違う、そうじゃない!


 大人のおもちゃ箱をあさっているあたしの後ろで、嵐斗くんがあほみたいに駄々を捏ねている。

「だからさあ〜今日はふつうにえっちしようぜ〜なあ〜」

 いつも嵐斗くんは、自分があたしに挿入するのを「ふつう」って表現する。それは世間一般にはたしかにふつうなのだが、あたしたちにとってはもはやふつうではないことに早く気づいてほしい。
 今日はショッキングピンクかな……。

「今日これにする?」
「俺の話を聞け」
「聞いてたよ。聞いた上で、今日これにする?」
「アテナちゃん話が通じねーな?」

 頭にクエスチョンマークを浮かべられるだけ浮かべた嵐斗くんは、ベッドサイドから足を下ろし股をおっぴろげて座り両膝に肘をつけ頭を抱えた。それから、クソ長いため息をついて煙草の箱をとんとんして一本出して火をつけてめっちゃ吸った。
 嵐斗くん、ひとたびお尻を揉まれるとめちゃくちゃトロ顔晒してかわいくなるくせに、普段のしぐさがいちいち無駄に漢なんだよなあ。
 吸い始めたばかりのまだ長い煙草を奪い取り、ヘッドボードの棚に置いてある灰皿に押しつける。

「あ、おい」
「煙草は、またあとで」

 超かわいこぶって抱きつきながら耳元で濡れた声で囁くと、嵐斗くんがふるりと震えた。あたしを抱き込もうともそりと動いた腕より早く、お尻を揉む。

「あっ。アテナちゃん……」

 ちょっと即堕ちすぎて心配になるわ……。嵐斗くん、満員電車とか大丈夫なのか? ちょっと背後のおっさんがもぞもぞしただけでトロ顔になってたりしてないか?
 …………想像しただけでイライラしてきた。

「ねえ嵐斗くん」
「ンッ、なに……」
「こんな感じやすくて、満員電車とか大丈夫なの」
「へ? あっ、ちょ」
「後ろから軽く押されたりしただけでここ、勃っちゃうんじゃないの?」

 デニムを脱がしてボクサーパンツの上から前も後ろもぐにぐにする。腰が引けてる嵐斗くんを追い詰めるようにベッドに押し倒すと、涙目でこちらを睨んできた。

「勃つわけないだろ……!」
「そうかなあ、こんなに感じやすいんだからさあ……」
「それはアテナちゃんが触るから!」
「…………」

 思わずまさぐる手が止まる。
 じっと嵐斗くんを見ると、少し息を荒くしてこちらをじっと見ていて、え、何今なんつった? あたしが触るからって? は? 何? かわいいかよ?

「ア、アテナちゃん?」
「ぶち犯す」
「ぎゃあ!?」

 嵐斗くんをひっくり返してお尻を上向かせると、なんとも色気のない叫び声が上がった。
 ぺろっとパンツも脱がせて、コンドームの包装を歯で食い破って指にかぶせる。乳首かわいがってあげるのはまた今度!

「ヒ、あっ」

 ローションで指先をとろとろにして、あたためるのもそこそこに突っ込む。
 はあもう何なの、こんなかわいいいきものを野放しにしていていいはずない。首輪でつないで一生かわいがってあげなくては。
 残念ながら、嵐斗くんのほうが経済力も家事力もあるのでそれはとっても叶わないことなのだが。
 嵐斗くんが前後不覚になるまで指でかわいがって、それからようやく腰に着けたものにコンドームをかぶせ、とろとろになったそこに先端を押し当てた。

「あ……」

 四つん這いで上体を突っ伏してしまった嵐斗くんが、こちらを振り向いてほんの少しの恐怖と大きな期待に濡れた目をさらした。
 あ、アレ結局言ってないや。

「嵐斗くん」
「ん」
「あたしさあ」
「んん……!」

 言いながら腰を進めると、嵐斗くんはこちらを見たまま枕に横顔を擦りつけて悶えている。これ、言って理解してもらえるのかなあ。

「脳イキできるようになりそう」
「あっ、あっ、え、なに、なんて」
「の・う・い・き」
「ひ、あぁあ、あっ!」

 耳元で囁くためには腰を押しつけて身体を屈めなくちゃいけなくて、それでたぶん嵐斗くんのお尻の、当たってはいけないところ(ほんとはいいんだろ、ほれほれ!)に当たったっぽくて、嵐斗くんはあられもない声を上げて出さずにイった。
 いつも最初にドライでイくときは、身体が驚いてしまうのか自分の身に何が起きたのかすぐには把握できないらしく、嵐斗くんは目をチカチカさせる。
 今日も、いつもと違わず、嵐斗くんは瞳の中にハートが浮かぶくらいとろんとした目で、でも意味が分からない、みたいな混乱した顔をして、はくはくと空気を食んだ。

「嵐斗くん、聞いてた……?」
「ひい、へは…………」
「ほんとにぃ?」
「あ、ンッ!」

 ぐちぐちと掻き混ぜると、嵐斗くんは目をぎゅっと閉じて眉を寄せ、刺激に耐えるように爪先がシーツを蹴った。
 今言ってもたぶん何も理解してもらえないので、今日はオチるまでヤるのは我慢して、意識があるうちに解放してあげて、ピロートークとやらにしけこもう。そう決めて腰をぐるりと回す。
 びくん、と背中を猫のようにしならせて、嵐斗くんが二度目のドライをキメた。
 ぬと……とローションの糸を引くおもちゃを抜き取ると、嵐斗くんはほっとしたように表情を緩ませながらも、あたしがいつももっと容赦なくヤり潰す性分であるのを知っているからか、ちょっとだけ不思議そうな顔をした。

「今日は、一緒にお風呂入って、お話しよ〜」
「ん、え? 話……?」
「そ、嵐斗くんにとってはいい話かも!」

 ご機嫌なあたしに更に不思議がって、嵐斗くんはどうやら抜けてはいないらしい震える腰を起こした。

「話って……?」

 まだぽやぽやしてる嵐斗くんの濡れた目尻にキスをしながら、あたしは言う。

「なんか、嵐斗くんが感じてる顔とか見てたら、あたしなんにもしなくてもイけるようになった」
「…………?」
「なんかね、視覚とか聴覚からの刺激だけでイけるの、脳イキっていうらしいよ! あたし調べた! あたし脳イキできるようになった!」
「……、……なんて?」

 まだどろどろのぬかるみから戻ってこれていない嵐斗くんは、たぶん脳イキっていう言葉を聞いたことがないのだろう、首を傾げた。
 あたしも調べて初めて知った単語だから仕方ないね。
 スマホで検索窓に「脳イキ」と入れて一番最初に出てきた記事を嵐斗くんに読ませる。読みながら、嵐斗くんの眉間にめっちゃ皺が寄っていく。

「う、胡散くせぇ……」
「でもあたし触んなくてもイけたよ」
「……でも、ちょっと書いてあるのとやり方違うんじゃないの……」
「性感帯に触らなくてもイけたんだから、広い意味では脳イキでしょ?」

 スマホ片手に、嵐斗くんが画面とあたしの下半身を交互に見て、やっぱり胡散臭そうな顔をしている。

「それほんとにイけたの? 勘違いじゃない?」
「いや、マジでイった。確実に気持ちよかった」
「……ええー……」

 おかしいな。嵐斗くん、喜んでくれると思ったのにな……。

「……うれしくないの?」
「え?」
「嵐斗くん、いつもあたしのことも気持ちよくしてあげたいって言ってくれてたから、あたしも嵐斗くんとえっちして気持ちいいんだよって分かったらうれしいと思ったのに……」
「……それ、は……」

 スマホの画面を暗くしてベッドに投げ捨て、嵐斗くんがぶつぶつと口の中で何か言いながらあたしの腰を撫でた。……ねえ、まだおもちゃつけたままだけどそこは突っ込まなくて大丈夫? ムードもクソもないけど大丈夫?

「俺が気持ちよくしたいんだよ……ふつうのえっちして、ふつうに……」
「……嵐斗くんが泣いて気持ちいいって言ってるの見て気持ちよくなってるから、嵐斗くんが気持ちよくしてるよ?」
「そうじゃない! そうじゃねえんだよな!」

 嵐斗くんはたまにあたしには分からないことを思い、言う。
 たぶんそれは、あたしと嵐斗くんが赤の他人だからだ。所詮他人の考えていることは分からない。

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