愛されて育った
二〇〇四年という数字と、宮城県、虐待、事件というワードを入れてとりあえず検索をかけていろいろと調べ始めてもう一週間経つ。
胸糞悪そうな予感のまとめサイトやなんかを踏まないように気をつけて少し探ってみたところ、気になるページが引っかかっているのを見つけた。
「……仙台交際女性殺人事件……?」
なんで虐待じゃないのにこれ引っかかるんだ? と思ったが、けっこうでかい事件だったらしい。しかもこの事件関連っぽいページが意外と引っかかる。でも、記事の日付はだいたいが二〇〇三年で、合致しない。
二〇〇三年って言ったら嵐斗くんが松本にやってくる一年前だから、少しタイミングが違う。
だいたいなんで年が違うのに引っかかるんだよ……。
無視して、今度は二〇〇四年で宮城県、事件、こどもでも検索をかけてみる。さっきの事件は引っかからなかったけど、ほかの事件も特にそれらしいものはなかった。
「……交際女性……」
気になって、結局もう一度、今度は年を二〇〇三年にして検索してみる。さっきよりたくさん、その事件関連のページがヒットしたみたいだった。
検索一覧から読めるチラ見えの文章では何が何だか分からないので、とりあえず読もうと思ってウィキのページを開く。
「…………これ、って……」
概要の欄に書かれていたのは、二〇〇三年十二月二十七日、父子家庭の父親が交際相手の女性を刺殺した、というやつで、更に読み進めると、こどもの目の前で犯行がおこなわれた、という生々しい詳細も分かった。
裁判経過の欄には、交際相手の女性によるこどもへの性的虐待に耐えかねた父親の……読めないので検索……じょ、情状酌量が弁護士により訴えられて……と書かれている。
心臓がぎゅっと握られているような気持ちになりながら、新しくタブを開いて「仙台交際相手殺人事件」で検索をかける。
たくさん、嘘かほんとか分からないような情報まとめサイトが出てくるのを、勇気を出して開いてみる。
当時小学五年生だった男の子に。父親の交際相手が性行為を強要。現場に遭遇した父親がキレて交際相手をその場で殺害。
「……、……これ、だ……」
頭の奥がじんじんと痛い。
愛子さんが、教えたくないと言った理由が今になって分かる。
泣きたくなって吐きたくなって、トイレに駆け込んだ。便器に向かってみたけど、なんにも吐ける気がしなかった。代わりに涙がぽとんと一滴、張られた水に落ちた。
「う、おえっ」
汚い声を出して、この気持ちを全部吐き出してしまいたかった。
右手に握ったままのスマホが通知を告げた。
『来月のシフト出た?』
嵐斗くんからのメッセージだった。
通知をスワイプで消して、涙を拭ってトイレの床に座り込む。そして、さっき開いたウィキのページをもう一回開いた。
見たくない現実を見つめながら、ふと裁判経過の欄に気になる言葉を見つけた。裁判がどう進んだのかが延々書かれている中に、数字。
「二〇〇四年に、懲役十五年が確定……」
それが長いのか短いのか、妥当なのかそうでないのか、あたしには分からない。懲役十五年という結論に至った過程もいろいろ書かれていたけど、今は一個も頭に入ってこない。そもそも使われている言葉が難しくてよく分からない。とりあえず判決が出たのが二〇〇四年なら、最初の検索で引っかかったのも理解できた。
そして言えることは、嵐斗くんの目の前で恋人を殺した父親は、もう刑務所を出ているってことだ。えっと、いちにいさんしい…………去年出てきたばっかりか……。
「……」
嵐斗くんの名前や写真が出てきたわけじゃない。
でも、宮城県という土地や男の子の年齢、父子家庭、交際女性というキーワード、そして時期もぴたりと一致して、魚雷女が言っていたようなショッキングな事件であることも、全部がこの「当時小学五年生だった男の子」が嵐斗くんだと告げている。
こんだけ証拠揃って「違いますね」ってシラを切れる奴がいたらお目にかかりたいくらいだ。
ただ気になるのは、嵐斗くん自身が「俺の人生のスタートは小学六年生」と言っているのに、事件があったとき男の子は小学五年生だったということだ。
……十二月二十七日、というとかなり年末。三月が年度末だから、この男の子が小学五年生でいられるのはあと三ヶ月。でも嵐斗くんが松本にやってきたのは、小学六年生の九月。
「算数難しい……」
トイレの床が冷たくて、ドアに後頭部を預けて天井を見る。
そして手の中のスマホをちらりと見て、今度こそ理解しようとウィキの裁判経過の欄を、ときどき漢字の検索をしながら読む。
……刺し傷は数十ヶ所に及び強い殺意を……こどもの前での凶行……求刑通りの十五年を……。
読めば読むほど、胸糞悪くなってきて、悲しくなってくる。
父親が、何に腹を立てたのかは分からない。恋人に裏切られたことについてなのか、自分のこどもに手を出されたことについてなのか。でもそれでも、どちらにしたって嵐斗くんの目の前で殺すなんてことしなくてもよかったはずだ。
前に魚雷女に感じたことを思い出す。あたしだったら嵐斗くんに教えてあげると思うのに、って。
ほんとかな。
あたし、これを嵐斗くんに言えるか? 嵐斗くんのパパ、恋人を嵐斗くんの前で刺し殺した犯罪者だよ、って?
……言えないだろ……。
「……」
ほぼほぼ間違いないとは思っているけど、もしかして違うかも、というちょっぴりの希望を夢みて、ネットで施設の名前を検索して電話をかける。
『はい、よつばこども園です』
「あ、えっと、小森と言います、五十畑さん、いらっしゃいますか?」
『五十畑ですね、少々お待ちください』
若い男の人の声が取り次いでくれて、保留になる。音楽が途切れて、アテナちゃん、と愛子さんの声がした。
『先日ぶりね、どうしたの?』
「え、と……」
勢いで電話をかけたはいいが、どう話を切り出せばいいのか分からなくて少し考えたあと、結局直球で言う。
「嵐斗くんの、親のことなんですけど」
『そのことなら……』
「まさか、仙台の、こどもの目の前で恋人殺したっていう父親じゃ、ないですよね……?」
『…………』
愛子さんが黙った。黙って、しまった。
違うわよ、って一言言ってほしかった。馬鹿なこと言わないのって言ってほしかった。
『……アテナちゃん』
「……」
『嵐斗には、言わないで』
「…………」
愛子さんの声が小さく震えていて、嵐斗くんはほんとうにちゃんと愛されて育ったんだな、って、場違いなことを思ってしまった。
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