そこからも彼は当てもなく、色々な店に入っては中にあるものを物色していく。

真空管専門店で何やら部品を購入したかと思えば、今度は中古のオーディオショップに立ち寄り古びたレコードを購入したり。
一体何に使うのかと疑問を抱くも、それを問いかけたところで満足のいく答えは返ってくるはずもないだろうと敢えて聞かず。

時折夢で視た内容のことも起こったが、下手に避けても結局彼の突拍子もない行動に翻弄されるだけだと思い変えることはしなかった。

そうしてふらふらと歩く彼の後をついて歩いていると、また目当ての店を見つけたのか足を止めて。

「ん〜…ああ、ここ丁度いいな。しかもこれ美味そうだし」

これ、と称したものが何かと見ると、壁に貼られた一枚のチラシ。

"本場フランス仕込み!パティシエも唸る絶品パンケーキ!"

『…五条さん、まだ食べるんですか?さっきクレープ食べたばかりじゃ――』

正直お腹は満たされているし、そろそろ本当にここへ来た目的を知りたい。そう思いながら何気なくチラシから視線を上へあげ、看板に書かれた文字を読んで言葉を失った。

―エンジェルメイド喫茶"SHOW悪☆キューピット"

……メ、メイド喫茶?

「さ、行こうか」
『え…いや、あの、待ってくださ…っ』

有無を言わさず、何ならガッチリ肩を抱かれて強制的に店内へと連れていかれる。忽ち明るく高い声のメイドに「いらっしゃいませ、ご主人様たちっ!」と出迎えられ、更に言葉を失くす。

ありえない、こんな…パンケーキを食べたいからってメイド喫茶なんて――

「ちょっと彼女恥ずかしがりやだから、あの窓側の席案内してもらえる?」
「はぁ〜い、かしこまリィンカネーション☆」

(…なに、なんなのその台詞は…)

半ばズルズルと引きずられるような形で案内されたのは窓側の一番端の席。窓からは隣のビルの壁しか見えず、位置的に他の客席からは少し離れている。
正直この空間に自分がいるというだけで居たたまれなかった為、多少なりとも他の客の視線から逃れられるのは救いだった。

…しかし、そんな安堵の気持ちも束の間。

「ここでは天国を味わってもらう為にこちらを付けて頂きま〜す!」

そう言ってメイドの手元に用意されていたのは、針金で作られた天使の輪と羽。――それを付けている自分を少し想像した途端、全身に悪寒が走る。

『…イヤ、嫌です無理です絶対つけな「は―い!不器用な名前ちゃんの代わりに僕が手伝ってあげまーす!!」

目にもとまらぬ速さとはこのことを言うのだと。いつの間にか自分のを付け終えた彼に、素早い動きでそれを装着されて。

「わぁ、とってもキュート!ご主人様かぁわいい〜!」
「名前、かぁわいい〜!」
『………』

………これは、視ていない。
夢ではこんな光景、少しも視ていない。

こんな格好をしなければいけないと分かっていたら、何がなんでも回避したというのに。

(……前言撤回)

先程はもう少しこの時間が長く続けばいいなんて頭の片隅で思っていたけど、一刻も早く店から出たい。むしろ今すぐ脱ぎ捨ててこの場から立ち去りたい…!

そう思い目当てのパンケーキとカプチーノ――しかもわざわざ私の分まで――を注文し終えた彼を思い切り睨みつけ口を開く。が、私が何か言うよりも先に彼が言葉を発した。

「そういえば悠仁達から聞いたよ。体術のみの指導で野薔薇は兎も角、恵や悠仁にも一本も取らせなかったらしいね」

全身黒ずくめに目隠し、天使の羽と輪。そこに唐突に投げられた先日の話。
視覚で得る情報と聴覚で得た情報があまりにも不釣り合いで、一瞬反応に遅れてしまう。

『…だからなんですか』

「いやぁ、予想通りだなと思って。その術式前線では頼りになんないのに、準一級だったって知ってから名前は体術に長けてると思ってたんだよ。あとは呪具もそこそこ使えるでしょ?」

『…まぁ、そうですね』

「やっぱし?じゃあ次は2年の指導も頼んじゃおっかな」

語尾に音符でもついていそうな軽い口調の彼に毒気を抜かれそうになるも、早くこの場から去りたい気持ちは強く残っている為再度口を開く。

『…そんなことより、いい加減目的を教えてください。もう帰りたいので』

「え〜僕は名前ともっとデートを楽しみた『冗談では無く真面目に!!そもそも買い物をしたり遊んでいられる程、五条さん暇じゃないでしょう!!』

私に関わりたいからと言って、ただフラフラと街中を歩く時間なんてないはずだ。だからこそそれなりの理由があるのだろうと今まで黙って着いてきていた。その予想は当たっていたようで、彼が「まぁ暇ではないね」と肯定の言葉を口にする。

「ちゃんと仕事だよ仕事。ダンジョン探し」

『…?ダンジョン?』

「そ。一年にいい経験積ませなきゃいけないでしょ?その為の呪われたスポット探し」

疑問に思う中注文したパンケーキとカプチーノが運び込まれ、それに手をつけながら彼は話を続ける。

「ほら、隣のビル。ほとんど廃テナントになってんだけど、ネットのホラーサイトで変な噂立っちゃったらしいんだよね。そんで折角だし体術強化も兼ねて術式不可、呪力のみで1年にやらせてみようと思ってて」

「で、今からその噂になぞらえて真空管アンプ動かしてレコード流しに行けば、生きのいい呪霊が誕生〜!ってわけ」

…ああ、そういうことか。話が見えた。

『なるほど。それで此処に一年生を呼び出して経験させるという事ですか。私にはその付き添いと、怪我を負った場合の反転術式での治療をして欲しいと』

この後一年3人と合流する所は夢に視ている。その先は視えなくて彼の目的が分からなかったが、漸く納得出来――


「そゆこと。まぁもともと下見だけで後日にしようとしてたんだけど、丁度悠仁と恵が僕らの後を付いてきてたから今日挑戦させちゃおう!と思って」


――…え?


『…ちょっと待ってください。五条さんが連絡をして呼び出すんじゃ…』

「何、名前まさか気付いてないの?さっきから僕らつけられてんだよ。悠仁と恵に」

『…………は?』

「名前の天使姿をこれでもかってぐらいガン見してたよアイツら。まぁ向こうも同じ格好してるけど。そっか、ここまでは視れてないってことね」

多分野薔薇もその辺にいるでしょ、と大きな口を開けてパンケーキを頬張りながら、淡々と信じられない言葉を口にする。

…嘘だ、冗談に決まってる。そう思うも後ろを振り向いて確認するのも怖い。

黙ったまま動くこともできない私に、徐に彼は携帯を私の後方に向ける。そして数秒してから「ほら、ね?」と画面を此方に向ける。

音を立てずに写真を撮ったのだろう。そこに写っていたのは、私達と同じように天使の羽と輪を装着した伏黒君と虎杖君の姿。

一気に顔に熱が集まるのを感じる――その瞬間、彼が持っていた携帯を素早く反転させカメラを此方に向けると、カシャ、と鳴り響く機械音。

『…っ何撮ってるんですか!!』

「何って、名前の貴重な天使姿。ただ単に連絡しても名前は僕と会ってくれないなら、こうしてネタになるもの集めとかないと」

いやぁ〜イイもん撮れたよ。

そう言って携帯の画面を再度こちらに向ける彼。そこには紛れもなく私が写っていた。
…天使の羽に輪っかを頭につけ、顔を赤らめた私が。


『…っ、出ます、どうぞ一人でごゆっくり!!』

耐えきれなくなりその場で羽と輪を脱ぎ捨て立ち上がると、1人店を出る。しかし少し歩いたところで右肩にズシリと重みを感じ、調子のいい声が頭上から降ってきて。

「はいは〜い、そんな怒んないの。可愛いかったよ?名前の天使姿」

『そんな言葉で私が喜ぶとでも!?っていうか離れてください!!』

「照れるなよ、こっちまで恥ずかしくなる」

『照れてませんから!!不用意に触れたら訴えるって言いましたよね!?』

これだけキツく言ってもまるで気にも止めない様子に、声を荒げ腕を振り払い彼と距離をとった――その時。

「名前さん…と、五条?」

聞き覚えのある声に名を呼ばれ、ピタリと動きを止め振り返る。そこには怪訝な表情の釘崎さんの姿。

「お、野薔薇はっけ〜ん。やっぱ近くに居たね」

「…?やっぱってどういう意味…ってか何してんのよこんなところで」

「忙しい合間を縫って名前とデート」

「…はぁ?名前さん男の趣味悪っ!」

『ち…っ違うから!!デートじゃない!!』


あらぬ誤解を生んでしまわないよう必死に今日の目的を彼女に話す。すると今度は「ちょっと何よそれ!今日は一日買い物するって決めてたのに!!」とみるみる不機嫌になっていく。
と、少し離れた場所でメイド喫茶から出てきたのだろう伏黒君や虎杖君の姿が見え、「丁度いいや、3人揃ったしこのまま行こうか」と彼が二人に近付き背後から声をかけた。

「ご、五条先生!!いつの間に後ろに…ってアレ、釘崎もいるじゃん。なんで?」

「なんで?じゃないわよコノヤロウ」

「えぇー…めっちゃ不機嫌じゃん」

「不機嫌にもなるわよ!!アンタ達が五条の後をつけたりするから…」

「え、俺らつけてるってバレてたの!?」

「そりゃ勿論。僕を誰だと思ってんの」

「いやー…あはは。なんか歩いてたら五条先生と名前さん見かけてさ。2人がアキバでふらついてんの意外だなーって気になっちゃって。…で、結局何してたんすか?」


その疑問に彼が説明をすると、漸く釘崎さんが不機嫌な理由を理解出来た虎杖君。せっかくの休日なのにと戸惑う2人とは対照的に、いつにも増して不機嫌な表情をしていた伏黒君が率先してビルへ足を進める。

「…よし、行くぞ」

「ちょ、なんでそんなやる気なんだよお前!!」

「ゲーセン行ったりメイド喫茶行ったりするよりはずっとマシだ」

「え、何アンタ達メイド喫茶なんて行ってたの?虎杖はともかく伏黒まで?とんだムッツリスケベね野郎ども」

「俺はともかくってなに!?」

「不可抗力だ。二度と行かねぇよあんなところ。いいから行くぞお前ら」

「じゃあ皆、頑張ってね。名前も付き添わせるし、骨の一本や二本安心して折ってきていいから」

「いや、物騒!くっそ、まだ全然満喫できてねぇのに!!グッバイ俺の休日ーー!!」

「私のアメ横ーー!!」

以前の稽古の時同様、それぞれ三者三様の反応をする3人を見ながら、私自身漸く彼から離れられると安堵し彼らの後を追う。

「あ、名前」

しかし背後から名を呼ばれ、更には腕を掴まれてしまい足を止めざるを得なくなる。顔を上げると、笑みを浮かべる彼がそこにいて。

『…なんですか』

「さっき言った言葉、あれ冗談じゃないから」

『…?あれってなに「名前とデート」

――は…、と言われた言葉を理解するよりも先に、掴まれた腕を少しだけ引き寄せられる。

彼の方へ傾く身体。
それと同時に耳元へ落ちてくる、白銀の髪。


「…一年に経験を積ませる為のスポットを探していたのも本当だけど、一緒に過ごした時間を楽しんでたのも事実だ。消された記憶の中の君がどんなだったかは思い出せないけど、今日名前と過ごした時間は案外楽しいものだった」


――もう少しこの時間が続けばいいと思う程には、ね。


『…っ、』

吹き込まれた言葉に鼓動の音が一気に加速して、腕を振り払いそのまま振り返る事なくビルの中へ足を進めた。
しかし先程の出来事が、身体中を支配する。


至近距離で見た笑みは、いつもの軽薄さは感じられなくて。
耳元で囁かれた言葉は、少しだけ熱が篭っているように感じて。

なんとか顔に集まる熱を下げようと深く深呼吸をする――と、先に向かっていた1年の後ろ姿が目に映った。

文句を言いつつも3人で戯れ合うその姿が、在りし日の自分や同期2人と重なる。

…そしてあの日のことや、その時視た未来モノも。

途端に鼓動の音が静まっていくのを感じ、少しだけ足を早め3人に追いつく。

(…そうだ、何の為に彼の記憶を消したのか忘れちゃいけない)

私は来たる未来に突き進み、その時を待つだけなのだから。


「あれ、名前さんちょっと顔赤くね?」
『…そう?気のせいだよ』


それまではただ祈り、そして見守ろう。
せめてこの子達の先に待つ未来モノが、私のように暗く黒いものでないようにと――…







記録―2018年7月

西東京市 英集少年院 同・運動場上空 

――…おい、なんだあれ?
――は?どれだよ?
――あれだよ!卵みてぇなやつ!

特級仮想怨霊(名称未定)
その呪胎を非術師数名の目視で確認

緊急事態の為 高専一年生3名が派遣され


―――…内1名 死亡


(2021.10.2)

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