二回目のプロポーズ


 嵐斗くんがそう言ったのにはもちろん理由があった。

「……調べたよ、俺の親のこと。犯罪者の息子なんて、親御さんが許してくれないだろ。アテナちゃんやその家族が嫌な思いをするのは俺が嫌だし、そうなったら、未来がないのにアテナちゃんとこれ以上付き合っていくわけにはいかない」

 すっげー真面目な顔して、一生懸命考えてくれて、結論出してるところ悪いんだけど。

「ヤだ」

 そんなの飲み込めるわけないだろ。馬鹿か、嵐斗くん。

「嵐斗くん、うちの親のこと知らんでしょ? 許すか許さないかは嵐斗くんが決めることじゃないしな? それに、もしうちの親が嵐斗くんを犯罪者の息子だからって許さんて言われたらあたしがブチギレる。誰も嫌な思いなんかしない。するとしたら、嵐斗くんがそうやって考えてるのが、あたしは嫌だ」

 父親が犯罪者だからなんだ。そんなのは嵐斗くんのせいじゃない。むしろ嵐斗くんは被害者なのに。
 嵐斗くんは、そうやって一生懸命考えたふりしてるけど。

「それは、逃げてるだけだ」
「……は?」
「あたしの親になんか言われたらヤだとか、そういうこと考えてるんだ。結局嵐斗くんは可哀想でいたいんだろ。じゃあ言ってやるよ! 嵐斗くんのことなんかなんにも考えてないような父親に振り回されてる嵐斗くんは、可哀想だ!」

 それに、きっと嵐斗くんは。

「……あたしが、いつうち来るとか、聞かなかったら、ずるずる付き合うつもりだった?」
「っそれは」

 黙ってうつむいていた嵐斗くんが、がばっと顔を上げて、そしてぐにゃりと表情を歪めた。

「アテナちゃん」
「なんでっ、そういうこと、言うの」
「アテナちゃん、ごめん」

 嵐斗くんが立ち上がる。立ち上がって、あたしのそばまで来て、ぎゅっと抱きしめた。

「嵐斗くんの馬鹿」
「ごめん」
「ばか!」

 ぐちゃぐちゃに泣いているあたしを、嵐斗くんが隙間がなくなるくらいに抱きしめる。
 あたしの肩が濡れて、もしかして嵐斗くんも泣いてるのかな、言い過ぎたかな、って思った。
 震えた声で、嵐斗くんが言う。

「怖かったんだよ……。俺、アテナちゃんとずっと一緒にいたいよ、でも、アテナちゃんの親御さんが俺の親のこと知ったらって思うと怖いし、ずっとそういう罪悪感抱えて生きてくのも嫌だ。だったらもう別れるしか」
「ヤだ!」

 あたしはどんなにみっともないことになってもきっと嵐斗くんの手を離してあげられないし、嵐斗くんが手を離したがってもきっとわがままを言って握ったままでいる。自信がある。
 嵐斗くんに何を言われても、どんなひどいことをされても、それでも嵐斗くんが大好きで大好きで、かわいいから。
 だから、そんなくだらないことが理由なら、当然納得なんてしてやるわけない。

「だいたい嵐斗くんさ! 正直自分の父親のことより考えるべきことあるんだよね!」
「……?」

 ぴいぴい泣きわめきながら、あたしはこの言葉が爆弾である自覚を持って、投下する。

「うちの親、孫の顔早く見たいって言ってんの! 嵐斗くんとのえっちじゃこどもできないじゃん! 嵐斗くんはそっちのほう気にするべきだよ!」
「それはアテナちゃんが開発したせいだろ!」

 さっきまでの真剣な空気が、嵐斗くんの顔が赤くなったことによって一気にふまじめな感じになる。

「俺は別に好き好んでアテナちゃんにケツ掘ってくれって頼んだわけじゃねーからな!?」
「うっそだ! めちゃくちゃかわいいうるうる顔でアテナちゃん入れて……って言ってくるじゃん!」
「それは……、それはそれ、これはこれだろ!」
「どれはどれだよ!?」

 あたし一個も間違ったこと言ってないじゃん。

「今考えるのはこどものことじゃなくて、アテナちゃんの親御さんのこと……」
「だから! 嵐斗くんのパパが人殺してたからって結婚許さないとか言うんだったらあたしがパパとママぶちのめすし!」
「俺のせいでアテナちゃんの家族喧嘩させたくない!」

 む、と口を閉じる。
 たしかに、嵐斗くんのことで親と喧嘩したら、そりゃ嵐斗くんは悲しいよな。でもうちの親は、そんな、親がどうだったからこどももこう、みたいな考え方しないと思うんだよな。
 だってうちのパパとママ、馴れ初めはふつうに逆ナンだし、ナンパするママも頭悪いけどそれについて行っちゃうパパも頭悪い。妹も今高校生だけど、脳みそタピオカ詰まってんじゃねーのってくらい馬鹿だし。
 でも馬鹿なのと、目の前の人のことをちゃんと考えていられるのって、全然別の話だ。
 頭よくても人を見下したりいじめたり、軽く見たりするやつはいる。だから馬鹿とか賢いとかは関係ない。

「会ってみなきゃ分かんないじゃん」
「だから、それが怖いんだって」
「……そっか……」

 よく考えたら、あたしは全然気にしないけど、嵐斗くんは自分のことなんだから気にするのは当たり前だ。
 嵐斗くんはこうしてふつうに振る舞ってるけど、調べたんだったらきっと細かいことも知っちゃったんだろうし、ショックだっただろう。
 誰にも相談できなくて、ぐるぐる考えて、それでひとりで抱え込んで、怖いよな。

「ごめん、嵐斗くん」
「え?」
「嵐斗くんの気持ち、全然考えてなかったね」
「……」

 困ったように眉を下げて、嵐斗くんは首を振った。

「ううん、アテナちゃんはいっつも俺のこと考えてくれてる。俺のほうが、自分のことばっかりだよ」
「……そんなことないよ」

 ちょっと高い位置にある嵐斗くんの頭をぽんぽんしてあげて、むちゅっと唇を押しつける。嵐斗くんも押しつけ返してくれる。

「ね、嵐斗くん、あたし一緒にいていい?」
「ん……?」
「別れない?」
「……うん」

 胸板に耳をぴったりくっつけて、心臓の音を聞く。あたしの頭を腕ががっつり抱き込んで、嵐斗くんがまたごめんって言う。

「ごめん。ひどいこと言った」
「あたしもいっぱいひどいこと言った。ごめん」
「俺、アテナちゃんと結婚したいからな。アテナちゃん以外は嫌だからな」
「んふ」

 うれしくなって笑う。
 泣いちゃって、メイクがべっしょべしょににじんでいるけど、嵐斗くんはそれを服の袖で拭ってくれた。

「んふふ、んへ」
「何笑ってんだよ」
「人生でこんなにプロポーズしてもらえると思ってなかった」
「……アテナちゃんが喜ぶなら、何十年後でもプロポーズするよ」

 あたしはにやにやしているのに、なんでか嵐斗くんは今にも泣き出しそうな顔をしていた。

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