嵐斗くんもするんだね
ホテルの部屋で嵐斗くんがシャワーを浴びている間に、スキンケアを済ませる。
ブリーチを繰り返した髪は乾くのが遅い。トリートメントオイルをしっかり擦り込んで、丁寧にドライヤーを当てる。
バスルームから顔を覗かせた嵐斗くんが何か言っているが、風でまったく聞こえない。
「え? なに?」
一度ドライヤーを止めて、そちらを見る。
「アテナちゃん、洗面台にブラジャー忘れてる」
「おっと。置いといて、あとで取りに行く」
てかそんなことわざわざドライヤーしてる人に言わんでもよくないか。
そして結局、置いといて、と言ったのに嵐斗くんはブラジャーを持って出てきた。バチバチにかわいいピーチジョンのブラ……。
「アテナちゃん、細いくせにおっぱいは意外とあるよな」
「タグ見んな」
「D70のこの数字は何?」
「アンダーバストのサイズ」
あたしも、よく分からないけど店員さんに計測してもらってこれですね〜と言われるがままのサイズをつけているので、まあたぶん胸のふくらみの下が七十センチあるんだろうなあ、くらいしか分かってない。
「女の子って細いよな……俺のウエストは七十センチ以上あるのに」
「そうなんだ? 男のスリーサイズ全然分かんないや……、……嵐斗くん自分のスリーサイズ知ってるの!?」
「いや、知らんけど、一応服選ぶときにウエストとヒップは気持ち気にするから」
「なるほど」
そういうものか……MサイズとかLサイズっていう感覚で着てないんだ?
「デニムとかパンツってけっこうそういう概念なくない?」
「あ〜……なるほど?」
そんな上等なデニムはいてないんで……Sサイズのデニムをいつもはいているんで……。
「アテナちゃんの身長でSだと短くないの?」
「正直、あんま長さは変わんない」
「そうなんだ」
どうやら禁煙ルームだったらしい、嵐斗くんが煙草とライターをちらつかせて言う。
「ちょっと一服してくるな」
「うん。鍵持ってき忘れないでね」
「めんどくさい。ラインするから開けて」
「あいよぉ」
ドアが閉まる。
嵐斗くん、ふつうだな。十年ぶりに帰ってきたのだから、何かいろいろあるかなって思ったけど。
それよりも、教えてもらえるはずだった嵐斗くんの過去をはぐらかされたことのほうが問題だ。魚雷女にはぐらかされた嵐斗くんの気持ちは想像しかできないが、こんな感じだったのかな。
……魚雷女と言えば、愛子さんから聞いたあの女の来歴はひでえもんだったな。
フェイスブックのとおり藤沢出身であることに間違いはないんだけど、嵐斗くんの何年か前に松本に転校してきて、嵐斗くんが施設のこどもだと知るや否や謎の正義感を振りかざして過保護になったのだとか。
そしてもちろん嵐斗くんの失われた記憶については、知らない。
「ふざけんなよマジで……」
マジで! 嵐斗くんをもてあそびやがって! 許さねえぞ!
ぼすぼすと枕を魚雷女に見立てて殴っていると、嵐斗くんからラインが届いた。
『開けて〜』
のんきかよ!
「おかえり」
「ただいま。……なんか機嫌悪い?」
「嵐斗くん! えっちしよ!」
「は!? ちょっ……」
あたしがそう叫んだせいか、嵐斗くんが慌てて身体を部屋の中にするりと滑らせてドアを閉めた。
それから、ベッドの前まであたしの身体をぐいぐいと押して、ツインの片っぽに座らせて、嵐斗くんももう片っぽのベッドに座った。向かい合って、首を傾げられる。
「なに、急に」
「急にじゃない!」
「いや急だろ」
「ちゃんとお道具箱持ってきたの!」
「何考えてんだよ!」
キャリーの中から、大ぶりのポーチを取り出し、ファスナーを開ける。中から転がりだした大人のおもちゃとローションとゴムに、嵐斗くんが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「アテナちゃんいっつも加減してくんねーんだから! 明日に響いたら旅行台無しだぞ!」
「でもあたし今めちゃくちゃ嵐斗くんを抱きたい!」
「駄目!」
「駄目じゃない!」
言い合いが平行線だ。なんだかんだと言い訳を連ねて駄目だと言い張る嵐斗くんと、自分の欲望をこれでもかと突き刺していくあたし。
「嵐斗くん、明日あたし電車夕方に取ってる! ってことは、嵐斗くんが午前中死んでても、午後から松本城行ってごはん食べて、電車に乗るのは余裕じゃない?」
「城しか見るつもりねーんか!?」
「ほかに何があるの!?」
「松本馬鹿にすんな!」
いや、そういうつもりじゃなくて、嵐斗くんが観光地を城しか言ってくれてないんじゃん? あたし調べてないからほかに何があるか知らんし!?
そして、たぶん松本には、観光地と言うかあたしの気を惹きそうなものがないのだろう、もしくは嵐斗くんにそういったものが思いつかなかったのだろう、はああ、と深々ため息をついて、ちら、とおもちゃを見た。
「ところでアテナちゃんさあ」
「何」
「こないだ俺に、今更ちんこだけでイけないだろとか言ってたじゃん」
「言ったねえ」
こないだっていうか、常々言ってるし思ってることだよな。あんだけ後ろ開発したんだから、そろそろ前だけでイけるかどうかはかなりあやしい気がするんだよな。
急に変わった話題についていこうととりあえず相槌を打つと、嵐斗くんが黙り込んだ。
「……」
「……」
「……」
「それがどうかしたの?」
なんで黙るんだ?
「……こないだオナったとき……」
「嵐斗くんでもそういうことするんだね」
「俺をなんだと思ってんだよ……、で、オナったとき、というか正確にはオナろうとしたとき……」
言い淀む嵐斗くんに、なんとなく察する。言いづらい理由も、言いたいことも。
にま、と口端が歪む。
「……見せてよ」
「は?」
「あたしにオナニー見せてよ」
「何言って……」
「前だけじゃイけなかったんだよね?」
「……」
嵐斗くんが座っているほうのベッドに乗り上げて、膝を跨いでのしかかる。
乳首のあたりを人差し指でぷにぷにと突きながら舌なめずりした。
「やり方が悪かったのかもよ……? ね、他人の意見も聞いて、参考にしてみようよ」
「…………」
ごくり、と嵐斗くんが喉仏を上下させた。
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