▽あの輝かしき時代、凛真


小学生時代の、夢を見た。
俺たちが一番輝かしく、純粋だったとき。当たり前のように皆がいて、当たり前のように凛がいた。活発で無邪気な凛の笑顔に、俺たちはどこまでも引っ張られて、あの四人でならずっと遠くまで簡単に行けるような気さえした。
薄暗がりの中で目を開く。ベッドを軋ませ半身を起こし、俯いて惚けているとぱたり、と音を立てて雫が落ちた。涙、が、次々に、伝い落ちて。
あれ?何でかな。どうして俺、泣いてるんだろう。わからない。でも、多分哀しい。…………会いたい。
瞼を閉じると蘇る、あの鮮やかで愛おしい赤。ずっと昔にさよならをした、彼の笑顔が懐かしかった。



2013/09/05 17:39


▽好かれてるのか不安になるまこちゃん、凛真


凛のことを好きだな、と思う時はたくさんある。俺が何も言わなくても黙って手をつないでくれる時。自分は甘いもの嫌いなくせに俺のためにチョコレートを買ってきてくれた時。俺の頭をぐしゃぐしゃ乱暴に撫でてくれる時。他にも、いろいろ。
けど、たまに。本当にたまにだけれど、凛は俺のこと好きなのかなって不安になることがある。俺は誰よりも、凛が優しいことを知っているから、この関係も単なる同情の上に成り立っているのではないかと、そんな風に考える。同い年の、男を好きになってしまった俺を可哀想に思って、凛は。
ある日、ふつふつと煮立っていたそんな想いに耐えきれなくなった俺は、証を求めて凛に縋った。ねえ、俺のこと、好きならキスして。
凛は驚いた顔をして、勢いよく顔をそらして、低い声で呻いた。少し経って、俺の頬を両手で掴むと、凛の綺麗な赤が近づいてきて。
……それから先は、申し訳ないのだけど、俺と照れ屋な凛だけの秘密です。



2013/09/05 12:33


▽くすぐったがりなまこちゃんで遊ぶ怜ちゃん


ひあ、と変な声が出た。怜が、何の前触れもなく、俺の首裏を撫でたものだから。手のひらで押さえ、振り返ると楽しそうな視線が俺を捉えた。
「な、なに、怜」
「ここ、弱いですよね」
「弱いって……」
そりゃあ、誰だってこんな場所、無防備に徹しているものなのだ。そうそう強い人などいないだろう。そんなことを言い返さないうちに、怜は
「あと、ここも。それからこっち」
べたべたと、至るところに遠慮なく触れてくるものだから。
「ちょ、ま、くすぐったい!」
俺の叫びに、どうしてか、怜の手はもっと無遠慮になった。



2013/09/04 17:57


▽八話のワンシーン、遙真


瞼を持ち上げ、眠そうな、少し座った目を子供のようにごしごし擦って、真琴がやわらかく笑った瞬間に、俺はあたたかでかけがえのない、ひどく美しいものを与えられたような気分でいた。脳裏に過る真琴の泳ぐ姿。俺の迷いを振り払うような、力強く荒々しいストローク。俺を案じる留守電の声。試合後の疲れた顔をして、それでも俺を待ち続けた真琴の朝よりも日に焼けた手の甲。
「リレー、出るんだろ」
押し出されるようにして告げた言葉に、真琴の顔が輝いた。涙が出そうだった。



2013/09/04 12:13


▽付き合いたての遙真


俺たちは、恋愛をしている。
幼い殻を脱ぎ捨てるように、真琴が俺を好きだと言って、俺は真琴を好きだと言った。かつての遠い思い出から、少しずつ積み重ねてきた関係を平らげて、まっさらにしてしまうような。つまり、その更地に新しい関係を築く為に、俺たちは互いを好きだと言ったのだ。
今のところ、それは上手くいっているように思う。目新しい障害もなく、新たな土台の上で俺と真琴は想いという積み木を重ねている。それが、最終的にどんな形になるのか、今はまだ分からないけれど。
俺たちは、確かに恋愛をしている。それだけは、分かっている。



2013/09/03 17:41


▽まこちゃんに甘い凛ちゃん


「あ、あの。ごめん、凛」
まるで怒られた犬みたいな顔。しゅん、としょげた真琴の頭に力無く垂れた耳が見える気がする。言ってやろうと思っていた文句が、真琴のしょぼくれた様子をみたことで大人しく喉へと戻っていった。
「……別に、いい」
「でも……!」
「いいっつってんだろ」
塩素で傷むこともなく、やわらかい真琴の髪に指を差し入れてわしわしと撫でてやる。まだ不安げな顔をする真琴が、そろりと俺を窺う視線は本当に、申し訳なさそうで。
ああ、くそ、かわいいな。そんな顔をされてしまったら許す以外の選択肢がどうにも無くなってしまうというのに。



2013/09/03 12:08


▽まこちゃんへの想いが変わる瞬間、怜真


真琴なら、教室にいる。部室を訪れた遙先輩からそう聞いた僕は、すでに着替え終えていた水着の上に、ジャージを羽織って二年教室へと向かった。呼んでこい、と訴える遙先輩の視線に促されたのだ。
西日の満たす教室の、比較的隅にある机に突っ伏して真琴先輩は眠っていた。寝息は空気に紛れて聞こえなかった。僕は、思わず足音を潜めて、忍ぶように真琴先輩へと近づく。僅かばかり上下する、その肩に、恐る恐る呼びかける。
「真琴、先輩?」
囁きは心もとない音にしかならなかった。誰かに操られるように、真琴先輩が突っ伏す机の前の席を引き、背もたれを正面にして腰を下ろした。目前にある茶色いつむじに指を伸ばし、触れた瞬間、僕の中で何かが変わったような気がした。



2013/09/02 17:31


▽凛ちゃんのささやかな矜持、凛真


「……チッ」
暫く冷蔵庫に仕舞われたままだった、イチゴジャムの蓋に手をかけ捻る。ありったけの力を込めてもびくともしないそれに辟易する。
「どうしたの、凛」
「蓋が開かねえ」
「ふうん」
貸して、と真琴に取り上げられる寸前、俺は慌ててジャムの瓶を自分の背中へと隠した。目をぱちぱちと瞬かせて真琴が凛?と首を傾げた。
貸してなるものか。迂闊に渡して、開けられでもしてみろ。
「……俺の立場が無くなるだろ」
「立場って、何の話?」
「今日のパンはジャム無しで食えよ」
「ええ、なんで?」
「何ででもだ」
ちっぽけな矜恃だと、笑いたければ笑えばいい。どうせ真琴が俺の思いに、気づくはずなどないのだから。



2013/09/02 12:29


▽遙真←怜、逃げ出したい怜ちゃん


打ちのめされた真琴先輩に手を差し伸べることができる、遙先輩を羨ましく思う。僕には決して与えられない役目だ。精々こうして、遠目に二人を眺めることぐらいしか。
「立てるか、真琴」
「……うん。ありがとう、ハル」
あんなにも簡単なことなのに。できやしない。許されない。僕は、僕でしかなく、遙先輩は遙先輩でしかない。ああ、僕も、僕だって、貴方の手を引くことぐらい、できるのに。できない。悲しくて、悔しくてたまらない。なんて醜い感情なのか。こんなものが、僕の中に。
認めたくなくて、涙も出なかった。これは決して恋などではないと、何度も自分に言い聞かせることだけが、僕に許された唯一の逃げ道だった。



2013/09/01 17:16


▽怜ちゃんの顔が好きなまこちゃん


「真琴先輩は、」
「ん?」
「……僕のどこが好きなんですか」
我ながら、面倒くさい質問をしたものだと思う。言ったそばから後悔する僕の目の前で、真琴先輩は悩む間もなく満面の笑みを浮かべた。
「顔」
「は?……顔?」
「うん。俺は怜の顔が好きだよ」
予想外の答えに、動きが止まる。確かによく顔を好き勝手触られてはいたが、あくまでスキンシップの一環だと思っていたのだ。まさかあの行為にそんな意味があったとは。
真琴先輩の広い両手のひらが、僕の顔面を無遠慮に滑る。べたべたとあちこち触り続けて、満足そうに喉を鳴らす。
「怜はほんとにかっこいいね」
素直に喜ぶべきか、分からなかった。



2013/09/01 13:38


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