▽暑さを口実にする怜真


突然首筋を襲った冷たさに小さく悲鳴を上げた。背後から楽しげな笑い声。振り向くと缶ジュースを手にした真琴先輩が頑是ない顔で笑っている。
「驚いた?」
「ええ、驚きました」
「あはは、ごめん。はいこれ」
差し入れだと言って渡されたのはよく冷えたオレンジジュースだった。ありがたく受け取り蓋を開ける。一気に呷り喉を潤す。
「今日も暑いね」
真琴先輩が言った。
「こんなに暑いんじゃ怜とくっつけない」
「……それは、一大事ですね」
「だろ?」
だから、はやく家に帰ろう。
日差しは熱く僕達の肌を焦がす。触れ合う代わりに手だけ繋いで、僕と真琴先輩はふたり並んで歩き出す。



2013/08/09 20:53


▽鮫と鯱の口内環境、凛真


真琴とキスをして気づいたことがある。
「お前、歯尖ってんのな」
「……それ、凛にだけは言われたくないよ」
心外だという顔をして、真琴が不満そうに唇を引き結んだ。確かに俺から言えたことではないかもしれない。しかし、舌先で触れた真琴の八重歯は確かに鋭く、そんなことをされるはずがないとわかっていても、皮膚を食い破られそうな気さえしたのだ。
それはまるで真琴の、普段は隠された凶暴性を表しているようで、凛にはそれが少しだけ愉快なような思いがした。



2013/08/09 18:39


▽蜜柑を食べるだけの渚くんとまこちゃん


部室の扉を押し開けると爽やかな柑橘系の匂いがした。部屋の中心に据え置かれたぼろぼろのソファでは渚が皮を剥かれた蜜柑から白い筋を取り去っている。その傍らには、橙色をした山盛りの蜜柑。
扉を開けた俺に気づいて、渚がぱっと顔をあげた。
「あ、マコちゃん!みかん食べる?」
「食べる?って……どうしたんだよ、こんなにたくさん」
「天ちゃん先生がお家から持ってきたんだって。一人じゃ食べきれないからって」
確かに渚の隣に積まれた蜜柑は、一瞥しただけでもかなりの数がありそうだった。壁際のパイプ椅子を引っ張ってきて、渚の目の前で逆向きに腰掛ける。背もたれに両腕をもたれさせて、差し出された蜜柑を受け取った。
橙色の皮に爪を差し込むと空気に細かい飛沫が混ざって一層匂いが強くなる。爽やかな香りは嫌いじゃない。
「白いとこ、とるなよ。そこに栄養があるんだぞ」
「ええーやだよ。美味しくないもん」
「良薬口に苦しって言うだろ」
「美味しいみかんが食べたいのに、口に苦かったら意味ないと思うな」
渚の言葉にそれもそうかと思い直す。自分のぶんの白い筋も取ってしまおうと指を掛けたとき、俺の持っていた真っ白な蜜柑が薄皮だけに覆われた橙色の蜜柑と交換される。渚が剥いていたやつだ。
「これ食べて」
渚が笑う。なんか楽しくなっちゃった。それは皮剥きのことだろうか。
くれるというなら貰わない手も無いだろうし、俺はありがたく一房を口に放り込み、甘酸っぱい味を楽しんだ。渚はまた一心不乱に目の前の蜜柑に取り組んでいた。



2013/08/09 12:42


▽御子江で紫影のソナーニルパロ


「江くん、君が望むのなら、翠の服も、一輌だけの列車も、全て君のものだ」
そう言った背の高い車掌さんと、旅をしてもうずっと経つ。
アンダーグラウンド・ニューヨークの紫色をした空には嘲笑うような表情を浮かべた月が浮かんでこちらを見下ろしている。どこまでも続く線路を走る一輌だけの列車は、私に目的地を知らせることなく、私をじっと見つめる御子柴さんも私に何も教えてくれない。
「……お腹、空いた」
独り言のように呟くと、微動だにしなかった御子柴さんが動く。
「では食事にしよう」
一体どこから取り出したのだろう、小さな丸いテーブルの上に瞬く間にサンドイッチと紅茶が用意された。もぐもぐと頬張る。食べている間も御子柴さんは私から一度も目を逸らさない。落ち着かないけれど、いつものことだし。
最後のひとかけらを飲み込んだとき、一輌だけの列車が大きな音を立てて止まった。また、辿り着いたのね。そう思って立ち上がる。ぴたりと私の背後に寄り添う御子柴さんの顔を見上げる。
「行きましょう、御子柴さん」
「江くん、君が望むのなら」
私の背の高い車掌さんが導くように手を伸ばす。ふわりと一瞬身体が浮いて、私は地面へと降り立った。



2013/08/08 17:41


▽御子柴部長の気持ちを知る江ちゃん


御子柴清十郎さん。鮫柄学園水泳部の部長さんで、部外者の私が水泳部を訪ねても邪険にせず丁寧に応対してくれた。ほぼ無名どころか設立したばかりの岩鳶高校水泳部から、突然合同練習を申し込まれても快くオーケーしてくれる懐の深い人。たまに偶然外で会ったりすると、笑顔で声を掛けてくれる優しい人。そんな認識だったのだけれど。
「その御子柴さんってひと、コウのこと好きなんじゃないの?」
「え?」
花ちゃんから言われたその言葉に、私はかちりと固まってしまった。好き?誰が?誰のことを?
「そ、そんなことない!」
慌てて言い繕う私を見て花ちゃんは意地の悪い笑みを浮かべる。
「何でそう言い切れるの?初対面から可愛いって言われて、コウの頼みならなんでも聞いてくれて、偶然会ったら必ず声をかけられるんでしょ。それって少なくとも好意は持たれてると思うな」
花ちゃんの言葉が次々私に襲いかかってくる。逐一否定しようにも、混乱してしまって頭が全然追いつかない。撃沈した私の肩を花ちゃんが面白がるように叩く。
ダメ、次に会ったとき、どんな顔をしたらいいのか分からなくなってしまいそう。



2013/08/08 13:00


▽冬に待ち合わせする凛真


久しぶりに会った真琴は、緑色のマフラーに顔をうずめて、寒さから少しでも逃れるために背の高い身体を目一杯に縮こまらせていた。フードの部分にファーをあしらった暖かそうなダッフルコート。ポケットに両手を突っ込んで、鼻の頭を赤くした真琴が俺に気づいて笑顔を浮かべる。
「あ、凛」
「悪い、待ったか」
「ううん、今来たところ」
薄靄のような白い息を吐き出し真琴が首を振る。昔から気を使いすぎる真琴のことだ、嘘かもしれないが追求はしなかった。その代わり、ポケットの中に仕舞われた手を強引に掴み出し、引っ張って歩く。真琴は文句のひとつも言わずされるがままになっている。
「どこ行くの?」
「寒みいから、どっか店」
「じゃあ、近くに喫茶店があるよ」
そこのケーキ、美味しいんだ。コウちゃんに教えてもらったんだけど。
自分の妹のこととはいえ、真琴が楽しそうに話しているのがどうにも気に入らなかったが、待たせてしまった詫びがわりにケーキを奢るのもいいだろう。
次の道右ね、という真琴の声に俺は大人しく従った。



2013/08/08 12:59


▽怜ちゃんと睡眠不足なまこちゃん


眠そうですね、と聞かれたので俯いたまま頷いて答える。今にも閉じてしまいそうなまぶたをぱちぱちと瞬かせて、目を覚まそうと努力してみるけれど、まぶたの重さは一向に変わらない。
昨日夜遅くまで課題に取り組んでいたからだと思う。今日が締め切りというわけではなかったのだが、風呂上りにいざ取り掛かってみると予想外に気分が乗ってしまって。勢いのまますべてを終えた時には既に、時計の短針が数字の2を指していた。
「寝てもいいですよ」
「でも、せっかく二人なのに」
「じゃあこうしていてください」
怜の手が俺の頭を押して自分の肩へと導いた。こうして寄りかかる形になると、途端に眠気が襲ってくる。抗おうと頑張ってみても視界はどんどん狭くなって、意識も少しずつ薄れていって。
「おやすみなさい、真琴先輩」
眠りにつく直前に聞こえたひどく優しい怜の声。目覚めたら今度は俺から先におはようを言おう、なんて思った。



2013/08/07 12:18


▽髪の毛で遊ぶ遙真


昔はもう少し色が濃かった。俺の髪を弄びながらハルが言った。
摘ままれた一房を引っ張られたり捩じられたり。ぱさついて軋んだ俺の髪なんて、触ったって楽しくないだろうに。ハルはもう十分以上もこうして遊んでいる。俺を背後から抱きかかえたまま、表情は見えないけれど、どことなく楽しそうに。
「塩素で色が抜けたのか」
「そうかも。自分じゃよく分からないけど。……ハルは真っ黒なままだね」
そう告げると、ハルがなんとなく肩を落としたような気がして、俺は慌てて言い繕った。
「俺はハルの髪、好きだよ?綺麗だし、さらさらだし」
「お前の髪も綺麗だ」
「うん。ありがとう」
背中越しに会話する。ハルはまだ俺の髪を触っていた。俺もハルの髪を触りたくなって、前触れなく振り向くとそこには少し頬の赤いハルの驚いた顔がある。



2013/08/06 18:22


▽半分こする渚くんと江ちゃん


差し入れ買ってきましたよ!という江ちゃんの呼びかけに、水泳部のみんながわらわらと集まる。江ちゃんの手にある白い薄手のビニール袋は表面に細かい水滴が張り付いていて、中身は冷たいものだとわかる。僕がアイス?と聞くとそうだよ、と返ってきた。
「やったあアイスだ!」
今日はとても暑かったから、嬉しくて思わず飛び跳ねてしまう。まずは先生、それから先輩、そう言って順々に配っていく。
「……あれ?」
「どうしたの?僕の分は?」
「ご、ごめんなさい、数を間違えたみたい……」
あとひとつしか無いの、申し訳なさそうな江ちゃんが取り出したのは、二つ折りのチューブアイスだった。僕はぽかんと口を開けて、少し考えて言った。
「じゃあ、江ちゃん食べなよ」
「え?でも、」
「僕は大丈夫!どうせこれからまた練習だし、あんまり身体を冷やさない方がいいでしょ?」
気にしないで、と言ってはみるけれど律儀な江ちゃんのことだから気にしてしまうんだろうな、なんて。思っていた僕の目の前で、江ちゃんがアイスの包装を破って二つ折りのチューブをぱきんと折った。半分を僕に差し出して、にっこり笑う。
「こうすればいいよね。はい、渚くん」
きらきらとした江ちゃんからアイスの半分を受け取った。冷たいアイスを並んで食べて、僕と江ちゃんはほんの少しの間だけ暑さを忘れることができた。



2013/08/05 20:01


▽嘔吐するまこちゃんと盲目的な怜ちゃん


嘔吐ネタなので追記にて。



追記
2013/08/05 20:00


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