目が覚めるとやっぱり自分の部屋で、お布団はしっかり肩までかけられていた。コートはきちんと脱がしてくれたらしいがハンガーには掛かっていない。ベットの下にぶち投げてあった。流石辻だ、期待を裏切らない。

時刻は深夜の2時40分。変な時間に起きてしまったが明日、いや今日か。今日は日曜日。諏訪隊とやらと防衛任務があるがそれは昼過ぎから。少し起きて朝方数時間眠れば良い。何も問題は無い。お腹が猛烈に減っていること以外、何も問題は無い。


「夜ご飯を、食べていないから、しかたない」


この時間だ。家族は眠っているし、爆睡していた私の晩御飯は用意されていないだろう。
こんな時間にお腹がすいて目が覚めた。なんてのがバレてしまったらお母さんとお兄ちゃんに暫くの間『赤ちゃん』と呼ばれてしまう。ならばどうするか、コンビニだ。新しく買って、食べて、捨てる。証拠隠滅、完全犯罪は割と簡単に出来る。

そうと決まれば。
ぶち投げられていたコートを着てマフラーを巻く。因みにこのマフラーは辻のだ。この前借りてから返していない。物音を立てないように廊下を歩き、音がならないように重い玄関の扉を閉める。気分は女スパイだ。どうしよう、楽しい。


「ミッション、クリア」


ふふ、ダサイ。この現象をなんと呼ぶか。ナチュラルハイだ。なんでも出来る。本当に何でもしてしまったら後々後悔することになるのだが、それが分かっていても何でもしてしまうのだ。仕方がない、だってナチュラルハイなのだから。
今日は近くのコンビニではなくて、ちょっと遠いコンビニに行こう。肉まんを買って食べながら帰ってそこら辺に設置されたゴミ箱に捨てて家で眠る。完璧な犯罪だ。
ふふふ、零れる不気味な笑みを隠さず歩く。割と遠くまで来た。後はコンビニを見つけるだけだ。


「ん?」


駄菓子屋さんの隣に設置された自販機。その前に誰かが突っ立っている。別にそれだけだと気にならないのだが、小さい、子供だ。こんな時間に子供が一人で何をしてるんだ。親はどうした。


「僕、何してんの?」
「?コンニチハ」
「挨拶出来て偉いね、でも夜は"こんばんは"だよ」
「ほう。日本語は挨拶が沢山あって難しいデスな」


ほう、日本語が難しいのか。確かにこの少年の髪の毛は中々珍しい色をしている。真っ白だ。それに目が赤い。なんだかウサギみたいで可愛いじゃないか。


「こんな所で突っ立って何してんの?」
「これが壊れてしまったみたいなんだ、お金を入れたのに」
「自販機が?オネーサンに見してごらん」


目線を少年から自販機に変える。おや、確かに壊れている。チカチカと点滅する数字はまるで『理解不能です』と言っているみたいに不規則に変わる。機械でこれは珍しい。


「お前何入れた?」
「ん?これだぞ」
「ひぎゃ!!」


もしかしたら日本のお金じゃなくて外国のお金を入れたのかもしれない。そう思って聞いてみたら少年はポケットからお金を出して見せてくれた。

札束だ

神様、私が何をしたって言うの。


「オネーサン大丈夫?」
「あっうん。強盗?」
「強盗?」
「いやごめんなんでもない。触れないよ。多くを知りすぎた人間は殺すんだろ」
「別に殺さないぞ?」
「殺さないの?でもいいや、もう何も聞きたくない」


だからとりあえずその札束を閉まってくれ。そう頼むと少年は不思議そうに札束をポケットに閉まってくれた。うう、どこにどんな形で収納されているのかしっかり分かる。サイドエフェクトめ、今だけはまじで滅べ。


「それで、これはどうしたらいいんだ?」
「あっそうだ、自販機、自販機ね、ちょっと待ってよ」


恐らくこの少年は自販機に一万円札を入れてしまったのだろう。そして機械がこんなの知らない!とビックリして拒否反応を起こしてしまったのだ。
ふむふむ、なるほど、一万円札は飲み込まずに手前の方で止まるのか。ならばやることはひとつ


「おりゃ」
「お?、おお!」


ガンッ、と自販機を軽く蹴る。すると挿入口からビーと音を立てて一万円札が出てきた。この一万円札はあの札束の中に帰還するのだろうか。頼むから私の前でそれをしないで欲しい。心臓が、ぎゅっ、てなるから。


「蹴ったら出てくるのか」
「手前の方で詰まってたから。あのね少年。日本のルールってもんを教えてやるからついてきな」
「お?」
「あっ、その前に、何飲むの?」
「お金ならあるぞ?自分で買える」
「それも説明するからとりあえず選んで」


500円玉を小銭の挿入口にいれて少年に飲み物を選ばせる。おしるこ。渋い。綿あめみたいなこの少年は見た目通り甘いものが好きらしい。因みに私はあったか〜いほうじ茶を買った。お釣りをとってポケットに突っ込む。今は財布に入れるよりこの少年に色々教える方が先なのだ。


「どこにいくんだ?」
「そこだよ」
「近いな」
「座んな、少年」


連れてきたのは駄菓子屋の外に置いてあるベンチ。現場から三歩で辿り着いたこのベンチが本日の学び舎である。
とりあえずお茶を一口飲む。熱い。けど冷や汗のせいで体は冷めきってしまったので今はこれくらい熱い方がいいだろう。


「とりあえず自己紹介かな。名字なまえです」
「なまえちゃんだな。おれは空閑遊真。遊真でいいよ」
「遊真ね。では第一回青空教室を始めます」
「?よろしくおねがいします」


ペコり、いや、もふり、と頭を下げる遊真は常識外れなだけで悪い子では無さそうだ。悪い子ではないのなら優しく教えてあげなければならない。私はオネーサンだから。


「まず、子供はこんな時間に出歩いてはいけない」
「だめなのか?」
「いくら換装体つってもだめ。子供だから こんな時間に出歩いてはいけない」
「こんな時間に出歩いてはいけない」
「次。お金は使う分だけお財布にいれる」
「おサイフを持ってないぞ」
「ならビニール袋にでも突っ込んどけ。お金は使う分だけお財布にいれる」
「お金はおサイフにいれる」
「次、自販機に一万円札をいれてはいけない」
「なんでだ?」
「機械がびっくりしてさっきみたいになるから。千円札か小銭だけ。自販機に一万円札をいれてはいけない」
「自販機にいちまんえん札をいれてはいけない」
「よろしい!!」


もふ、と遊真の頭を撫でる。おぉもっふもふだ、とても良い。遊真も特に何も言わないからもう少しだけもふもふさせて貰おう。授業料ってやつだよ。


「なまえちゃん、もう一つ質問してもいいか?」
「いいよ、なまえちゃんは日本のことなら何でも知ってるからな」
「それは凄いですな。ではでは」


「なんで換装体だって分かったんだ?」


やってしまった。そう思ったのは口を滑らしたからでは無く、遊真の雰囲気が変わったからだ。
何コイツ、私の事、殺すつもりなんじゃないの。
喉がひりつく。心臓は熱くなったのに指先が氷のように冷たくなった。


「ボーダーの人には今日会ったんだ。ミワ隊の人達。A級なんだろ?でもこれが換装体って気付いた人はいなかった。なまえちゃんはなんで分かったんだ?」


嘘をついては駄目だ、バレる。目が、変だ。どこを見てる?いや、私を見てる。迅悠一とは違う、遊真はちゃんと私を見ている。


「さいど、えふぇくと」
「ほう」
「生身と換装体は数値が違うから、ひと目でわかった」
「サイドエフェクトか」


もふん、と頷いておしるこを飲む。雰囲気が元に戻った。少年の遊真だ。指先に血が巡ってるのが分かる。
遊真はよいしょ、と立ち上がって空になった缶をきちんとゴミ箱に捨てた。


「なまえちゃん、ご馳走様でした」
「あっうん」
「子供なので、おれは帰ります、送るか?」
「大丈夫。近いから」


嘘だ、全然近くないけど 子供に送って貰う訳にはいかない。そう思っていると遊真はちょっと変な顔をして、そうですか。と頷いた。

変な顔は、悲しい気持ちの顔だった。
嘘をついた罪悪感を振り払うようにばいばい、と手を振ると、私より少しだけ小さい手を振り返してくれる。
なんかもうコンビニはいいや、帰ろう。そう思って遊真に背を向けると、小さく、まるで呟きのような小さな声が聞こえた。


つまんないウソつくね


マエ モドル ツギ

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