル ツギ

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