06


「寝ないのか?」
 テーブルの上で書き物をしていたシディアンが、ベッドに横にならず座り込んで窓にかかじりついて外を見ているセレネに声をかけた。セレネはゆらりと振り返る。唇を噛む。
 真冬の、吹雪の夜だ。
「寝られないか?」
 そう言って、シディアンは立ち上がり、台所へ向かう。鍋を火にかけて何かをしているシディアンに首をかしげ、セレネはぼそりと呟いた。
「外、あったかいかな」
「……いや、雪は冷たいぞ」
 振り返って怪訝そうに言ったシディアンを無視して、セレネは窓の外、雪の吹きすさぶ景色をじっと見つめた。部屋の暖炉の薄明かりに照らされて幻想的な雰囲気で舞い落ちる雪に触れてみようと窓を開ける。
「セレネ、冷える」
 ベッドに戻ってきたシディアンが、開けた窓を手早く閉め、セレネにコップを差し出した。なんだろう、と思いつつ受け取るとそれは温かい。立ち上る匂いは、セレネの好きな牛乳だった。
「……これ」
「眠れない時は体を温めるといい」
「ありがとう」
 そっと口をつけると、少しだけ熱い。こくりと一口飲んで、セレネは鼻をすすってシディアンにそのコップを差し出した。自分に突き出されたそのコップを戸惑うように見たシディアンが首をかしげた。
「……いらないのか?」
「シディアンもあったまるよ」
「……」
 シディアンは黙って受け取り、セレネと同様一口飲んでセレネにそれを返す。
「君に温めた分だから、君が飲みなさい」
 好きだろう、と言われて頷く。たしかに、この濃厚でコクのある温かい牛乳が好きだ。喉に絡みつく感じがたまらなく安心する。
 コップを両手で握りしめて、セレネはまた窓の外に目をやった。ぽかぽかと体が温まってきて、手のひらは少し熱いくらいで、踊り狂う雪を見つめる。
 どうしてあったかいかと思ったのだろうか。自分でも不思議に思うが、それでもやはり、幻想的に明かりに照らされる吹雪の中は妙に暖かそうで。
「……ほんとうに冷たい?」
「そうだな。しもやけするぞ」
「しもやけ……」
「じんじんして、指や足が膨れる」
「……」
「もう、寝なさい」
 優しく頭を撫でられて、空になったコップをつまみ取られる。シディアンがテーブルにそのコップを置いて、暖炉の火の様子を見ている。
 毛布をかぶって横になり、セレネはもう一度だけ窓の外をちらりと見やった。
 たしかに、窓際は少し寒い。けれど、手のひらも、体の中もこんなにほっこりと温まっているのに、それでもどうしても雪が恋しい。
「シディアンは、まだ寝ないの?」
「俺はもう少しやることがある」
「……おやすみ」
「おやすみ」
 目を閉じると、真っ暗だった。
 シディアンが牛乳を自分のために温めてくれたこと、を考えながら、セレネは少しずつ夢に足を引きずられていった。意識が途切れる前に、シディアン、と呟いてみる。
 何か、大きくて暗い不安に押し潰されそうだ。
 しかしその呟きはシディアンには届かなかったようで、返事はなかった。

 *

maetsugi
modoru