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この世界の真実は、単純なものだ。
この世界は、たった一人の少女の夢物語。
愛に恵まれ、愛を疎まれ、愛を奪われ、愛を疑い、愛を求めた少女。
そんなただの少女がたった一人で世界を破滅に導き、自らも水面に沈んだ。
この世界は、少女が再構築した、ただの夢。
水面の奥底で、ずっとずっと、夢を見続けている少女。
少女はその世界で魔女となり、アブノーマルと名乗った。
自らの子らを、赤い塊の子らの形を想像し、人間に作り替え、その子らを魔女や魔王として世界に放った。
時が過ぎ、いつしかアブノーマルの血筋を持つ魔女や魔王は数少なくなる。
異常なこの夢世界で、アブノーマル自身も自らの想像した夢に溺れ、自分自身の存在を見失い始めた。
そのせいで魔女ーー想像主としての力は弱まり、この世界が自分の夢だということすら忘れる時もあった。
夢世界に絶望し、閉じ籠ったコア。
姉に絶望し、姉を恨み、そうして自身もこの夢世界の異常に染まってしまったミモリ。
「‥‥随分と変わったね」
「ん?」
それはまだ、ミモリーーメモリーがあの島に縛られる前のこと。
「お前は‥‥」
ミモリは声を掛けて来た人物ーーコアを見て驚きの表情を見せた。だが、すぐに苦笑し、
「ククッ‥‥お前もあの女の物語の住人ってか、図書館の優しいお兄さん」
「彼は?」
コアは少し離れた場所からこちらを見ている少年を指す。
「あいつは俺の、魔王の弟子さ。それよかなんの用?俺、開き直って面白おかしく生きてんだけど」
「ミモリ」
「ミモリ、ね。あの女が呼んでた名前なんか気色悪い。今はメモリーって名乗ってんだ。皮肉にも‥‥あの女、俺に変な力を与えやがったが‥‥死者の魂を弄ぶ力やら、名前を支配する力やら。夢の中のくせに、生きてる人間なんかいやしないのによぉ‥‥ほんっと、馬鹿な女だぜ。まあ、好き勝手させてもらえるんならいーけど」
「ミモリ、いや、メモリー」
コアは静かに彼の名を呼び直し、
「君は彼女を憎みつつも、彼女が姉である情を抱えて‥‥強がってるんだね、こんな夢世界で、無意味に非道な行為を続けて、そうして、彼女に対しての消化しきれない感情を‥‥まぎらわせている」
「はぁー?なんだよそれ」
「ぼくに与えられたのは、死者の魂を保管する力、人の魂の声が聞こえる力。だから、ぼくに嘘は吐けないよ」
「‥‥」
メモリーはギロリとコアを睨む。
「生前、ぼくが死んだ時、君は彼女がぼくの亡骸を見捨てたと思い、それに怒ってくれたことも知ってる。君は優しい子だって、ぼくは知ってるよ」
「‥‥」
「一つ、お願いがあるんだ。もし、なんらかの形で君がこの世界で再び死ぬことがあれば‥‥君の魂をぼくの元に保管させてほしい。現にぼくは全てを諦めきっているけれど‥‥それでもいつか‥‥もしかしたら‥‥彼女と再び、対峙する日が来るのかもしれない」
コアは灰色に淀んだ空を見上げ、
「彼女は今でも、愛の区別がつかずに、さ迷っているだろうから‥‥」
そう呟いた。
言葉通り、×××の、アブノーマルの、シャイの中には、愛を求めることしか残っていない。
時には過去を忘れただの女となり、時には自分が想像したこの世界を思い出し魔女のように振る舞い‥‥
不安定な存在になった彼女はこの世界を維持するのが難しくなった。
だからこそ、夢物語の人々は自我を持ち、彼女の手から自立している。
異常者だ正常者だなんて存在は最初に想像しており、とある場所には正常者を守る結界を張っていた。
それはただの遊び。
幸せに生きた人間が、いつか自分のように異常に呑まれていけばいいと感じていた。
そうしてもう一つ。
そこに集った正常者が全て異常に堕ちるか、命が潰えた時こそ、この夢物語から自分が‥‥少女が目覚める時にしようと。
ただ、自分が覚えていればの話だが。
少女がただの女ならば、それでは目覚めない。
少女が魔女としての実感を持っていれば、少女は目覚める。
眠る前に願ったから。
醜い世界の夢を。
そんな醜い世界で、愛を見つける夢を。
世界が醜いのなら、もう、少女は傷付くことはないと思っているから。
だから‥‥
(‥‥誰も、誰も私を愛してなんかくれない。こんな世界‥‥失敗なんだ)
水面の深淵で眠る少女は、この夢物語を壊したいと、願い始めた。
これは、自分勝手なお伽噺。
たった一人の少女の、醜く異常な、世界の話。
さむいさむい、ゆきのまち。
いじわるなまじょは、ねんがらねんじゅうそこにゆきをふらせた。
いつしか、このせかいのひとびとがまじょにたちむかい、まじょをたおした。
まちは、せかいは、みどりにあふれた。
しかしどうでしょう。
そんなせかいで、ひとびともまじょもしあわせにいきています。
みんなでしあわせにくらすことになりました。
どんなにつらくても、いつかゆきどけはくる。
どんなにわるいひとでも、そのいのちをうばうのはまちがっている。
いきていれば、しあわせがいつかくる、えがおになれるひがくる。
あきらめなかったから、このまちはすくわれたのでした。
あきらめなかったから‥‥
諦めなかったから‥‥きっと‥‥