▽雨降りな放課後の渚真


夏の夕方にたちこめる水の匂い。夕立がきそうだ、と思って雲に覆われた空を見上げる。隣には俺と同じように、空を仰ぐ渚の姿。
「降りそうだな」
「うん。マコちゃん、傘持ってる?」
「折り畳みなら一応。渚は?」
「持ってなかったんだけど、怜ちゃんが二本あるからって貸してくれた」
「そっか」
「あ、降ってきた」
ぱたぱた、断続的な音。白みがかったコンクリートが濃い灰色に変わっていく。雨足は瞬く間に強くなって、バケツをひっくり返したような雨が空から、容赦無く降り注いで。
「……これじゃあ、傘、役に立たなそうだね」
渚が言った。残念そうでもない口ぶりだった。仕方ないね、と笑う渚が俺に右手を差し出した。
「しばらく雨宿りしていこうよ」
きっとすぐに止むはずだから。渚の提案に頷いて、差し出された手に手を重ねた。指が交差した。



2013/09/10 17:56


▽もしもの話、怜真


「あと一月で、俺が死んでしまうとしたらどうする?」
戯れのような俺の問いかけに、怜は、触れ合わせた肩をほんの少し強張らせた。静かに、深く呼吸する気配。聞き逃しそうな掠れた呟き。
「……二人きりで、過ごしましょうか。出来れば残りの一月すべて、僕と、あなたの二人きりで」
出来ないとわかっているくせに、非現実的な怜の望みはあまりにも純粋で綺麗だった。怜らしくて、けれど怜らしくない、夢のような答えだった。
俺はくつくつと喉を鳴らして、傍らの怜に体重を預ける。戯れでしかない問いかけなのに、怜がまるで真実のような顔をするから、どうしても笑い声を止められなかった。



2013/09/10 12:21


▽照れるまこちゃんが見たい怜ちゃん


「真琴先輩は、可愛いです」
「……なに、突然」
僕の短い言葉、それだけでほんのりと頬に朱を梳く真琴先輩に膝だけで詰め寄る。ベッドサイドに背中を預けてくつろいでいた彼は、言われた方にしてみれば唐突なその言葉を受けてなんとなく、少したじろいでいる。
「可愛い、は似つかわしくありませんか。でも僕は、そう思います。あなたは可愛い。とても、と付け加えてもいい」
「だからなんなんだよ。そんな、いきなり……可愛い、とか」
「いえ、ただ」
あなたがそうやって照れる様子を見てみたくなっただけなのです。



2013/09/09 17:55


▽まこちゃんの首を締める怜ちゃん


ちょっとバイオレンスなので追記に仕舞います。
たいしたことありませんが、大丈夫な方のみどうぞ。



追記
2013/09/09 12:12


▽九話エンドカードネタ、遙真


テグスを物色していた真琴のところに、店員から選んでもらった生きのいい餌を携えていくと、パックの中を覗き見た真琴が一瞬にして顔色を変えた。
「そ、それミミズだよ、ハル」
「今朝とったばかりらしい」
「餌ならもっとオキアミとか……」
「こっちの方がよく釣れる」
「でも俺、ミミズ触れないし……!」
「俺がつけてやる」
真琴の泣きそうな反論をひとつずつ封殺していけば、最後には諦めたのか、潤んだ瞳で俺を窺う。
「本当につけてくれる?」
「ああ。……ところで真琴」
反対側の手に持っていたプラスチックパックを鼻先に突き出す。
「こっちのゴカイも生きがいい」
「ミミズだけでいいからぁ!!」



2013/09/08 17:27


▽数学を愛する怜と真琴、番外編


「怜は、数学が好きな割に、どちらかというと文学的な話し方をするよね」
真琴先輩が突然、そんなことを言った。
「はあ、そうでしょうか」
「俺には古典的というか、純文学的な話し方に思えるけど」
「意識したことはありませんでしたが、真琴先輩がそう仰るのであればそうなのでしょうね」
「ほら、そういうの」
確かに僕も、言いながら、まるで回りくどい話し方をするなと思ってしまったところだった。気を取り直し、メガネを押し上げる。
「では、真琴先輩の思う数学的な話し方をする人とは?」
「えっ?うーん……ハルかなあ」
「遙先輩、ですか」
ほら、ハルは必要なことしか言わないし、過不足がない。補足として付け加えられた言葉に、成程と納得してしまった。
「では僕も、遙先輩のような話し方になるよう努力します」
「やめときなって。俺は、今の話し方が好きだよ」
「……そ、うですか」
好きだと言われたら、仕方ない。



2013/09/08 12:48


▽眠り姫なまこちゃん、怜真


かすかな寝息をたて、胸を浅く上下させる真琴先輩の姿を目にして、僕はまるで眠り姫のようだとそう思った。
穏やかな寝顔は触れ難いほど精緻で、普段ならばやわらかく綻んでいる翠色の両瞳が薄い瞼に覆われている。その、神聖な造形に、手を伸ばそうとしてとどまった。眠り姫、そうであるなら、目覚める為に必要なものは昔からひとつだと決まっている。僕は真琴先輩の、なだらかに零れ落ちる細糸の横に手のひらをつき、そっと唇を押し付けた。
白い皮膚がゆっくりと持ち上がる。透き通った瞳が僕を映す。吐息が僕の名を紡ぐ前に、もう一度だけ唇を落とす。



2013/09/07 17:13


▽ハルちゃんのスケッチブックについて、遙真?


「ハルちゃんっていつもスケッチブック持ってるの?」
「…………(こくり)」
「そうなんだー。ね、何描いてあるの?見せて見せて!」
「…………(ぱらり)」
「わぁ……マコちゃんがいっぱい……」
「これが一番上手く描けた」
「お風呂シーンだね……。ハルちゃん、今度からマコちゃんを描くときは、ちゃんと許可とった方がいいよ?」
「何故だ」
「なんででも!」



2013/09/07 12:00


▽優しい怜ちゃんと愚かなまこちゃん


泣きじゃくる真琴先輩を慰めるため、その両目の上にひとつずつ触れるだけの口づけを落とした。それから、彼の冷たそうな耳朶を擽り、慈しみをこめて眦を親指でなぞった。けれど、涙は止まらない。真琴先輩はますますたくさんの雫を頬へと伝わせる。
「あなたに泣かれると、僕は自分が情けなくて仕方なくなる。どうか、僕のためにも泣かないでください」
甘く、優しい声色で囁いた。何度も、繰り返し水滴を拭い、同じ数だけ唇に触れた。僕の仕草に、真琴先輩はしゃくりあげながら鼻を啜る。
「どこ、でこんな、こと覚えて、きたんだよ」
「僕がこうしたいと思ったんですよ」
「嘘つき。…………でも、」
真琴先輩の腕が、僕の背を力任せに引き寄せた。その息苦しさが心地よかった。僕の耳元で、真琴先輩が呟く。
「……これからも嘘つきでいて。お願い、だから」
あなたがそれを望むのなら。僕は真琴先輩が、愚かでありたいと願う限り、自分の罪悪感も、恋心も何もかも殺して、嘘つきでいようと心に刻む。僕の嘘が、いつか必要とされなくなったとき、その絶望によく似た瞬間までは。



2013/09/06 17:30


▽御子柴さんのプロポーズ、御子江


私の前に跪くあなたは、まるでお姫様を守る騎士のような顔をしていた。髪と同じ色をした瞳がゆっくりと瞬いて、私の手を捧げ持つ。触れるときに、ほんの少し滲んだためらい。あなたは密やかに吐息を揺らした。
「俺は君の傍を離れない。君を守り、慈しみ、俺の生涯をかけて愛すると誓う」
あなたの無骨な手が、細く繊細な輝きを摘み、私の心臓に一番近い場所にある指へと音もなく差し入れた。
「だから。……俺と結婚してくれ、江くん」
高鳴る心臓を胸の上からおさえて、知らない間にほたほたと落ちる涙を拭うより先に、私は、あなたの瞳を見つめて。
「                           」
同じだけの誠実さで、答えを。



2013/09/06 12:13


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