キミの大切なモノなんて


「‥‥なんだよ、これ」

廃図書館の中に入ったロスは驚いてその場に立ち止まる。
光景は、まるで異空間。図書館らしさなどありはしない。
足元には死体の山が転がっており、天井であるはずの上を見上げれば、炎が燃えたぎっていて。

ロスが恐る恐る足を進めれば、スカッーーと、足元に転がる死体をすり抜けた。

(なんだこれ?!スカスカじゃねえか。幻覚?いや、そんな非現実的な‥‥いや、でも魔女だかなんとか言うんだから、非現実はあり得るのか‥‥)

そう思いながら、まじまじと死体を見つめ、

「やあ、ロス君‥‥だったかな、初めまして」 「!?」

急にどこからか少年の声がして、ロスは死体の山を見回し、

「はは。残念だけど、ぼくの姿は見えないだろうからそのまま聞いててよ。ぼくの名前はコア。君と一緒で短くて覚えやすいだろう?」
「はあ?見えないって‥‥」

言い掛けてロスは言葉を止め、

「以前、ヴァニシュちゃんのことがたまにしか見えなかった‥‥ようなもんか?」

そう呟けば、

「そうだね。以前の君になら、かろうじで見えたかもしれない。でも君は異常に打ち勝った」

コアが答えた為、

「って、ちょっと待てよ。お前は俺達のことを知ってるのか?!」

声と名前だけしかわからない存在に問い掛け、

「よく知ってるよ。君達のことだけじゃない。世界中の魂を、ぼくはよく知っている」
「‥‥?」

理解できず、ロスはただ、コアの言葉を待つ。

「まあ、いい。君は魔女ーー君達にとってはシャイだったかな?彼女に会いたいんだろう?」
「‥‥っ。シャイのことも知ってるのか。ああ、そうだ。魔女ってのがなんなのか知らないけど、あいつは一応‥‥短い付き合いだったとはいえ、知ってる奴だからよ」

ロスが言えば、

「君は本当に優しい元異常者だね。まあ、彼女の力が弱まっているから、完全な異常を振り撒けないだけだけど、それでもこの世界に正常の兆しがちらほら現れ始めた。それは、もう焦っているだろうね、彼女は」

コアは小さく笑い、

「元異常者‥‥じゃあ俺はもう、異常じゃないのか?」

ロスが聞けば、

「異常は君の中に僅かに在る。でもどちらかと言えば、正常が勝っている。だから君は愛する少女から身を引くことが出来た。幸せにしてやるのは自分じゃなくても構わない。その少女の幸せこそが大事だとーー以前の君なら、最期まで自分で守ってやらなきゃと異常なまでに思っていたのに」

知った風なーー否、見透かされて、言い当てられて、ロスは奇妙な気分になった。
まるで、魔女か神に、全て支配されているみたいな‥‥

「君は、システルを愛している。ヴァニシュが好きだ。シャイが気掛かりだ。ディエが心配だ。なんて、優しい奴なんだろうね」
「‥‥」
「ロスなんて、嘘くその名前に縛られて、本当の君は何処に在る?」

言われて、ロスはゴクッと息を呑む。

「愛する少女に貰った名前。‘失う’なんて皮肉な意味。でも、君はいいのか?それに甘んじていいのか?このままじゃ、君は愛する人も好きな人も気掛かりな人も心配な人も全て失うことになる、こんな風にーー!」

頭上で燃え盛っていた炎が降り注ぎ、ロスはギュッと目を閉じ身を守ったが、その炎もロスの体をすり抜け、熱さもなんの感覚もありはしない。
ただただ、幻覚のような死体の山を炎が包み込み、全てを灰に変えた。

「っ‥‥」

ロスはその光景に言葉が出ない。

「今のはね。世界中のほんの一部の死者。シャイと、ディエが殺して来た人間達」
「っあ‥‥」

その事実に、その圧倒的な数に、ロスは目を見開かせ、

「い、異常者はまだしも‥‥シャイも、だって?」

掠れた声でロスが聞き、

「そうさ。だって、彼女は魔女。彼女の名前は異常を意味するアブノーマル。この世界に初めて生まれた魔女。一番最初の魔女であり、一番の、異常者なんだから」
「‥‥」

頭が、追い付かない。
異常者も魔女も、その意味すらロスは全て理解できていないのに、それでもコアはこう問い掛けた。

「さあ、ロス。君はそれでも彼女を救いたいのか?たった少しの縁しかなかった女だ。何も君達がどうこうしなくてもいいんじゃないか?今の話を聞いて、さあ、君の答えを聞かせてくれ」

ーーと。


その頃、遠く離れた地で、囚人はようやく意識を取り戻し、大きく深呼吸をした。

(あいつらは、無事逃げれただろうか)

システルとロスが暮らした家の中。
異常に堕ちた男達は未だ目覚めていない。

だが、

「お兄やん」

隣に、体が透けたフェイスが立っていた。

「フェイス‥‥お前、ずっと、居たのか?」

それに彼女は頷き、

「お兄やんの本当の妹は、あの雪の街に送ったよ。彼女達の仲間がいる場所に。でもね、お兄やん。あの魔女も、あの街にいるみたい」
「!」

ガバッーー!と、囚人は慌てて立ち上がる。

「大丈夫だよ、お兄やん。私が連れてってあげる」

その言葉に囚人は、

「なあ、フェイス。あの島から疑問だったが、お前‥‥なんでそんな力があるんだ?」

そう聞けば、

「ユズやんが貸してくれたの。魔王の力。囚人を助けてやれって‥‥それからね」

フェイスは顔のない顔でじっと囚人を見つめ、

「師匠を救ってくれて、ありがとうーーって。ユズやんが言ってたよ」
「‥‥」

囚人は目を細め、悲し気に微笑んだ。そうしてフェイスの前に屈んで、

「連れて行ってくれ、フェイス。あいつの姉、赤髪の魔女を止めよう。刺し違えてでも止めよう。それで、俺もお前と一緒に還ろう、魂の在るべき場所に」

そう言ってやれば、フェイスはまんまるな頭を横に振り、

「ダメだよ、お兄やんは、お兄やんの本当の家族の傍にいてあげて。お兄やんは」
「俺は、お前とクルの、お兄ちゃんだ」

‥‥と、もはや掴むことは出来やしないが、大きな腕で、フェイスを包み込んだ。
その言葉に、包み込んでくれる姿に、フェイスの魂は僅かに震え、真っ白な棒切れみたいな透けた腕が、囚人の背中に回される。

「私、お兄やんの妹でいていいの?」
「当たり前だろ。お前は世界で一番かわいい、俺の妹なんだ‥‥」

今でも、覚えている。
出会いは恐ろしかったが、あの島でどれだけフェイスの存在に救われたか、囚人は数え切れない。
かけがえのない家族達の為に、今度こそ魂を救済する為に、

「行くぞフェイス、アブノーマルの元に!」

囚人はいつだって、その為に立ち上がるのだ。


・To Be Continued・

毒菓子



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