なんでもないふり


「は〜! うまかった!」
「嵐斗くん、ほんとによかったの?」
「いいよ、サイゼ安いし」

 結局、嵐斗くんが三人分まとめて払ってくれた。

「ありがと」
「ありがと! ごちです!」
「ン。めりあちゃんおなかいっぱいなった?」
「なった〜!」

 めりぽんは結局プリンまで食べた。あたしも、会計するまでは自分とめりぽんの分は自分が払うと思ってたからティラミス食べた。
 で、いざレジ行ったらちゃちゃっと嵐斗くんが三人分払ってるから、ちょっと! ってなったけど、まあまあと押し切られてしまった。
 嵐斗くんとのごはんは基本割り勘だから、今日はめりぽんが一緒だから嵐斗くんちょっと見栄張ったんだと思うな。かわいい。

「そういえばあたし、てなちむのひとり暮らしのおうち行ったことないなあ」
「ん? そっか? あ、てかママにちゃんと泊るって言ってきた?」
「…………」
「……めりぽん、ママと喧嘩したね?」
「…………」

 分かりやすく目を逸らしためりぽんに、今日の今日で予定を空けられるって言ってきた理由がようやく分かった。あたしはタイミングよく手を差し伸べてしまったんだな。
 もう、とため息ついて、ママのラインを開く。通話をタップして押すと、ママが出た。

「あ、もしもしママ? 今あたしめりぽんと一緒なの」
『え? めりあと?』
「そ。全然知らんくて別のことでご飯食べてたんだけど、ママと喧嘩したからうち泊るって言ってるから、今日だけ泊めるね」
『え〜!? やぁだ〜、今日、パパ飲み会で遅いんだよ? つまんないさみしい〜!』

 きゃんきゃんわめくママに、ええ……うるさ……、と思いながら、でももう十時過ぎだし今からめりぽん帰すの怖いなって思う。
 だって実家の周り、コンビニもなんにもないし、けっこう暗いし。今池袋だから地元までけっこうかかっちゃうし。

「ママがさみしいとか知らんし、今からめりぽん帰すのも危ないし、明日うちから直で学校行かせるからね」
『ぶうぶう』
「ぶうぶうじゃねーから」

 強引に納得させて通話を切って、めりぽんの頭を撫でる。

「ママさみしがってたから、明日はちゃんと帰ってあげてよ?」
「ん」

 ぐしゃぐしゃして、ん、と言わせて、それで仕方ないので今日はうちに帰るとする。
 行こっか、と嵐斗くんを見ると、嵐斗くんはあたしをじっと見ていた。

「なに?」
「や、アテナちゃんがめっちゃお姉ちゃんしてる、って思って」

 やわらかく笑って、嵐斗くんがその笑った口元を隠すみたいに拳を持って行く。
 なんだそれ、あたしはもともとお姉ちゃんだし、お姉ちゃんはするもんじゃなくてなるもんだぞ。

「アテナちゃん、前言ってたじゃん、妹がすぐ風邪ひくから看病慣れてるって」
「言ったねえ」
「あたしそんなすぐ風邪ひかないし! 半年に一回くらい……」
「もうちょっとひいてるっしょ」
「さ、三ヶ月に一回くらいしか……」

 数字にするとけっこうひいてるんだよな。三ヶ月に一回って、年に四回ひいてんじゃん。

「アテナちゃんなら、めりあちゃんの看病一生懸命してそうだなって思った」
「そお?」
「お姉ちゃんだもんな」

 優しく目を細めた嵐斗くんを見ためりぽんが、んふ、とかわいい声を漏らす。

「なに?」
「なんかぁ、嵐斗くんって、ひとりっ子? お姉ちゃん欲しかった系?」
「……」

 そこで、今日めりぽんと打ち解けたあとずっとリラックスしてた嵐斗くんの表情がこわばった。

「……めりぽん、あのさ」
「ん?」
「嵐斗くんのことね、今度うちに連れて行きたいんだけどね」
「うん、いいと思う。絶対ママも気に入るよ」

 それはもう、めりぽんのお墨付きいただいたら間違いないんだけど、そうじゃなくて。

「嵐斗くんね、家庭の事情がちょーっと複雑でね。だから、なんつーか……」
「ん? フクザツ? って?」
「あ、と……」
「アテナちゃん、いいよ」

 嵐斗くんが、口をもごもごさせたあたしを止めて、めりぽんの前に立った。それから、嵐斗くんからすればずいぶん小さいめりぽんに視線を合わせるように少し膝を曲げて、背中を曲げた。
 嵐斗くんの呼吸が少し乱れた。喉仏が大きく上下する。

「ごめんな。俺の父親、犯罪者なんだ。人を殺してる」
「……へ?」
「俺の目の前で殺したけど、俺はそのことを何一つ覚えてない。ショックすぎて記憶をなくした」
「……」
「それで、児童保育施設に引き取られた」

 なんでもないことみたいに、あっさり、言ったけど。嵐斗くんの声はすごく小さかったし、きっと自信がない。
 めりぽんに、さっきまでと同じような態度を向けてもらう自信が。

「今の親の養子ではあるけど、それでも血のつながりは消えない。俺は、殺人者の息子だよ」

 めりぽんはじっと嵐斗くんをおっきな目で見つめて、唇を尖らせて言った。

「お父さん、誰殺したの?」
「……俺の母親になるはずだった人」
「……じゃあ、嵐斗くんもてなちむのこと殺す?」
「殺さないけど……」

 となりで、ハラハラしながら見守っていたあたしは気づいた。あ、めりぽん怒ってんな? と。
 なんでなのかは分からないけど、めりぽん怒ってる。
 めりぽんは、怒ると癖でおっきい目を更に大きく見開くのだ。

「じゃあなんでそんなこと言うの?」
「え……?」
「嵐斗くんがてなちむのこと殺す気あんだったら、そういうこと言われたらなんか予言かな? って思うけど、ないんだったらさ、嵐斗くんとそのお父さんがしたことは全然関係ないじゃん」
「いや、でも」
「あたし、嵐斗くんのこと今日でめっちゃ好きになったし、それって嵐斗くんがてなちむのこと大事にしてくれそうって思ったからだし、でもそんな試すみたいに言われたらさ……」

 そこで、めりぽんが何かに気づいたように口を閉ざした。それから、あたしのほうを見る。

「もしかして、最初から試すつもりだった?」
「うーん、半分当たり? 嵐斗くんが自分の親のこと気にしてるから、まずはママたちよりも妹に会ってもらおうって思ったのはほんとだけど、話すかどうかは考えてなかった」
「そっか。あのね、嵐斗くん」

 めりぽんが、嵐斗くんに向き直る。目は、もう怒ってない。

「あたしね、嵐斗くんのお父さんが人殺しでも、サイテーの人間でも、嵐斗くんがいい人だったらそれでいいよ。だって、てなちむと結婚するのは、嵐斗くんだもん。お父さんじゃないでしょ」
「…………」
「しかもそのお父さん、もう縁切れてんでしょ?」
「……」
「てなちむのこと泣かさないなら、嵐斗くんが誰でも、関係ないよ」

 にこーっと笑ってそう言っためりぽんに、あたしがめっちゃ泣きそうになってしまう。

「めりぽん……あたし泣きそう……」
「えっなんで」
「だってめりぽんが感動させるからあ〜」
「させてないし!」
「させたし!」

 させた! させてない! の言い合いをしながらじゃれ合っていると、頭上で空気が抜けたような笑い声が漏れた。
 ふたりで見上げると、嵐斗くんがくすくす笑っている。

「なんかもう、ふたり、姉妹だな、あはは」
「……そうだよ?」
「嵐斗くん、変なの」

 でも、めりぽんに先に会わせたのは正解だったかも。これで、嵐斗くんのうちに対するハードル、だいぶ下がった、よな……?
 池袋の駅で嵐斗くんとお別れする。

「じゃ、嵐斗くんまたね」
「うん、ふたりとも、気をつけろよ。おやすみ」
「チャルジャ〜!」
「ちゃるじゃ?」
「おやすみってこと!」

 めりぽんがぶんぶん手を振って、嵐斗くんにバイバイしている。
 電車に乗って我が家を目指す。めりぽんが、窓の外を見ながら呟いた。

「嵐斗くんって、すごいまじめだね」
「ん? そ?」
「うん。めちゃいい人だった。なんだっけ、えーと……セイジツ? だった!」
「うんうん、分かる……」

 めりぽんがほっぺを真っ赤にして興奮したみたいに、嵐斗くんのよさをめっちゃ語る。
 嵐斗くんもきっと今ほっとしてるだろうけど、あたしも実はほっとしてる。
 めりぽんが嵐斗くんの前で馬鹿みたいなこと言わなくて、ほんとによかった〜!

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