めりあ、参上!
やっぱ何の前情報もなしに連れて行くのは、なしだよな。
そう思ったあたしは、とりあえず妹に連絡を入れることにした。
「めりぽん〜」
スタンプを送ると、平日の午後なので絶対授業中のはずなのにソッコー返事がきた。おい。
『てなちむ〜』
妹はあたしのことをお姉ちゃんとは呼んでくれない。
「今暇?」
『めっちゃ暇』
「授業は?」
『知らんけど今数学だからね』
数学だからなんだよ。
と思ったものの、人のことは言えないのでスルーして話を続行する。
「てなちむ今度結婚しよっかな〜と思ってんだけどね」
既読がついた瞬間着信。めりぽんはせっかちだなあ、と思いながら、休憩中だし電話に出る。
「もしもし?」
『てなちむ結婚するの!? 誰と!? タカトくん!?』
「いつの話してんの? タカトとっくに終わってるわ」
『え!? 誰? だれだれ!?』
めりぽんがめちゃめちゃ興奮しているので、まあ落ち着けよ、とちょっとふふんとした気持ちになりながら声をかける。
「でね、ママたちに会わせる前に、めりぽんに会ってみてほしいんだけど」
『いいよ! 全然OK! いつ? あたし今日ブクロまで行けるよ!』
「ほんと? 夜遅くなってもいい?」
『てなちむの家泊めてくれる?』
「いいよ」
電話の向こうできゃっきゃ喜んでいる妹を、かわいいなあ〜と思いながら、池袋で夜一緒にごはんを食べる約束をする。
約束しながら、嵐斗くんとはどうせ今日夜会う予定だったし、その場所が池袋になってもいいかな、と勝手に決める。
『てなちむ、もう結婚すんの? まだ二十歳でしょ?』
「こういうのはタイミングだからねえ〜」
『わ、オトナ〜』
めりぽんとの通話を切って、嵐斗くんのラインを開く。
「今日池袋でもいい?」
嵐斗くんも休憩中だったらしく、すぐ返信が来た。
『いいけどなんで?』
「妹に会ってほしいの〜」
『え? は?』
すさまじく動揺しているらしい嵐斗くんに、少しだけあたしが思ったことを伝えてみることにする。
「親にいきなり会わせるより、妹のほうが嵐斗くんのハードル低いかなって思った」
妹なら、十七歳だから親よりは嵐斗くんとも年が近いし、すぐに仲良くなってくれるかなって思うし、嵐斗くんが不安になるようなことも言わないと思う。
既読がついたまま、少しだけ間があって、嵐斗くんからのメッセージをちょっとの時間、待った。
『ありがとう』
たった五文字の短い言葉だったけど、時間差でそれが来たことで、嵐斗くんが何かを感じてくれたのは間違いないと思った。
めりぽん、嵐斗くんに頭悪いこと言わなきゃいいけど……。
「これが、妹のめりあ」
「はじめまして〜! めりあです!」
「あ、はじめまして……」
「これ、嵐斗くんね」
「え、めーっちゃイケメン! てなちむすご〜い!」
てなちむ。と嵐斗くんがあたしのあだ名を呼ぶ。
「ちむって〜、韓国語なんです〜、なんだっけ、なんか、いいね! みたいな意味だった気がする!」
「へえ……」
「料理の名前じゃなかった?」
「あり? そだっけ?」
池袋まで制服姿でやって来ためりぽんが、嵐斗くんを見てきゃっきゃとテンションが上がっている。
男の趣味一緒だからな〜、あたしが嵐斗くんをイケメンと思ってたら当然めりぽんもいいって思うよな〜。
ちょっとゆっくりできるように、って、でも制服で未成年のめりぽんを居酒屋に連れてくのもな、と思って、サイゼリヤに入る。
「は〜おなかすいた〜! ね、ね、今日てなちむ奢ってくれるの?」
「いいよ〜、今日はお姉ちゃんが食わしてやる〜!」
「お姉さま〜!」
「こういうときだけお姉さまて言うな!」
席に座り、嵐斗くんを向かいに座らせて姉妹で横並びになる。嵐斗くんがメニューをこっちに向けてくれて、めりぽんがじっとそれを見つめている。
「お肉食べたいな〜、最近さ、ママがお魚ばっかり食わしてくんの」
「なんで?」
「あたしが馬鹿すぎるからDHC食べさせたいんじゃね?」
「それ化粧品な。DNAだよ」
「あ、それそれ」
「……DHAな」
苦笑して嵐斗くんがツッコミを入れてくる。あ? DHA……?
「あたしとめりぽん合わせたら正解だったね」
「それなあ。惜しいね〜」
めりぽんがステーキ食べていい? とうるうる目を向けてきたので、いいよ、と答えてあたしは今日はお昼遅くてあんまり気持ちが乗らなかったので、グラタンを頼むことにした。
「嵐斗くんは? 何食べる?」
「あー……俺昼遅かったし……ステーキにすっかな……」
「……? 昼遅かったんだよね?」
「うん」
「なのにそんながっつりいくんだ……?」
「うん」
なに? と言いたげな表情をしている嵐斗くんに、ぶれないな、と思いながらめりぽんをチラ見すると、めりぽんはメニューの間違い探しに熱中していた。自由か?
「めりぽん」
「んあ。これムズ、ね〜、てなちむ分かる〜?」
「えっと……。いや違うし。めりぽん今日ここに何しに来たのか分かってる?」
「え? ご飯食べに来た」
「違うし! 嵐斗くんのこと紹介しに来たの!」
めりぽんは、あたしが百六十センチくらいあるのに対して、百五十センチもない。頭もめちゃちっちゃい。そのちっちゃい頭と細い首を傾げ、あたしにそっくりなでかい目をまんまるにして言った。
「……? もう紹介してもらったじゃん?」
「あ? いや、そだけどさ……」
「あとはもう一緒にご飯食べて仲良くなるだけ!」
「…………そっか」
「いやいやいやアテナちゃん!?」
思わずと言う感じで嵐斗くんが鋭くツッコミを入れる。
「え? めりぽん間違ってなくない?」
「いや、その、俺のことをもうちょっと喋ってほしい……」
「たとえば……?」
「あ、うーん、えと……」
たとえば? と言われるとたぶん何も考えてなかった嵐斗くんが、考えるように言葉をもぞもぞさせると、となりでめりぽんが目を見開いた。
「いいこと考えた! あたしがいっぱい質問すればいいんじゃん? そしたら嵐斗くんも答えてよ!」
「めりぽん天才か!?」
「じゃあ、それで……」
食べたいものとドリンクバーを注文して、嵐斗くんが留守番してくれるのであたしとめりぽんが席を立つ。
「ねえねえてなちむ」
「なに〜?」
「嵐斗くん、めちゃかっこいいね!」
「でしょ! かっこいいし、かわいいよ!」
ドリンクバーの機械の前でめちゃくちゃ盛り上がって帰ってくると、嵐斗くんはそわそわしていた。
「なんか盛り上がってたけど……」
「嵐斗くんがかっこいいねって話してた」
「うん、してた〜!」
「そ、そう……」
そのまま嵐斗くんがドリンクバーに向かうのを見て、めりぽんは呟く。
「てなちむのカレシじゃなかったら確実狙ってたわ」
「やめろやめろ」
コーヒー持って帰ってきた嵐斗くんに、めりぽんがにこーっと笑う。
「ね、てなちむと嵐斗くんは、どっちが最初に好きになったの? 出会いは? あ、ってか嵐斗くんはお仕事何してるの?」
「俺、アンダーローの店員やってる」
「は!? アンダーロー!? めちゃすげえじゃん! かっこいい!」
嵐斗くんの勤めてるブランドは、今若い子にめちゃくちゃ人気なので、めりぽんのこの反応も当然だ。正直アンダーローのロゴが入ったキャップさえ持ってればコーデが決まる。……さすがにそれはないか。
「渋谷の本店!?」
「うん」
「ええ〜! すごい〜! あ、じゃあてなちむがお客さんで来たのが出会い?」
「いや、俺がアテナちゃんのサロンでもともと髪の毛やってもらってて、四月にアテナちゃんが入ってきたのが出会い」
「四月? じゃあ、まだ出会って一年とかしか経ってないんだ?」
めりぽんが首を傾げ、一回も染めたことのない黒くて長いさらさらの髪の毛が滑る。
「スピード婚じゃんね! すごい! で、どっちが先に好きになったの?」
「それは、俺」
「は? 超意外! 嵐斗くんの顔、絶対てなちむ好きだからてなちむが先かと思った!」
「……そうなの?」
嵐斗くんが、めりぽんと同じように首を傾げる。どうやら、あたしが嵐斗くんの顔がタイプだっていうのは伝わってなかったみたい。
「いつも男前って言ってるじゃん」
「顔が好きとは言われてない」
「まあ顔だけじゃないからね?」
「は〜、アテナちゃんほんとそういうとこ……」
嵐斗くんが手で顔を覆う。
めりぽんが、ますます興味津々って感じで質問をぶち込んでくる。
「なんでてなちむのこと好きになったの? 顔?」
「優しいなって思ったから」
「分かる! てなちむめっちゃ優しいよね! ただ甘やかすんじゃなくてさ、ライオンがこどもを殴るみたいな感じの優しさ!」
「……? ああ、獅子は我が子を千尋の谷に落とすね」
「そう、それ! たまに厳しいこと言って、でもそれが愛なの〜!」
「ハハハ、分かるよ」
やべえ、これは恥ずかしい。
なんかあたしの優しさでめちゃくちゃに盛り上がっている……料理早く来い……。
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