魚雷のメンテナンス


 それから、嵐斗くんは表向きは普段通りに、お仕事をして、早番が合った日は夕飯を一緒に食べてお泊りをして、休日が合えばデートして、気が乗ればえっちなこともしていた。
 でも、一個だけ変わったことがある。
 あたしが話す前はちょいちょい口にしていた話題を、一切出さなくなったのだ。
 それは、あたしの家に嵐斗くんが挨拶に行く話。

「アテナちゃ〜ん、また魚雷さん来てる」
「しつけぇ〜……いないっつってください〜」
「そうもいかないっしょ」

 晶さんが、裏のスタッフ通用口から入ってきて一番に魚雷女襲来の報告をする。
 前みたいに問答無用で突っかかってきたりはしないものの、たぶんあいつはあたしが何かを掴んだことを感じ取ったのだ、しつこいくらいの質問攻めに遭う。
 そもそもあたしに内緒ごとは向いてないので、口が滑ってしまうのも時間の問題なため、衝突を避けたいところなのだ。

「こんちは……」

 しかし、結局晶さんの圧に負けて裏口から外に出る。土日しか来ないのがまだ不幸中の幸いですね。
 魚雷女が花壇の前に仁王立ちしている。もうその逆光のお姿だけで胃がきりきりする。
 胸の下を押さえていると、魚雷女が言い放つ。

「あなた、私に隠し事してるでしょ」
「……むしろ隠してないことのほうが少なくないすか」
「そういうことを言ってるんじゃないの」

 とうとうバレたか……いやつーかどっからバレた? サロンの人には当然嵐斗くんの事情なんて話してないし、魚雷女と愛子さんがつながってるとも思えないし、……あ。

「嵐斗の様子がおかしいから問い詰めたら、アテナちゃんから自分の親のことを聞いたって言うじゃない?」

 めちゃめちゃ自慢げに、してやったりみたいに言ってるけどさ。

「あんたまだ嵐斗くんにつきまとってたんすか? もうそれストーカーでは?」

 魚雷女がぐうとうなって黙る。が、すぐにまくし立ててきた。

「どうして私に言わないの? あなたがひとりで暴走したってろくな事がないんだから、私に相談してくれればよかったのに!」
「そりゃ……魚雷さんが相談相手として全然ふさわしくないからでしょ……」
「なんで!?」
「え、なんでってそれ本気で言ってる?」

 だって、モトカノで、嵐斗くんにトラウマ植えつけた張本人だよ? あたしにとっても嵐斗くんにとってもいいことなくない?
 というようなことを伝えると、魚雷女は呆然、って感じで呟いた。

「……私の接し方が嵐斗を傷つけてたの……?」
「今更オブザイヤーですね……」
「だって、私はこんなに嵐斗を大事にしてきたのに!?」

 大事にするってなんだろう。嵐斗くんをいじめっ子から守ることは大事にすることだ。でも、可哀想にねって言葉をかけてよしよしするのは、違うんじゃないのか。
 よく分かんないけど、人を大事にするっていうのは守りっぱなしのことじゃなくて、相手をひとりの人間だって認めて、同じ目線でものを見るってことじゃないのかな。
 少なくとも、嵐斗くんがされたい「大事」はそれだった気がする。

「……大事にするって、難しいすね」
「な、何よ……同情のつもり?」
「いや別に。だって同情するほど可哀想じゃないすもん」
「はあ!?」

 え、なんでそこでキレる? 同情されたいの?
 きょとんとして魚雷女を見ると、眉を寄せている。怒ってるの? なんでなの?

「あたし思ったんですけど、魚雷さんってもうちょっとメイクと髪型どうにかすれば、パッとしない感じ抜け出せる気がしますよ」
「あなた私のことそんなふうに思ってたの!?」
「別にそのパッとしないままでいいならいいですけど、もったいないなあって思います」
「私のどこがパッとしてないのよ! きちんと化粧してるし、髪型だって服だってちゃんと……!」

 それでちゃんとしてるつもりだったら目が悪い。
 眉は整えすぎて細すぎるし、ファンデの色が悪いのか首と顔の肌色が違いすぎるし、リップの色も浮いてるし、なんて言うか顔が平面だと思ってメイクしてる感バリバリなんだよな。
 髪の毛も、染めたことがあるのかは分からないけど黒髪なのにちょっと傷んで毛先がぼさぼさしてるし、服は……服はその死ぬほどコンサバなのが趣味ならもう止めないけど……。

「一回あたしのサロンにお客さんとして来てくださいよ、ヘアメイクやってあげます。絶対変わるっすよ」
「……別に私は今のままで……」
「じゃあいいです。無理にとは言わないんで」
「…………ほんとに変わる?」
「変わりますよ」

 やっぱ現状に不満あるんじゃん。

「あなたみたいなギャルにされたりしない?」
「あたしはこれが似合うからやってるんです。ギャルになりたいからギャルになったんじゃなくて、似合うファッションがギャルだっただけなんです」
「そうなの……?」
「だいたいギャルって気づいたらなってるもので、なりたいって思ってなるもんじゃなくね?」
「そ、そうなの……?」

 え、違うの?
 みんなはギャルになりたくてギャルになってるの……?
 あまりに疑われるので、ちょっと不安になってきて変な顔をしてしまう。

「ほかの人は分かんないけど……。あ、でも、だからつまり、魚雷さんに似合うメイクちゃんと選ぶから、ギャルにはされないっていうことだけ……」
「ふうん……、じゃあ予約入れてよ。あなたを指名してあげる」
「マジすか!?」

 初指名いただき! って、あたしまだ指名受けてないから当たり前なんだけど。
 嵐斗くん以外の生身の人間の髪を切るのは、練習以外では初めてなので、かなり緊張する。嵐斗くんも、接客業だから失敗できないプレッシャーはあるけど、魚雷女は代金をもらう、正真正銘ほんとのお客さんだ。

「あたしまだ指名受けてないから、魚雷さんの都合いい時間空けるんでよろしく!」
「じゃあ……」

 魚雷女が鞄からスケジュール帳を取り出し、ページを開く。毎週末ここ来ていちゃもんつけてんだからどうせ来週末も暇だろ、と思ったが、気が変わられては困るので口には出さない。

「来週の日曜のお昼でいい?」
「十三時くらいですかね」
「うん、それで」
「了解でっす! じゃ!」

 予約表に書き込んでカンタさんあたりに報告しようと通用口から中に引っ込むあたしに、魚雷女の声がかけられた。

「言っておくけど、嵐斗のこと隠してたのは許してないからね!」
「あざーっす!」
「話が通じてない!」

 ドアを閉めて、休憩室にいた晶さんに早速報告する。

「晶さん! あたし来週魚雷さんの髪の毛切ります!」
「え?」
「あたしのこと指名してくれたの!」
「あららぁ、いつの間に仲良くなったの?」
「ん? 仲良くなったのとは少し違う……」

 晶さんに事の次第を説明しながら、予約表を見ると、当然あたしは指名を受けてないのでもちろん欄がない。来週の日曜の十三時の欄外に「アテナ(イイヅカさん)」って書いておく。

「アテナちゃんが言ってること全部まるごと正しいけど、たまに心配になるわ」
「え? 何がすか?」
「魚雷さんがそうやって受け止めてくれる人だからよかったけど、逆恨みされたりしないでね?」
「……やっぱ思ったこと全部言ってたら駄目なんですかね……」
「駄目っていうか、たまに危なっかしいよね」

 にへら、と笑ってごまかして(ちょっと自覚があるので……)、カンタさんに報告しに行く。

「お、マジか? でもアテナ、今まだメンズカットしか受けれへん設定なんやけど」
「え、駄目ですか……?」
「いやまあ……うーん、せやなあ、これを機に指名枠出してみるか?」
「ほんとですか!?」
「魚雷ちゃんの出来次第やな」

 俄然やる気出てきた!
 やったるでえ!

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