9、炭治郎禰豆子と一緒に鱗滝さんの元へ
※桜の欠損表現があります。ご注意ください。
2章82話までは全く同じ展開で、その後桜は右腕を切断された後に出血多量のショックで気絶。その後、鬼化せず、瀕死の状態ながらも桜だけ(&禰豆子)は生き延び、炭治郎に助けられた。死んではいないので花を咲かす力は失っていない&能力を奪う力は発現していない。
修業半年目〜1年目以内。おっきい岩を斬れっていわれる前の時間軸。炭治郎13〜14歳、夢主18歳。
※炭治郎視点※
「炭治郎君お帰りなさい!」
鱗滝さんとの修業は毎日が過酷だった。今日も地獄のような修業を終え、疲れから小さく痙攣する両足を引きずり山を下ると、家の外で待っていた桜さんが俺を見つけ笑顔で駆けよってくる。
「大丈夫?疲れてない?怪我は?」
笑顔はすぐに心配そうな顔に変わり、桜さんは左手で、俺の身体を隈無く確認するようにペタペタと音を立てながら触った。
「怪我はありませんけど、もうへろへろです」
汗と泥塗れの顔で苦笑いすれば、傷の確認を終えた桜さんは安心したように息を吐き、着物の左袖部分で俺の顔についていた泥を拭うと、小さく笑った。
「今日もお疲れ様!お風呂も沸かしてあるし、ご飯も作ってあるから、ゆっくり休んで!…でも、まずはお風呂かな?」
「…怪我しませんでしたか?」
「もう!まだ心配してるの?もう慣れたから大丈夫だよ〜」
桜さんは「不格好だけど包丁さばきだってお手の物です!」と言って、左腕を高く上げた。着物が重力に逆らってずり落ち、二の腕あたりまで素肌が露になる。過去の小さな古傷はあったけれど、新しい傷はない。
「あ、鱗滝さんもお帰りなさい〜!今日鱗滝さんお友達の方が来て猪の肉を」
俺の後ろに居た鱗滝さんに気付いた桜さんは、俺の横を通り過ぎ鱗滝さんの元に走っていく。その際に桜さんの厚みの無い右袖が、風にふわりとゆれた。
湯で泥を洗い流した後すぐに寝室に向かい、寝室の年季の入った戸を引くと、花のいい香りが鼻をくすぐった。自然と呼吸は深くなり、身体がゆるやかに弛緩していく。
「禰豆子ただいま」
日中の空気を含んだ柔らかな布団で眠り続ける禰豆子の頭を優しく撫でるが、反応はない。寝息をたてる禰豆子は半年以上も眠り続け、今日もまたその記録を1日延ばしている。
「禰豆子ちゃんの横に置いてあるアロマポプリ、禰豆子ちゃんが一番好きな匂いだったんだよ」
桜さんが明日の着物を持って寝室に入ってくる。二人分の着物を部屋の隅に置くと、俺の横に座り、禰豆子を布団の上から優しく撫でた。
「この間、お花が手に入ったから作ってみたの」
桜さんは禰豆子に話しかけるように「起きたら、また一緒にアロマポプリ作ろうね」と言って優しい笑みを浮かべた。
「桜さんありがとうございます」
俺が修業でいない昼間も疲れ果てて寝てしまっている夜も、禰豆子の面倒や湯あみの世話、月見をしながら沢山話しかけたりと、いつ禰豆子が起きても困らないようにしてくれている。それにどれほど俺が救われ感謝しているか、きっと桜さんは半分以上も理解していないのだろう。
「なにが?私なにもしてないよ〜。それよりお腹すいたでしょ?ご飯食べよう。今日はボタン鍋だよ」
ご飯沢山食べてしっかり寝て英気を養わなきゃ!そういって、左手で俺の右手を掴み、立ち上がらせようと引っ張ってくる。
「むん」
「あ!わざと力いれてるでしょ〜!も〜立って〜!」
ふざけながら二人で笑い合っていると、鱗滝さんの呼ぶ声が聞こえ、寝室を後にした。
修業は過酷で、毎日くたくただけれど、家族や禰豆子、桜さんのためならどんな試練も乗り越えられる。禰豆子を人間に戻すため、家族の仇を討つため、桜さんが隠れて泣く事のないように、鬼に怯える事なくまた幸せに笑える日が1日でも早く訪れるように、少しでも早く強くなろう。
※桜視点※
「炭治郎君いってらっしゃ〜い」
今日も修業に出かけた炭治郎君を背中が見えなくなるまで手を振り続け見送る。
「………」
そして、炭治郎君が完全に見えなくなった後に、左手を胸に沿えギュッと目を閉じ、一生懸命、一生懸命…祈る。
炭治郎君が怪我をしませんように。無事に帰ってきますように。死んじゃいませんように、と。
そして、寝室に戻り禰豆子ちゃんの元に行き、禰豆子ちゃんの手を左手で握りしめて、同じ様に祈る。
禰豆子ちゃんが無事目を覚ましますように。心が鬼なんかに負けませんように。死んじゃいませんように、と。
毎朝の習慣を終えた後は、食事の準備や洗濯などの家事、寝ている禰豆子ちゃんのお世話を行う。その合間に炭治郎君が怪我をしてしまった時の為に、花を咲かせて傷薬や薬湯の元を作成。
鱗滝さんに、才能がない、そして片腕である私に刀を教える事はできないと言われ、それを後押しするように、炭治郎君が私が刀を握る事を猛反対したので、戦える術の道筋は絶たれてしまった。今の私には出来る事は、二人の無事を祈ることと、花を咲かせること、この二つしかない。
「桜……少し休んではどうだ」
禰豆子ちゃんの近くに座り、花を咲かせている最中。今日は炭治郎君の修業の指導をしない日だったのか、いつの間にか後ろに居た鱗滝さんが話かけてきた。
「休むなんて。私より年下の炭治郎君が日々必死で頑張っているのに、自分だけだらだら休みなんてできませんよ。それに私にはこれしか出来ないので」
笑顔を貼り付けて鱗滝さんに言えば、天狗のお面をつけて表情の読めない鱗滝さんは「…そうか」とだけ呟いた。
「鱗滝さん、私、これから村の方に行って、お花と傷薬売ってきます!炭治郎君の為にも栄養のあるご飯いっぱい買ってきますね」
「…あぁ。助かる」
「はい!あ、もちろん鱗滝さんの好物も忘れませんからね」
表面ではくすくすと笑っていたけれど、心は壊れそうに軋む音を立てていた。
鱗滝さんは、助かるなんて言ってるけど、本当はお金に困ってない事ぐらい知っている。鬼殺隊のエライ人との手紙で「お金は必要な分だけいつでもいくらでも出せる」という文面を見てしまったから。
だから私がしている事なんて、雀の涙程度の自己満足。きっと私が居てもいなくても何も変わらない。それでも何かしていないと、今にも不安で押しつぶされてしまいそうだった。
「桜…あまり自身を追い詰めるな」
花を片付け、村に出かけようと靴を履き替えた時、鱗滝さんにかけられた言葉で、動きと表情がぴたりと止まる。
「………でしたら、刀の使い方をご教授いただけますか?」
「……………」
無言は否定を意味していた。
あまり自身を追い詰めるな。それは鱗滝さんの気遣いや優しさからの言葉だったと分かるけれど、感情が高ぶり声が震えた。
「……毎日、毎日、炭治郎君が傷だらけで帰ってきて、炭治郎君が死んじゃったらどうしよう、禰豆子ちゃんがこのままずっと目が覚めなくて死んじゃったらどうしようって考えると毎日不安で涙が止まらないんです…。炭治郎君が帰ってくるまで気が気じゃない…。……それなのに、何もしてあげれない自分が情けなくて悔しい」
もし私に両腕が健在していて、炭治郎君と共に刀を握り修業をしていたら、また抱く感情も違っていたかもしれない。
相変わらず鱗滝さんは無言を貫いていたけれど、一度溢れ出た想いは止まらず、口から次々と吐き出されていく。
「鱗滝さんのこと、最初、少しだけ嫌いでした…。なんで炭治郎君を怪我させるまで修業させるの。やめて、もうやめてって。それが炭治郎君自身が望んだ事だって分かっていても、鱗滝さんに八つ当たり染みた感情を抱いてしまっていた。ごめんなさい…」
竈門家の復讐を炭治郎君一人に委ねるしかできない無力な自分が一番非難されるべきなのに。
「炭治郎君にはもう怪我してほしくない。無理してほしくない。修業もやめてほしい、疲れ果てて気絶した姿を見るのが辛い。でも、それは炭治郎君の決意を想いを侮辱して否定するのと一緒だから。………だからせめて禰豆子ちゃんの為に頑張る炭治郎君の前では明るく笑っていたい……。何もできないと泣くだけの女にはなりたくない」
鱗滝さんが、孫を慰めるように私を軽く抱き背中を優しくたたく。そのあたたかい手が背中に触れる度に、涙腺を刺激した。
「ごめんなさい…。ごめんなさい」
炭治郎君と禰豆子ちゃんの前では泣かないようにするから、毎日頑張るから、だからたまに一人隠れて泣く事を許してください。
鱗滝さんは泣き止むまでずっと背中を撫でてくれていた。
※禰豆子をはさんで、同じ部屋で二人は寝ているよ。
このルートの夢主は無力感に苛まれてそう。復讐したいけど、花しか咲かせる事が出来ないし、片腕無くなっちゃたから前より出来ない事増えたし、自分は安全な場所にいるのに、炭治郎は毎日傷だらけ。年下の炭治郎にだけ辛い思いをさせすべてを背負わせている。でも炭治郎には面倒かけたくないから平気な振りをしている(炭治郎には匂いでバレているけども)。だからと言って炭治郎と禰豆子の前での明るさが、嘘や無理している明るさと言うわけではない。この後原作沿いの展開でしのぶさんと再会したら、蝶屋敷でアオイちゃんと一緒に家事したり治療したりしてるかな。きっとアオイちゃんとすごく仲良くなると思います。
炭治郎は、右腕で切断された死にかけの桜を見ているから、ぜっっっったいに桜に刀を握らせるつもりはない。勝手に戦おうとしたら炭治郎は激おこプンプン丸になるよ。生きて笑って自分の隣にいてくれれば炭治郎はそれだけで頑張れる。
リクエストを貰う前から、鱗滝さん行きルートは番外編で書こうとしていたので、また別パターンを番外編にいつかアップしようと思います。