「久し振りね、コア」
「‥‥え?」

聞いたことのあるような女の声に、コアは目を開けた。
コアは地面に横たわっており、ゆっくりとその身を起こす。
しかし、ここには何もない。

空も、大地も、音もーー世界が、ない。

真っ黒な、星のない宇宙みたいな空間。

そこに唯一、自分以外に在るものは、目の前に立つ女。
真っ白なワンピースを着た、赤髪の‥‥女。

コアはこの女を知っていた。
とても大きくなっているが、あの少女だとわかった。

「君は‥‥×××なのか?」

そう聞けば、女は妖艶に笑う。

「え‥‥あれ?ぼくは、確か‥‥街が災害に襲われた時、子供を庇って‥‥下敷きに‥‥」

コアは一瞬の痛みを覚えていた。
その一瞬で死んだことまでは理解出来ていないが、あれで、自分は生きているわけがない。
それだけはなんとなくそう思える。

「そうよ。コア。あなたはとっくの昔に死んだわ」
「‥‥じゃあ、ここは?」
「まだ何もないでしょう?今から想像するのよ」
「は‥‥?」

女の意味のわからない言葉にコアは口をポカンと開けた。

「創るような創造じゃなくて、私の頭の中の想像が世界を生み出すの。だって見て、私、さっきまで子供だったのに、想像だけで大人の姿になれたのよ?」
「×××‥‥?」

コアが彼女の名前を呼ぶと、透き通った青い目が冷ややかにコアを捉え、

「ねえ、覚えてる?あなたは味方になりたい、友達になろう、絶対に裏切らないって言ったこと、覚えてる?」
「‥‥もちろん、覚えてるよ」
「そっ」

彼女はニコッと笑い、

「じゃあ、なんで裏切ったの?」
「‥‥え?」
「なんで?」
「ま、待ってよ?ぼくがいつ君を裏切った?だってぼくは‥‥死ん‥‥」
「どうして死んだの?」

弁解しようにもコアには彼女を裏切った記憶がない。だが、彼女は問い掛けを続け、

「なんで死んだの?死ぬんなら、なんであんな優しい言葉を吐いたの?嘘つき、嘘つき、裏切り者」
「そ、そんな‥‥そんなの‥‥」

コアは瞳を揺らした。
少女は以前から脆そうだった。
けれど今の女は‥‥コワレテイル。

「まあ、いいわ。もう過ぎたことはいい。だって私はここで新しい人生を始めるんだから」

女が祈るように手を組み、目を閉じた。すると、コアの肌に冷たい何かが落とされる。

それは、雪だ。
空などなかったのに、見上げれば曇り空から雪が降り始めた。
大地などなかったのに、雪が積もっていた。

そして、あの城と、あの図書館がある街が‥‥目の前にある。

「な、なんで、街が、急に?しかも、崩れる前の‥‥全く、同じままじゃないか?!」
「だから、私が想像すればなんだってここには現れるの。人だって、ほら」

ガヤガヤと、急に辺りが騒がしくなった。
街の中はいつの間にか人々で溢れ、彼らは今生み出されたというより、すでに普通の暮らしを送っている。

「な‥‥んなんだ?あれは、本当に、人間、なの、か?」

コアが聞けば、

「ええ。私が適当に思い描いた人間。もう、世界に魔物は必要ないわね。でも、世界は醜くなきゃいけないわ」

彼女がそう言えば、賑わっていた声達が、急に別の賑わいに変わる。
ーー悲鳴だ。

いきなり人々は殺し合いを始めた。
大人、子供、老人関係なく。

「え‥‥あ、え?」

飛び散る血飛沫を見て、コアの頭の中は真っ白になる。

「あと、コアって、面白い名前よね?」
「‥‥え?」

突拍子なく変わる話に、コアはもう頭が回らない。

「魂って、意味を持つでしょう?」

彼女はそう言い、

「考えてみたの。生きてる人間、みんな色んな意味を持つ名前にしちゃおうって。それを操る魔女や魔王がいても面白いわね。私は最初の魔女。コアは最初の魔王。そして‥‥」

彼女が両手を広げれば、もぞもぞと、肉片のような赤い塊が雪の大地を這う。

「な、なにそれ‥‥」
「そんな顔しないで。これは、私が生んだ子供達よ」
「ーー!!!?」

胃液が上がってきそうになった。

「この子達を魔女や魔王としてこの世界に放つの。魔女と魔王は永遠の命を持ってる設定にしましょう!そうね、普通の人間は魔法は使えないの。魔女と魔王だけが魔法を使えるのよ」

女はべらべらと早口で言葉を紡いでいく。

「コアは‥‥そうね。魂‥‥そうだわ、死んだ人間の魂はコアの元に集まるようにしたらいいわ。あと、死者の魂の記憶を手に入れるっていうのも楽しいわね!あと、生きてる人の魂が見えたり、声が聞けたりとか」
「な‥‥何を言ってるんだ、×××」
「あとは、ミモリも早く想像しなきゃね。あの子の綴りは記憶だし、記憶を操れる魔法がいいかしら‥‥」
「ねえ!×××‥‥」
「あとは‥‥」
「ーー×××!!!!!!」

届かない声に、コアはとうとう声を荒げる。
でも、彼女はただ、笑うだけ。
コアの背後では、人間みたいな何かが殺し合いをして、彼女の周りには、肉片が蠢いていて‥‥

「っ‥‥うぁああああ‥‥おかしい、おかしいよ、君は、異常だ‥‥異常者だーー!!」

彼女をそう、称した。
すると、彼女は急に嬉しそうに笑い、

「異常者‥‥ふふふふ、いいね、それ」

ふわり、と。彼女の体が宙に浮く。

「異常‥‥アブノーマル。私はアブノーマル、そうね、そう名乗って、その名前の意味通り、私は異常になる。異常をばら蒔くわ」

そう言って、彼女の姿は消えた。

取り残されたコアは愕然と彼女が消えた場所を見つめ続け、絶望を感じる。

「うっ‥‥!?な、なんだ、これ」

すると、急にコアは耳を塞いだ。
急にさまざまな人々の声がコアの耳を襲い、それから、見えない何かがコアの周りを取り囲んでいる。

(まさか‥‥彼女が言っていた‥‥魂や、魂の声?)

コアは耳を塞いだまま、逃げるように図書館へと走った。中に入り、厳重に鍵を掛ける。
それでも、魂達はコアを追って離さなかった‥‥

永遠の、命。
それが本当ならば、自分は一生このまま生きなきゃいけないのかと、コアはがくりと体を落とす。

「ぼくが‥‥死んだから。彼女にあんな軽い言葉を簡単に吐いて、死んだから‥‥これはぼくの、罪なのか‥‥彼女をあんなにしたのは、ぼくなのか?」

もう、何もわからない。

この日からコアは人の目に捉えられなくなり、図書館に籠りきった。

ーーいつしか図書館が寂れきった頃、アブノーマルとその弟、それからアブノーマルの血筋の魔女や魔王が世界を異常に満たし続けていると、魂達を辿って知ることとなるが‥‥

全てを諦めきったコアは、魂の声や、周りに集まって来る魂と共に、こんな世界から目を背けて、いつか迎えに来てくれる終わりの日まで、ずっとずっと、独り世界の理から逃れてここで静かに暮らすことにした。

独りでいれば、異常も正常も関係ない。
人間関係を築く必要もない。

もう、彼女のことは忘れよう。

けれど、彼女も本当は、すでに死んでいる人間だった。
皮肉にも、彼女のことを少しでも考えると、彼女の生い立ちを‥‥嫌でも夢に見てしまうのだ‥‥



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