心の柔らかいところを抉る


「こんにちは」

真昼の空の下ーーと言っても、年がら年中灰色がかった雪空であるが、クッティはこの街に来て一度だけ会った医者と名乗った女性、リフェにそう挨拶をした。

扉をノックされ、警戒しつつも窓から人影を確認し、あの幼い少女を連れていた男だとわかったリフェは扉を開け、「こんにちは」と言ってきた扉の前に立つ彼を、疑問気に見つめているところである。

「あなた‥‥あの時の。何かしら、構わないでくれと言っていなかったかしら?」

リフェが聞けば、

「あの時はすみません。私も気が動転してしまって。だって、世界中にまともな医者なんているはずがない。だから、あなたが自分は医者だと名乗るものですから、あなたのことも警戒してしまったんです」

すみませんでしたと、クッティは頭を下げた。

「医者には今まで色々と裏切られたんです。でも、失礼ながら‥‥」

クッティはリフェを見つめ、

「ゆりかごのお姫様」

そう呟けば、リフェは驚愕に満ちた表情を浮かべる。

「調べた訳じゃないんです。ただ、あの城の姫は、緑の髪と深い緑の目をしていたと聞き、父である王は生に執着しすぎて、全てを捨て、裏切り、姫である娘を機械に閉じ込め、その中で生きていけるよう守った‥‥。そんな噂を耳にして、お姉さんの容姿と、命の期限がわかると言っていたお姉さんの姿が浮かんだんです」
「‥‥」
「でもその様子だと、もしかして本当に正解だったり?」

なんてクッティが微笑んで言えば、

「用件は何?」

リフェは冷静さを保ち、クッティを見つめ返した。

「そんなに恐い顔をしないで下さい。その話をネタにするつもりで来たんじゃないですから。ただ、命に詳しいお姉さんなら…今までの医者と違って、マーシーのことを考えてくれるんじゃないかと思って‥‥」

少しだけ声のトーンを落としたクッティを見て、リフェは息を一つ吐き、

「彼女のことなら話を聞くわ。中に入って」

そう、クッティを促す。

招かれたリビングの椅子に腰を掛け、質素な室内をクッティは横目に見た。
一人暮らしにしては、食器棚にある皿やカップの量が少しばかり余分に見えるが、医者だからこうして招かれた客に出す為のものだろうと感じる。

紅茶の入ったカップをクッティの前に置き、リフェも向かい合わせに座った。

「それで、どんな話かしら?」
「さて、何から話しましょうか」

クッティはしばらく考え、

「私とマーシーは出会ってまだ一年にも満たないんですが、マーシーは両親から虐待を受けていたそうで。私と出会う数日前に、マーシーは両親を殺鬼様に殺されたらしいです」
「殺人様。今、世界中で有名な存在ね。姿は見たことないけれど‥‥」
「はい、私もわかりません。きっと恐ろしい大物なんだろうなって想像しか‥‥。それで、私も身寄りが無い身でして、偶然家族を失ったばかりのマーシーに出会って‥‥それで、二人で生きていくことになったんです」

クッティはカップを持ち上げ、紅茶を啜る。

「お互い留まる家もないから私が行く先々で金を稼ぎ、点々としつつ、まあ今回たまたまこの街に辿り着いただけで。‥‥旅の最中、時折マーシーが咳をしたり高熱に見舞われることがあったんです。私にはどうすることも出来なくて‥‥医者を巡ったんですが誰も助けてくれない。唯一、小さな村の医者が診察だけしてくれて『余命二ヶ月』‥‥それだけ言い放ったんです」

そこまで言い、クッティは俯いたまま肩を震わせていた。もう言葉が紡げないのか、数秒そのままの状態で沈黙が続く。
リフェは椅子から立ち上がり、クッティの肩に優しく触れ、

「そう‥‥辛かったのね。大丈夫、私は見捨てないわ。話も聞くし、医者として彼女のこともちゃんと診るわ」
「でも‥‥裏切りが多すぎて、まだ‥‥お姉さんのことも‥‥」
「また、彼女を連れて来て。ちゃんと診なければ彼女がどんな症状なのかわからないわ。あなたが落ち着いてから‥‥と言いたいけれど、二ヶ月なんてあっという間。なるべく早めに動かないと。大丈夫、私は命を救う為にここにいるのだから」

機械仕掛けの生の中。
それが正しいことだと思っていた。
疑問を抱くこともあったが、それでも父は正義なのだと思っていた。
だから、王が死に、城から全ての人間が去り、機械の中で生きるリフェだけが残り‥‥

『いきなさい』

父が最期に放った言葉だけが木霊していた。

生きなさい、なのか。
行きなさい、なのか。

生に執着した彼は、最期まで生に執着し、娘に生きろと言ったのか。
それとも最後の最期に過ちに気付き、もはや一人となる娘に行きなさいと放ったのか。

そんな考えを巡らせている時に、誰かが機械を開けた。
久方振りに見る外の光に視力が追い付かなかったが、微かに見えたのは赤い髪。
赤い髪の‥‥命の灯火が消えかかっている女性。

その人は魔法みたいに私の前に食料と飲料を生み出し、それを口にした私は‥‥それをおいしいと感じた。
機械のチューブから巡る栄養よりも計り知れないほどに。

子として父を庇い続けてきた自分は、人並みのそれを忘れてしまっていた。

赤髪の女性はリフェに語り掛けることのないまま姿を消した
だから、それが現実だったのか未だわからない。

ただ、彼女に救われたのは事実。

生に執着した父が娘に与えた生への呪いーー機械により与えられた、寿命を見切る能力。

久方振りに口にした食べ物。その味に、生きていると実感したあの感覚。

結局、リフェ自身も形は変わったが、父の意思を受け継ぐように、生に執着する身となった。

あの感覚を、多くの人に知ってもらいたい。
自分達は生きているのだと、全ての人に生の悦びを知ってもらいたい。

でも、不思議と、寿命の見えない人間も居る。

囚人もであったが、このクッティも見えない。
ただ、恐ろしいことが一つだけ見えている、それはーー。

「お姉さん、ありがとう」

クッティからの言葉に、リフェは意識をその場に戻す。

「すぐには無理ですが‥‥また、マーシーも連れて来ます」
「‥‥ええ。待っているわ。それに、あなたも右腕が不便じゃないかしら。義手はしないの?」

リボン結びされた袖口を見つめて聞けば、

「これは、戒めですから」
「‥‥?」

そのままクッティを外まで見送り、クッティはぺこっと一礼し、踵を返した。

リフェは寒空を見上げ、

(囚人さん。私、今度こそ命を救ってみせるわ)

同じ空の下、先日この街を発った彼を想い、家に入った。


それからすぐのこと、赤い飛沫が雪に飛び散る。

ーーグシャアッ!!ドチャッ

ちょうど苛立っていた為、絡んで来た住人の男をなぶり殺した。
けれど、クッティは不思議に思う。

観察してきたことから察するに、この街の異常者が動き出すのは夕方から。活性化するのは夜から朝方にかけて。

今はまだ、昼間だ。

だが、周りから立ち込める醜い悪臭。
蠢く、もはや人間でも異常者でもない何か。
自分の中に沸き上がる衝動。

(まさか‥‥帰って来たのかい?魔女)

クッティは口を裂かせ、歓喜するように城の方を見つめた。

弔ってやる時が来たのだ、自分を裏切った者達を。


・To Be Continued・

毒菓子



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