やったか?(やってない)


 お肉とか卵とか買ったから冷蔵庫にたどり着きたくて、おっさんに、エントランスで待っててと告げて急いで嵐斗くんの部屋に戻る。
 めっちゃ用心しながら鍵を開けソッコー閉めてドアロックもかけて、材料を冷蔵庫にぶち込む。
 それから、覗き穴からしっかりと誰もいないのを確認してからドアを開けて素早く外に出る。

「……お待たせしました」
「いいえ」

 バチバチに警戒しながらおっさんの前に立つ。

「わたくし、川田善さんの弁護人を務めております、島崎と申します」
「……かわ……誰?」
「ああ、そうか。……五十畑嵐斗さんのお父さまですよ」
「……!」

 なんとなくそうかなって思っていたらやっぱりそうだった。
 でもなんで? なんで嵐斗くんの父親の弁護士が嵐斗くんの居場所を知ってるんだ? 愛子さんが口を割るわけない……。

「なんで……?」
「なんで、とは?」
「なんでここが分かったの」
「ああ……うーん、説明すると難しいのですが、五十畑愛子さんがおこなわれた養子縁組の方法なら、こちらから嵐斗さんの所在を調べることは可能なんですよ」

 よく分からないけど、できるんだ、ってことは分かった。
 たぶんそれって、やり方さえ知ってれば、嵐斗くんだって自分の親にたどり着けるってことなんだろうな……。

「……で、何の用事で弁護士さんここまで来たんすか」

 警戒心剥き出しでトゲトゲした言葉で返せば、弁護士のおっさんは胡散臭いくらいにっこり笑って言った。

「いえ、何、川田さんが嵐斗さんとまた一緒に暮らしたいとおっしゃるので、嵐斗さんの意思を確認にまいりました」
「…………ア?」

 小学生だった嵐斗くんの目の前で? 人を数十ヶ所もメッタ刺しにしておいて? どのツラ下げて? 一緒に暮らしたいだあ?

「あのさあ……無理だろ」
「なぜです?」
「いや冷静に考えろ? 嵐斗くんの父親、嵐斗くんの目の前で人殺してんだよ?」
「それは嵐斗さんを守るためでした」
「いやいやいや、嵐斗くんがどんだけショックだったと思ってんの? マジで大人としての配慮がなさすぎない? 常識がない。ヤバい。嵐斗くんが一緒に暮らしたいと思ってるとかおめでたいこと考えてるんだったら、マジで頭がおかしい」
「決めるのはあなたではなく嵐斗さんですので」

 はあ〜? 何この話の通じなさ? 弁護士って、頭いい人ってもしかしてみんなこんなんなんか? 馬鹿でよかった〜!
 だってふつうの神経の人間なら、自分の目の前で人殺しした父親と、時が経ってたとしても一緒に暮らしたいと思うわけがなくない?
 よっぽど嵐斗くんが父親のことめちゃくちゃ大好きだったとかじゃないと成立しなくない?
 しかも記憶失うくらいのショック受けてんだから察せよ。

「とにかく! あんたと嵐斗くんは会わせねーからな!」
「それも決めるのはあなたではないので」

 いやそこだけ正論ぶちかましてくんじゃねーぞクソインテリが。
 埒が明かない、とあたしが思ったのと同時に向こうがこれ見よがしにため息をついた。

「本来あなたと話すようなことではないのです。これは川田さんと嵐斗さんの問題ですし、あなたは赤の他人なので」
「じゃあさっさと消えろよ。そんで二度と顔見せんな」

 にーっこり、胡散臭い笑みを浮かべ、おっさんが立ち去る。
 これはヤバい。このままでは嵐斗くんは遅かれ早かれ事実を知ってしまう。しかもあんないけ好かないインテリおやじの口から、最悪のかたちで。
 スマホの履歴に残っていた施設の電話番号にかける。

『よつばこども園です』
「小森といいます! 五十畑さんいますか!?」

 食い気味にかぶせると、年配の女性だったその受け手は、ん、と息を呑んだあと保留にしてくれた。

『もしもしアテナちゃん?』
「愛子さんヤバいよ! 嵐斗くんの父親が嵐斗くんと会おうとしてる!」
『……どういうこと?』
「今嵐斗くんの家にいるの、そしたらエントランスで嵐斗くんの父親の弁護士だっつーおっさんに話しかけられて、父親が嵐斗くんを連れ戻すつもりだとか言ってきて!」
『嵐斗は今家にいるの?』
「ううん、仕事。愛子さん、どうしよう……」

 愛子さんは悩むように少し黙ったあと、静かに言った。

『アテナちゃんは、どうするのが正解だと思う?』

 どう、って……。
 少しだけ戸惑って、足りない頭でぐるぐる考えて、はあ、とため息をついた。



 嵐斗くんの早番が終わる時間を少し過ぎた頃、スマホが震えた。チキンライスのためにピーマンを切っていたあたしは、出られないのでそれを無視する。
 しばらくして、テーブルの上でぶるぶる言っていたそれが静かになった。次の瞬間また鳴った。

「……」

 今手濡れてんだよな〜。どうしようかな〜。
 とりあえず、濡れた手でピーマンを掴んだままスマホの画面を覗くと、嵐斗くんだった。

「?」

 今から帰るよ、のコールにしてはしつこい。もうすでに三回目の着信。
 ピーマンを握ったまま首を傾げていると、ラインの通知で画面が光った。

『無事!?』
『大丈夫!?』
『ぶ』
『じ!?』

 なんかすごく慌てているみたいだ。なんであたし無事かとか聞かれてんの? ……もしかして包丁で指切るとか火加減間違えて火事起こすとか思われてる?
 手を布巾で拭いて、嵐斗くんからの四回目の電話に出る。

「もしもし?」
『アテナちゃん!? 大丈夫!?』
「ピーマンくらい切れます〜、馬鹿にすんなし」
『は? ピーマン?』
「ん?」

 ぜえぜえと息切れしているところを見るに、走っているようだ。店から渋谷駅までの道の途中かな。
 なんだか会話が噛み合わないなあ、と思っていると、嵐斗くんが唸るように言う。

『変なおっさんは? 無事だった? なんもされてない!?』
「……あっ、それで心配して電話くれたの?」
『ほかに何があんの!?』
「いや、てっきりあたしが料理失敗して家が燃えてないかとかそういうの心配してんのかと」
『アテナちゃん馬鹿か!?』

 馬鹿ですけど。

「無事です、大したおっさんじゃなかった」
『……まさかやった?』
「ううん。帰ってもらった」
『……今から電車だから帰ったら詳しく聞くわ……』

 一気に脱力した様子の嵐斗くんに、ほいほーい、と返して通話を切る。まさかやった? って何をだよ。
 嵐斗くんが帰ってきたら卵を焼くことにして、チキンライスを炒めていると、玄関のほうでがちゃがちゃと音がして、ドアが開いた。

「ただいま!」
「おかえり〜」
「アテナちゃん変なおっさんって……」
「嵐斗くん」

 チキンライスにケチャップを入れる前に火を消した。
 嵐斗くんをダイニングで出迎えて、にっこり笑う。

「そこ座って」
「は?」

 テーブルの椅子を示すと、駅から家までも走ってきたらしい、汗びっしょりの嵐斗くんがぽかんとした。

「大事な話があります。座ってください」
「……あ、はい……」

 嵐斗くんが椅子に座ったのを見て、あたしも反対側の椅子に腰かけた。

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