耳を塞いで聞こえないフリ


「お取り込み中、悪いのだけれど入るわ」

ノックと共に、リフェがディエとヴァニシュを迎え入れた部屋に入る。

「その様子だと、痛みは引いたようね」

と、ヴァニシュの腕と脇腹に巻いた包帯を見た。

「あ!そういえば‥‥全然痛くないし、気分も悪くないです」

ディエとの会話で忘れていたが、傷口の痛みも毒の感覚もなくなっていて、

「軽いもので良かったわ。後は数日ここで安静にしていて。あなた達とクルエリティの関係は知らないけれど、さっきみたいに襲われたら危険だわ。たぶん、彼はここには来れないから」

そう、リフェは言う。

「金は?」

ディエが聞けば、

「要らないわ。私は誰かを救う為だけに生きているのだから」

彼女はそう、疲れたように微笑んだ。

「え、いいんですか?体、凄く楽になりましたし、数日ここに居ていいだなんて‥‥」
「いいの、気にしないで」

ヴァニシュの問いにぶれることなくリフェは言うため、「ありがとうございます」と、ヴァニシュは礼を言う。次に、

「クルエリティ、でしたか。私は彼と知り合いってわけじゃないんです。あなたと彼は知り合いなんですか?」
「‥‥彼が連れていた余命僅かな女の子を診てほしいと預かっているの。ただ、それだけよ」

リフェの言葉に、ディエとヴァニシュはマーシーを思い浮かべた。
ただ、リフェはそれ以上は何も語りたくはないーーそんな表情をしている。
ヴァニシュもそれ以上は詮索することはなく、

「義兄さん、私はしばらくここに居るから、先にロスさんとシステルさんの所に戻ってて下さい」
「あ?なんでだよ」

ディエが首を傾げれば、

「クルエリティさんが私達を知っているということは、ロスさんとシステルさんのことも知っている。もしかしたら二人にも危害が加わるかも‥‥わかっているのは、彼がシャイさんを殺したがってるってことぐらいですね。だったら、二人を守れるのは義兄さんしかいません!ロスさんもシステルさんも義兄さんみたいに強くないんですから」

ヴァニシュが言い、ディエはしばらく考え込む。

「まあ、確かにそうか。あの二人がさっきの奴に狙われたら対抗できねーだろうよ」

そう言ってディエは椅子から立ち上がり、

「じゃあ俺が戻って来るまでお前はここから動くなよ」
「わかってます。シャイさんに会えないまま死ぬわけにはいきませんから」

そう、ヴァニシュは頷いた。

ディエがリフェの家を出てすぐに、ヴァニシュは部屋の壁に飾られた一枚の落書きを見る。

【囚人の家族】なんて、赤いクレヨンで書かれていて、クレヨンでぐしゃぐしゃに黄色や赤、茶色などで人のような形が幾つか描かれていた。
そんなヴァニシュの視線の先を見て、

「ああ。赤髪さんが面白おかしく描いていた絵ね」

クスッと、リフェが笑って言う。

「赤髪さん?」

ヴァニシュが聞けば、

「ええ。私が救うことが出来なかった命。囚人さんの家族。囚人さんは彼をジジイだとか、赤髪の魔王と呼んでいたわ」
「赤髪の、魔王」

赤髪の魔女、赤髪の魔王――偶然にしては引っ掛かる。ヴァニシュが口を開こうとした時、

「先生。クッティはまだ来ないんですか?」

と、扉の隙間からマーシーが顔を覗かせた。


◆◆◆◆


「おう、お前だけか?ヴァニシュちゃんはどうした」

一人、宿に戻って来たディエにロスが聞けば、

「しばらく医者んとこで安静にしとけだと。悪い医者ではなさそうだったから大丈夫だろう。それより何もなかったか?」

ディエは辺りを警戒しながら言って、

「何って?別に何もなかったけど」

ロスは不思議そうに答える。

「システルは?」

彼女の姿がない為、ディエが聞くと、

「システルだったらほら、ソファーで寝ちまってる」
「‥‥緊張感のない奴だな」

ディエはため息を吐いた。

「お前のその様子だと、何か危険な状況なんだな?」
「あ?」
「まあ、何かあったら俺も出きる限りはやるけど、俺がどうにも出来なかったらシステルのことは任せるぞ」
「おい、何を勝手な」

ロスは横目にディエを見て苦笑いし、

「お前がそうじゃなくても、システルはお前のこと愛しちまってんだから。村で男共の襲撃に合った時、記憶を取り戻した最初の第一声がお前の名前で、お前に助けを求めたんだからな」
「‥‥」
「ほんっと、お前は贅沢だよなぁ。愛されてんのに、それを真っ向に見ないとか、モテる男は違いますよねー」

皮肉気に言ってやる。

「まあいいや。俺はちょっとシャイのこと捜してみようかなって思うんだ。ヴァニシュちゃんから場所はちらっと聞いたが、まずは廃図書館に行ってみようかと思う」
「は?一人でか?」
「ああ。なんたって昔は盗みとかやってたから素早さだけはあるぜ。城の構造はわかんないけど、廃図書館なら何度か昔、入ったことがあるからな」

ロスはそう言いながら部屋に幾つかあったナイフを手に取り、

「念の為、何個か借りてくぞ。システルはさっき寝たからしばらく起きないだろうし、ちょっとの間、任せたぞ」
「おいロス!」

ディエの呼び止めるような声に振り向くことなく、軽装のままロスは宿から飛び出してしまった。

(やれやれ。このままじゃシステルも可哀想だからな。ディエと二人きりにしてやるチャンスなんてこれっきりかもしれないし)

そう考えながら、街中に響く異常者達の声を背に、ロスは廃図書館の方へと走る。

パチッと、本の海で眠りに就いていたコアは目を覚ました。

(色々、動き出したか‥‥)

ため息と共に、彼は身を起こす。

(もう、放っておけばいいのに。アブノーマルに全て委ねてしまえば苦しむこともないのに。この街に、世界に、もはや‘ゆきどけ’は訪れない)

だが、耳元に声が届く。世界中の声だ。
一つの最近知った声がこう言っている。

『どんなにつらくても、いつか、生きてたら、あきらめなかったら‥‥幸せになれるよね』

死を待つだけの少女の声。
その少女に生きる希望を与えたのは、少なからずともコア自身だ。

「マーシー、か」

無数の悲鳴、無数の苦しみ、無数の嘆き、無数の死。
マーシーすら、その中の一つにしか過ぎない。
この世界に特別な人間なんて居ない。

魔女も魔王も異常者も正常者も何かが欠けた欠陥品。ただの、人間。

でも、唯一、魔女アブノーマルが疎んでいる男ーー囚人。

彼は自身の中に在る異常も正常も受け入れている。
それは、少しだけ特別な人間だ。
どちらにも目を向けれる人間なんて滅多に居ない。

だからこそ彼は、立ち上がるのだろう。ここに向かっているのだろう。
死者の魂すら味方にして、残虐な魔王すら味方にして、ただただあの魔女だけを目指している。

「はあ。ぼくが見て見ぬフリするのも、潮時かなぁ。でもさて、彼に何が出来るのかな?」

窓の外に人影が見え、コアは入り口に立つ青年、ロスを見つめた。
長い間、囚人がすべきだった役割を囚人の代わりに務めた男。
たったそれだけの為にこの魔女の物語に巻き込まれてしまった彼を、

「はぁ。同情するよ」

と、コアはため息混じりに言った。


・To Be Continued・

毒菓子



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