▽ハルちゃんちで怖い話大会、怜真

「その時、背後から真っ黒な手がー!!」
「うわああああっ!!」
「っていうお話でした。…………もーまこちゃん驚きすぎだよー」
「っ渚がそんな話するからじゃないかぁ!」
「だって怖い話大会だもん。ね?ハルちゃん」
「鯖が食べたい。焼いてくる」
「あ、わたしもお手伝いします。みなさんお茶でいいですか?」
「うん、ありがとう!……そういえば、怜ちゃんさっきから全然喋ってないけど、もしかして怜ちゃんも怖い話苦手だった?」
「いえ、そういう訳では……」
「じゃあまこちゃんに抱きつかれてどきどきしすぎて喋れないとか?」
「な、渚くん!!」
「渚!!」
「だって本当のことじゃない。まこちゃんってば、前みたいにハルちゃんに抱きつかずに怜ちゃんにくっついてるし」
「そ、それは……」
「なかよきことは美しきかな、だよねー」



2013/08/04 21:34


▽怜真でおでこフェチなまこちゃん


「あれ?怜、髪伸びたんじゃないか」
「ああ、そうですね。言われてみれば」
指摘されて気づいたことだが、以前は視界に入らなかった部分の前髪が伸びて目にかかるようになっていた。指で梳いて横に流すが、重力に従った前髪はすぐに元の場所に戻ってくる。
「邪魔になりますし、明日にでも切りますよ」
そうしなよ、と真琴先輩が言った。その言い方がどことなく嬉しそうで、首を傾いだ僕に真琴先輩はふわりと微笑む。
「俺、怜のおでこ好きだから。前の髪型の方がよく見えるし」
おでこフェチとは初耳ですが、真琴先輩がそう言うのなら明日と言わず今すぐにでも、むしろ文房具のハサミでもなんでもいいので、あなた好みにカットしてください。



2013/08/03 21:17


▽デートが楽しみなまこちゃん


自分の部屋にいて、なにもすることがなくて、ふと気づけば俺は壁にかかったカレンダーを見つめていた。赤い小さな丸のつけられた今週末の日曜日まで、あと何日か数えている。
恋人と、出かける約束をした日。初デートだと嬉しそうにはにかんでいた恋人の顔を思い出す。
指を折る。ひとつ、ふたつ、何度数えても変わらないのに。小学校の遠足だって、こんなに楽しみじゃなかったな。そう思ってくすくすと笑う。
大きなベッドに寝転がって枕元の携帯を手にとる。この感情の責任を、原因である彼にとってもらおうと思ったのだった。



2013/08/02 12:51


▽怜真とハンドクリーム


部活を終えて、着替えの最中。不意に真琴先輩が僕の手を掴んで引っ張った。驚く僕を放ったまま、掴んだ手を撫でたり眺めたり裏返したりする。
「やっぱり、少し荒れてるなあ」
「は?一体なんの、」
「怜は水泳始めたばかりだろ?そういう人って塩素で肌が荒れやすいんだ」
ちょっと待ってね、と言い置いて真琴先輩がポケットを探る。取り出されたのは小さな丸い缶。
片手で器用に蓋を開けて白いクリームを指先に掬うと、真琴先輩は繊細な手つきで僕の手にそれを塗り込んでいく。指や手のひらをそっとなぞられ、冷えた肌にクリームが残らず馴染んで見えなくなった。
「よし、いいよ。これはあげるから、しばらくの間塗っておいた方がいい」
「あ、ありがとうございます」
手渡された丸い缶をまじまじと見つめる。心配しなくても普通のハンドクリームだよ。そう言って真琴先輩が苦笑する。
「できれば明日も、」
「明日?」
「……いえ、なんでもありません」
明日も塗って欲しいといえば、あなたは聞き届けてくれるのだろうか。



2013/08/01 12:56


▽恋文ごっこをする怜真


下駄箱に設置した消臭剤の隣、見覚えのない封筒が一通、側面に立てかけられている。真っ白なそれを引き出してくるりと裏返してみたが差出人は書かれていない。
「それってラブレターかな?」
「さあ。どうでしょうか」
覗き込む渚くんにため息をついて、几帳面に糊付けを剥がしていくと中には数枚のざらついた紙。薄いそれをぱらりと開く。書いてある中身に目を通す。
「ねえねえ誰から?やっぱりラブレター?」
「……真琴先輩から、水泳部のスケジュールです」
「えー?!なにそれ紛らわしい!」
君の分もありますよ、と渚くんにスケジュールを手渡してやればむぐむぐ文句を言いながら受け取って鞄に詰め込んでいる。自分のスケジュールも同じように、丁寧にたたんでファイルにしまう。
「さ、行きますよ渚くん」
「はーい。……なんか怜ちゃん機嫌良くない?」
「そうですか?」
かみ殺しきれなかった笑みが口元に浮かんでいる自覚はあった。白い封筒の、中身は確かにスケジュールではあったけれど。
練習予定の端に書かれた密やかなメッセージの存在は、僕と真琴先輩のたったふたりしか知る人はいないのだ。



2013/07/31 20:02


▽メガネで遊ぶ怜真と渚くん


「また君は……!返してください渚くん!」
「あははははー!」
追いかけてくる怜ちゃんをかわしてメガネをかけたままくるくる回る。裸眼の僕がメガネをかけても視界がぼやけるだけだけど、必死にすがる怜ちゃんの様子が面白くてつい逃げてしまう。
僕のかけるメガネを奪おうと伸ばされた腕をひょいひょい避けて、ぐにゃりとゆがんだ視界のはしに廊下を歩くマコちゃんが見えた。
「あっ!おーいマコちゃーん!」
「渚?それに怜。……何やってるんだ?」
「渚くんが僕のメガネを返してくれないんですよ!」
マコちゃんは呆れた、といいたそうな顔をする。すたすた僕に近づいてきて、軽く頭を叩かれた。
「あいたぁ!」
「返してあげろって。俺も家ではメガネだからわかるけど、ないと本当に辛いんだぞ」
「真琴先輩、目が悪いんですか?」
「うん。まあね。学校ではコンタクトなんだけど」
「ごめんね怜ちゃん。……しばらくは取らないことにする」
そう言ってメガネを怜ちゃんに差し出すと、暫くではなくてもう二度とにしてください!なんて怒られてしまった。
返されたメガネをまじまじと見つめて、怜ちゃんはそれをマコちゃんに差し出す。マコちゃんの不思議そうな顔。
「掛けてみてくれませんか」
「俺が?」
「同じメガネのよしみとして、真琴先輩のメガネ姿を把握しておきたいと思いまして」
なんだかよくわからない理論を展開する怜ちゃんに押されるように、マコちゃんは赤いメガネを受け取るとためらいながら身につけた。
「ど、どうかな。別に普通だろ?」
「すみません、メガネがなくてよく見えないので近くで見ても?」
「近くでって……うわあっ!怜近い、近いってぇ!」
お互いの鼻が触れそうな距離で慌てふためくマコちゃんと、なんだかとても楽しそうな怜ちゃん。僕はやれやれと肩を落としてふたりのじゃれ合いを眺めていた。



2013/07/30 20:46


▽どこにもいけない怜真


真琴先輩は弱いひとだ。とてもとても可哀想なひとだ。
繊細で、傷つきやすく、生きてゆくには随分と不自由な優しいひと。
翠色をした両眼から透明な雫をこぼす真琴先輩が、れい、と舌足らずに僕を呼ぶ。ほかに頼るさきを知らない幼いこどものような口調。
ここにいますよ、そう言って伸ばされた手に指を絡める。

触れれば壊れてしまいそうな、硝子細工の指先に僕はそっとくちづけを落とした。皮膚のしたに張り巡らされた冷たい血の路を辿って、僕の熱があなたを象る硝子を溶かしてしまえばいいのに。



2013/07/29 21:48


▽まこちゃんと江ちゃんの甘いもの同盟


冷房の効いた喫茶店。窓際に置かれたふたり掛けのテーブルで、わたしは薄い冊子型のメニューを一生懸命睨んでいる。
開いたページには色とりどりのケーキの写真。きらめく宝石のようなそれらのうち、わたしが掬いあげられるのはただひとつだけ。
甘いものが好きな女の子なら、誰もが迷う瞬間だ。

お腹の具合とは別の話で、つやつやと美しいそのお砂糖をそういくつも食べるわけにはいかないのだから。
納得いくまで迷って、迷って。
あとで悔やむことのないように。
「どう、決まった?」
「あっす、すみません!お待たせしちゃって」
テーブルの向こう側でふんわりと笑う真琴さんに慌てて謝った。
選ぶのに夢中になるあまり、ずいぶん待たせてしまったことに気づいて、わたしはとても申し訳なくなる。

仕方ない、これ以上お待たせするわけにもいかないし。口の中で溶けていくふわふわのスフレはとても惜しいけど、チョコレートにしよう。
そう思って、決まりましたと口にすると
「どれと、どれで悩んでるの?」
真琴さんが首を傾げて手元のメニューを覗き込む。
「え、えっと、スフレチーズと、プティショコラです」
「じゃあ、俺がスフレチーズを頼むから、半分こしようか」
「いいんですか?!」
「いいよ。コウちゃんが選ぶのを見てたら俺も甘いものが食べたくなっちゃって」
すみません、と店員さんを呼び止めて、これと、これ。あと紅茶をふたつ。
あれよあれよという間に小さな丸いテーブルの上には宝石のようなケーキが並ぶ。
約束どおり半分ずつ交換して、スフレを口に運んだ真琴さんが幸せそうににこにこ微笑む。
「美味しいね、このケーキ。コウちゃんが悩むのも頷けるな」
「はい!ほんとに!」
ケーキはいつもおいしいけれど、今日はいつもより特別おいしい。きっと部長と半分こしたからですね。
わたしの言葉に真琴さんが笑った。



2013/07/29 21:45


▽幼馴染の遙真


昔から真琴は俺の前でだけよく泣いた。
嫌なことが、悲しいことがあったとき、固く唇を引き結んでぎゅっと眉を寄せた真琴は決まって俺の胸に飛び込んでくる。
両腕を広げて抱きとめてやると、人のシャツをまるでハンカチかなにかのように涙と鼻水でべたべたにしながら、頬をすり寄せ頭を撫でろと無言で催促してくるのだ。

ぐずついた子供の仕草を真琴はいつまでも引きずっていて、高校生になってからもそれは全く変わらない。
泣きじゃくる真琴を抱きしめる役目も、ずっと昔から変わらなかった。
悲しいことを早く忘れてしまえるように、俺は真琴の頭を撫でる。幼子を寝かしつけるように、広い背中をよしよしと撫でてやる。

真琴を笑顔にするために、俺はまた気に入りのシャツを一枚涙の犠牲にする。
昔も、今も。躊躇いなく。



2013/07/29 21:38


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