高級なアーモンドチョコ


 それから、たびたび魚雷女はあたしに会いに来た。
 会うたびに、ちくちくとあたしと嵐斗くんが釣り合わないとか、こんな馬鹿そうな女、とあたし自身を罵倒してくるので、いい加減なんか反撃してやろうかなとは思うものの。
 魚雷女の行動が、フラれた悔しさとかからなのか、嵐斗くんを心配しているからなのか、いまいちはっきりしないので適当にあしらう程度にとどまっている。
 だって、嵐斗くんのことを心配してこんなことをしているのなら、あんまりやり込めるのは可哀想かなって思っちゃう。

「いい加減嵐斗と別れなさいよ」

 現に、この女はあたしを好き放題けなすけど、嵐斗くんの悪口はほとんど言わない。こんな女を選ぶなんて趣味が悪い、みたいなことは一言も言わない。完全に、あたしが誑かして嵐斗くんの頭がバグってる体で話が進んでるのだ。
 それって、嵐斗くんのことを大事に思ってるってことでしょ。

「何回言われても別れないし、だいたいあたしと嵐斗くんが別れたからってあんたの手元に嵐斗くんは戻ってこないんすよ」
「そういうことを言ってるんじゃないの、あなたじゃ嵐斗を幸せにできないっていう話を……」

 おなじみ、コンビニであたしが昼ご飯を悩んでいるときに女は現れる。だいたい土日のどっちかだから、この女は仕事が土日祝日お休みなんだろう。
 ちなみに今日あたしは、デザートにプリンをつけてしまうかどうかで悩んでいる。

「あたし嵐斗くんのこと幸せにするとか、そういう偉そうなこと言えないっす」
「……は?」
「あたしが嵐斗くんの幸せを決められないし、あたしと一緒にいて嵐斗くんが幸せになったらそれでいいやって感じです」
「そんな無責任なこと……!」
「だいたい、あんた、嵐斗くんが他人に幸せにしてもらわないと幸せになれないとか思ってるんすか」

 魚雷女が息を呑んだ。
 自分で言って気づいた。そうだよ、嵐斗くんは自分の幸せは自分で掴める。大人だもん。誰かに幸せにしてもらうのを待っていていいのなんて、幼稚園児までだ。

「嵐斗くんは、自分で幸せを選べる。他人がどうにかすることじゃないと思う」
「……」

 嵐斗くんの生い立ちがどうだろうと、テメーのケツはテメーで拭いてくれって感じだ。いやもちろんヤりすぎてオチちゃったときはその限りではないけどね?

「つーか」

 尖った声を出したら、女の肩がびくりと揺れた。今日はアンサンブルではなくて、ハイゲージのタートルネックニットにカーディガン、レースのタイトスカートだ。

「プリン買おうかどうか迷ってんすけど、どう思います?」
「…………はい?」
「いや、あんたと喋ってたら食べる時間が死亡しちゃったっぽいんすけど、職場の冷蔵庫に入れときゃ仕事のあと食べられるかな〜って」
「……ごめん」

 昼食を食べる時間が死んだ、という事実に謝られたようである。
 それから、控えめに言った。

「……お仕事のあと、甘いものがあったらうれしいかもしれないから、買っておいたら……?」
「ですよね。そうします、あざっす」

 プリンを手に取りレジに向かう。会計を済ませて外に出ると、追ってきた魚雷女が慌てた様子で言う。

「待って」
「なんすか」
「これ」

 手渡されたのは、アーモンドチョコの箱だった。しかも、十粒そこらしか入ってないめっちゃいいやつ。なに?

「ごめん、お昼休みを潰すつもりはなかったの……」
「え〜……いいっすよ別に……もともと昼休みなんてあってないようなもんだし……」
「いいから!」
「……あざっす」

 強引に、あたしのレジ袋に突っ込まれ、なんかよく分かんないけどもらっておこう……と首だけでお辞儀して、唇を尖らせた。
 風は冷たいけど太陽の光はあったかい。コンビニから徒歩一分のサロンに戻って、スタッフルームでごはんにありついていると、先輩スタイリストの晶さんがひょいと顔を覗かせてあたしを確認して言う。

「アテナちゃん、遅かったね」
「魚雷に攻撃されてました」
「また〜?」
「まあでもなんか、チョコくれたんで許します。晶さんも食べます?」
「え〜太るからいらない」

 最初サロンの正面で捨て台詞を吐いたのと、その後学習したのかスタッフ通用口のほうでドンパチするようになったので、スタッフの間で魚雷女はわりと有名だ。
 けたけた笑いながら引っ込んだ晶さんは、太るって言ったけどそんな心配がまったくいらない細い身体をしてる。むしろもうちょい太れと思う。
 もらったアーモンドチョコの箱を頭上にかざし、じっと眺める。
 あの魚雷女は、嵐斗くんのことをものすごく気にかけている。それこそ、自分がどう見えるかなんてお構いなしだ。
 嵐斗くんのことがすごく好きだから、で説明がつけばいいけど、それはなんだか違う気がした。
 まるで、何かから嵐斗くんを守るように、あたしに突っ込んでくる。何かって、何?

「……」

 どうもそれは、嵐斗くんがこの間あたしに打ち明けてくれたことと関係あるような気がしてならない。
 そう、嵐斗くんの過去のこと。消えた記憶、育った施設、六年生からの人生……。

「……うーん……」

 とは言え、ぐるぐる考えたところで所詮あたしが何かひらめくわけもなく、プリンにしっかり名前を書いて(これをしないとカンタさんが容赦なく食う)冷蔵庫にしまい、チョコの封を切る。
 一粒口に放り込んでもぐもぐしながら、まあでもやっぱ、と思う。
 嵐斗くんが自分で推測したように、六年生になるまでの嵐斗くんを育てていた奴らは、嵐斗くんを虐待していたんだろうな。だから嵐斗くんは、それがつらくて記憶を消した。
 そしてたぶん、幼馴染の魚雷女はもちろん、嵐斗くんが虐待されていたのを知ってたんだ。だからあんなに過保護なんだ。
 魚雷女は、記憶をなくした嵐斗くんをどう思ったんだろう。

「いらっしゃいませ」
「あ、三時から予約してるんですけど」

 短い昼休憩を終えて接客に戻る。休日なので、ひっきりなしに客が来る。受付をしたり、シャンプーをしたりカラーやパーマのアシスタントをしていると、あっという間に閉店時間が迫っている。
 今日は早番の嵐斗くんと落ち合ってご飯食べて、そのままお泊りの予定だ。
 おっしゃ、こないだの宣言通り、ぐずぐずとろとろにしてやんよ。

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