17、黒い彼岸花?と炭治郎

※炭治郎が、夢主の黒い彼岸花関連の情報を知っている。番外編「ダレカガミタユメ 」に至る世界軸の、竈門家での2度目の秋の頃の炭治郎視点の話。炭治郎14歳。




桜さんが竈門家(うち)で暮らす様になって、2度目の秋を迎えたある日。
隣町で炭を全て売り、空になった竹籠に町の人から貰った秋野菜を詰め込み、家路へと向かっていた。
いつものように、頼まれごとをこなしながらの行商だったけれど、今日は特に重労働の頼み事が多く疲労が重なり、更には前日の雨の影響でぬかるんだ地面に足を取られ、山を登る脚は普段より重く、遅い。
強い疲労感に何度もため息が出たけれど、「今日はお彼岸明けだから、皆でおはぎを作って待っているね」と笑った桜さんの笑顔を思い出すと、不思議と足取りは軽くなり、どこからともなく力が湧き出て、疲れがどこかへ飛んでいくようだ。地面ばかり見ていた顔は上向きになり、心は春のように穏やかな気持ちへと変わる。

桜さんの事を思ったり考えたりするだけで、心だけでなく身体まで一瞬でこうも変わるのだから不思議なものだ。もしかしたら、桜さんは「魔法」が使えるのではないだろうか?と真面目に考えてしまい、そんな自分が可笑しくて小さな笑いがもれた。


「ん…?あれは、彼岸花…」

途中見えた赤色に歩みを止める。その拍子にぬかるんだ地面の泥が飛び跳ねたが、気にせず、2〜3歩近寄り目を凝らす。
道の脇、2〜3メートル先に数十の彼岸花が群生していた。今までなら素通りしてしまうような日常風景の一部だったけれど、桜さんから《彼岸花だらけのおかしな空間や黒い彼岸花の事を聞いてからは》、引き付けられるように、目を止める事が多くなっていた。

無心で数十秒観察し、また歩みを再開しようとした時、「ある色」を見つけ、心臓がどくりと大きく鼓動する。

「黒色の彼岸花……?」

少し遠目でも見えた。数十の赤色に紛れ、隠れるように存在する黒色。


あの黒い彼岸花。桜さんが探していたのものだとしたら、きっと桜さんが未来に帰る手掛かりになるだろう。桜さんをここに連れてきて教えてあげなければ。それに約束したじゃないか。桜さんが幸せになれるような選択を探すと。それが、未来に帰る事なら俺は全力で手助けする。
……そう思うのに。そんなことは建前であるかとでも言うように、

《このまま教えなければ、このままどこかに捨ててしまえば、燃やしてしまえば、桜さんはずっと、ここに居てくれるだろうか》

という思考が頭を占領した。

さっきまでの穏やかさは、焦りのような戸惑いのような言い難い感情に塗り替えられ、あの黒い彼岸花と同じ様に、自分の心が黒色に染まっていくのが分かった。

「………」

自分以外の誰かに支配されるかのように近づき、黒い彼岸花を無言で見下ろす。
じっと見ていたけれど、無意識に手が伸びていたのか、いつの間にか炭で汚れた手は、黒い彼岸花の茎を強く握りしめたていた。
血潮が激しく巡り、聞こえるのは心臓の鼓動だけ。

「……」

どくん、どくんと音が段々と大きくなる。
そして、音が最大になり、手に力をこめた瞬間、黒い彼岸花から黒色が数滴こぼれ落ちた。

「…?あ……、…泥…か」

よく見れば、黒色の彼岸花などではなく、《泥をかぶっただけの赤い彼岸花》だった。近くに小動物…野兎の足跡があったので、何かの拍子に、泥がかかったのだろう。
拍子抜けの結末に肩の力がふっと抜け、ため息と共に握っていた手を優しく解く。見れば、少しだけ茎がへこんでしまっていた。

表立って言えぬような感情を持っていた自身への戸惑いや、罪悪感を洗い流すかのように、泥をかぶった赤い彼岸花に飲み水をかけてやり、元の赤色へと戻す。

「ごめんな…」










家に帰ると、沢山のおはぎをお盆に乗せた桜さんが、笑顔で出迎えてくれた。
その笑顔に癒されると同時に、少しだけ後ろめたさを覚える。

「炭治郎君おかえり〜!」
「ただいま桜さん」
「わっ、お野菜いっぱい貰ったんだね。さすが炭治郎様です」

竹籠から秋ナスを取り出して喜ぶ桜さんに、「可愛いなぁ」とつい口から出てしまう。けれど、野菜に夢中で気付かない桜さんは、野菜を抱えて嬉しそうに家族の元へと走っていた。

奥から家族と桜さんの楽しげな声を聞きながら居間の段差に腰掛け、泥で汚れた草履を払いながら、思う。もし、本当に黒い彼岸花を見つけてしまった時、俺は一体どうするのだろうか、と。


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