お友だち(偽) | ナノ

34 疑惑の鬼島


 
直来(なおらい)
直来はこちらこちらに出ております。





「あらやだ、朝から団体客は迷惑なんだけど」

 玄関に立つ、薄い墨色の和服姿の鬼島。その前にいるのはスーツ姿の金剛力士像のような男だ。どこか不満そうな顔をして腕組をし、鬼島を見る。

「上からの命令でな。悪く思わないでくれ」
「天下の直来サンもしょせん組織に飼われたわんちゃんだわね。わんわん鳴いてごらんよ」
「今日はあいにく、軽口を叩いてる暇ねぇんだわ」

 太い手首にはめた時計を見て、鬼島に見えるように角度をつけた。

「午前8時47分、家宅捜索と押収開始。これが令状だ」
「はいどうも。あんまり散らかさないでよね。あとできたら靴脱いでって名もなき捜査員の方々に言っといて」

 つまらなさそうな顔でふわふわと癖のついている黒髪をかき回す。その前を、段ボールやらなにやら備品を携行した捜査員がどやどやと歩いていく。皆様軒並み面構えが凶悪なので、ひとりぐらい優しそうな人はいないのかしらと思いつつ、階段の四段目ほどに腰かけた。
 既に談をお隣に行かせている。ナツは昨日の晩から有澤邸にお泊り。さすがに、同時手入れというのはないだろう。爪をいじりいじり、面倒くさそうに溜息をついた。

「どこの誰がばかなことしたのかなあ」

 いい迷惑である。
 やれやれ、と思っていると、冒頭の金剛力士像こと直来が鬼島のところへやってきた。丁寧に靴を脱いで揃えてあるあたり、好感が持てる。厳めしい顔、やはり腕組。太い腕を組んでいるので、ぴちぱつになったスーツが可哀想だ。

「鬼島、この後付き合え」
「どこでデート? ライ、センスの悪いところ選びそう」
「最寄りの所轄」

 鬼島の顔が不愉快一色に染まった。

「だからモテないんだよ」
「関係ねぇだろ」





 さて、こちらは有澤邸。
 夏にしては暑くなく寒くもなく、からりと晴れた空が素晴らしい平和な朝であるが、隣のがやがやは聞こえている。何かあったのかな、と朝食のパンをもくもくしているナツ。そこへ談がやってきた。

「おはようございます、ナツさん」
「おはようございます、談さん」

 何かあったんです? と尋ねる前に、談が苦笑いしながら隣へ座った。

「お家にガサ入ってるんで、しばらく有澤さんちに置いてもらいなさいと鬼島社長からの伝言を持ってきました」
「がさ?」

 はてがさとは? と、意味がわからず首をかしげるナツの前で有澤が、ふん、と鼻を鳴らす。

「なんでだ」
「さあ。鬼島社長が言うには、誰かが間抜けだと」
「がさってなんですか」

 満和がわかめスープをのんびり飲みながらお隣の有澤に尋ねる。ふ、と溜息をつき、携帯電話を手に取った。

「漢字で書くとこうだな。いわゆる家宅捜索、それから押収」
「かたくそうさく……はっ、鬼島さんが悪いことを!」

 ナツの手からぽろり、きつね色の食パンが落ちる。膝に落ちるぎりぎりで、談が端を掴んだ。パンくずが散らばらなくて幸いだ。畳に散らばると、実に悲惨なことになる。
 皿に戻されたのを見てから、有澤が微笑って手を軽く横に振った。

「関係場所ですよ。鬼島さんが悪いことを……してるかもしれませんけど、尻尾つかませるような甘いことをあの人はしませんから」

 だから、何も出てきませんよ、と言いながら北山を見る。

「北山」
「はい。家に来たら丁重に対応してお帰りいただきますので安心してください。火の粉を被るのは嫌ですからね」

 にこ、と笑い、音もなく座敷からいなくなる。まるで行動を読んでいたかのようだ。
 そして間もなく、重厚な玄関チャイムが聞こえた。

「北山に任せておけば、うちは問題ない」

 はわわ、と動揺しているナツを談がなでなでしながら慰めている。満和は陶器のスプーンをカップの中に置いて、有澤を見上げた。

「鬼島さん、本当に大丈夫なんですか」

 有澤は頷く。

「むしろ捜査担当者が可哀想だな」

 さて、こちら同時間帯、有澤邸の玄関外。
 北山が複数の捜査員に見せられた警察手帳を確認し、メモをしていた。

「はい、ありがとうございました。それで何用でしょうか」

 スラックスのポケットに筆記具をしまい、一人ずつの顔を改めて確認しつつ尋ねる。

「有澤譲一朗に話を聞きたい」

 話、と北山の目が細くなる。それだけで若い捜査員は少し腰が引けた。

「正式な令状のない場合はお引き取り願うよう言われておりますので、また後日どうぞ」
「そんなことが通るわけないだろう」

 ひとりがようやく口を開いた。しかし、まともに睨みつけられて黙り込む。いや、睨みつけてはない。見ただけだ。それなのに圧迫感は尋常ではなかった。

「通るわけないとは? こちらは正式な札があれば従う、とごく当たり前のことを言っているだけですが」

 口調だけは穏やかで柔らかいが、だんだん目に迫力が増している。捜査員は視線を交し合い、口々に有澤を出せ、と騒いだ。集団戦に出たようだ。しかしそれで引き下がる北山ではない。

「……しつけぇぞ、小僧共」

 大声を出したわけでもない、ただ少し声のトーンが変わっただけでとんでもない威圧感。びたりと黙った若い捜査員たちを後ろから押しのけ、急ぎ足でやってきた年嵩の男。

「真秀さん、悪かったねえ騒いで」

 にこにこと笑みを浮かべ、すまん、と繰り返す。笑い皺のついた顔を見て、北山が長めに息を吐いた。それだけでまた雰囲気が和らぐ。先ほどまでは、冷たい鋭利な刃物のようだったが。

「ニレじい、朝から騒がれるとうちの有澤が暴れ出すのでやめてください。面倒なんですよ」
「すまんすまん。どうも若いやつは焦りがちでな」
「直来にも嫌味言っておいてもらえると助かります」
「ああ。話を聞く必要が出たら札ぁ持ってくるから」
「よろしくお願いしますね」

 ほら、引き揚げよう、と若い捜査員を促して帰っていく。北山はそれを見送り、完全に背中が見えなくなると家の中に戻った。

「なんなんですかニレさん、あの人……普通の家住みじゃないっすよね」

 捜査員の一人が尋ねる。

「そうだなあ、もう今は一線から退いてるから知らねえのも仕方ねえか。北山真秀って言やあお前たちの先輩マル暴はみーんなわかるよ。聞いてみろ」

 後日、捜査員のひとりが先輩に尋ねたところ、一番最初に返ってきたのは「会ったのか」だった。

「この前のガサで。えらい男前でしたけど、なんかやばそうな奴でした」
「やばいぞ。北山に舐めた口きいたら東道会の輩みんな目の色変えて追っかけてくる。それぐらいの重鎮だ。扱いには気をつけろ」
「なぜ……」
「腕っ節も度胸も人情もある。しかも頭の回転も早い。現総長の虎谷が今、天下取ってんのは北山がいたからってのがかなりでかい。細かいとこの取りこぼしをカバー出来る度量があるっつこった。構成員は多かれ少なかれ北山に借りがあってな」
「あー」
「更に色気もあるし。ありゃ魔性だ魔性。ハマるなよ」
「ハマ……自信はないですね……」
 




 一方、鬼島は。
 令状に従い勾留されている。連行されてきた昨日は「さあ」と「知らないねぇ」だけで乗りきった。今日は今のところ留置場の飯がまずいということをつらつら語っている。

「素材は悪くないと思うんだよね」

 のらりくらりした態度に、聴取担当の血管がそろそろ切れそうだ。昨日も、脅そうが怒鳴ろうが下から出ようが鬼島が意に介す様子は一切無かった。今日は何を質問しても食事の話が返ってくる。
 これはどうしたもんか、いよいよ詰まり始めた時に鬼島とようやく目が合った。

「ところで、お兄さんは好きな食べ物ある?」

 初めて意思の疎通ができそうで、思わず考えて答えてしまう。

「鶏そぼろ丼……」
「ああ、駅のとこにおいしい食堂あるよね」
「そうだな。ところで」
「気をつけた方がいいよ。食べ物は、ある日突然食中毒が起きたりするからさ」

 言葉を失う。気付けばくしゃくしゃした前髪の奥から、ひんやりした眼差しに射抜かれていた。先程まで意識もしなかった両の目に、かつて聴取した誰からも見えたことのないような狂気を感じる。

「脅迫、か?」

 自分に向けられたものだと思い、尋ねる。鬼島の口元だけが笑う。

「まさか。ただの親切心からの忠告」

 しかし、鬼島の口が確かに動いた。声もなく、口の動きだけで言ったのだ。はっきりと目を合わせたまま。

「さようなら」

 目は動かず、口の形だけにっこりする鬼島は不気味そのもので、言葉が何を意味するのかもわからない。ただとても恐ろしく、背筋がぞっとして言葉を失ってしまった。

「……呑まれてんなぁ。あいつもなかなかやり手なんだが。さすが鬼島」

 聴取室の隣からマジックミラー越しに窺い、気圧される後輩の姿を眺めていた直来が呟く。ジャケットを脱いでベスト姿だが、大胸筋がむちむちしている。シャツのボタンが今にも弾けそうだ。それを気にせず、傍らを見た。

「あんたとなら会話が成立するのか?」
「さあ、どうでしょうか」

 仕立ての良いスーツに身を包んだ男が些か自信なさそうに笑う。しかしこういった組織でそう装うのは、得てして爪を隠す鷹ばかりだ。

「頼むぜ。もうあんたしかいねぇから」
「善処します」

 睨むように見てくる金剛力士像に苦笑い。その時、鬼島がこちらを見た。

「ライ、この人、心折れちゃったみたいだけど」

 厚みのある手にバンと肩を叩かれ送り出された。普通に痛い。さすりつつ、短い廊下を歩いて部屋に入る。

「交代します」

 鬼島の口元が、また質の違う笑みを浮かべた。
 愉しそうなものになり、うふふ、と声がこぼれる。

「いよいよご登場ってわけね」
「ええ。今回はなかなか重大事件ですから、サンプルを取りに来ました。そうでもなければあなたと向かい合う気はありません」

 ちらり、またもミラー越しに見てくる。はっきりと目が合わせられるのも不気味だ。向こうからは一切見えない感じないはず、なのに。

「訂正するよ、ライ。素敵な時間になりそう」

 くく、と笑う直来。さてこの鬼島が素直に喋るのだろうか。喋りそうだ。頭と顔がいい人間を好む鬼島にとって恰好の人材だから。
 いかにもビジネス感のある、作りもののような笑顔を顔に貼り付けたまま、特別気負う様子もない。スーツの内ポケットから手帳を取り出し、横にして見せる。英字の身分証明が上に、日本の身分証明が下に。

「国際連合薬物並びに国際犯罪事務所東洋支部所属、現在は日本国警察庁刑事局組織犯罪対策部出向調査官の加賀陵司です」

 にやにや、とも、でれでれ、ともつかない笑みを浮かべた鬼島が身を乗り出して手帳を見つめる。

「本名?」
「関係ありますか?」

 すっとポケットにしまい、さて、と鬼島を見た。

「お話、聞かせてくださいね」
「陵司くんにならなんでも教えちゃうかも」

 むふふ、と笑って鬼島は両手を胸の辺りまで掲げた。

「まずさあ、手錠外してくんない? 縄も」
「あなたは危険なので。拘束着を着せたいくらいです」


***

加賀についてはこちらMIXのお話をご覧ください。


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