05


 家に着いて台所に買ってきた野菜とパンと肉を並べ、セレネはそれとにらめっこしていた。
 肉は、どういうふうに調理すればいいのだろうか。見たところ、骨はついていないようだ。焼けばいいのだろうか。
 シディアンに聞いてからのほうが絶対にいいに決まっているが、もし今日シディアンが帰ってきて肉が食卓に並んでいたらきっとうれしい。そう考えたセレネは、果敢にも肉料理に挑戦することに決めた。
 野菜と一緒で、きっと火を通せば食べられる。焼くか煮るかすればいいのだ。と考えて、輪切りの野菜と一緒に焼くことにした。
 その結果、なんとか香ばしいにおいをさせた焼肉が出来上がり、これは成功した、と文句なしに言える状態で皿に盛りつけることができた。
 テーブルに並べた皿を、座って眺めて待っていると、扉が開いた。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
 シディアンが帰ってきた。荷物を扉の近くに置いて、シディアンは食卓を見て微笑む。
「おつかいはちゃんと行けたみたいだな」
「うん……でも」
「でも?」
 シディアンの眉が怪訝そうに寄せられた。セレネは、もじもじしながら、自分は字が読めないらしいことと、お金の数え方が分からないことを伝えた。自分が無知であることを知らせるのは、なんだか事実であっても恥ずかしい。
セレネの言い分を聞き、シディアンは、ああ、とため息をついた。
「そうだな。その可能性を忘れていた。悪かった」
「でも、町の人が助けてくれたから……」
 あった出来事をかいつまんで話せば、シディアンは少し考えて呟いた。
「八百屋のおばさんが?」
「うん」
「そうか。あのおばさんは親切だからな。肉屋にもついてきてくれたのか?」
「ううん。肉屋のおじさんにもパン屋のお姉さんにも、同じように助けてもらった」
「……ちょっと、お金をテーブルに出してみろ」
 セレネは、おばさんの話をしていたときとは打って変わって険しい顔をしたシディアンに疑問を抱きつつ、布袋の中身をテーブルにひっくり返した。そして、シディアンは大仰にため息をついた。そのため息の深さに、セレネは思わず縮こまる。
「一番大きな硬貨を取ったのは、肉屋か、パン屋か」
「に、肉屋のおじさん」
「セレネ」
「は、はい」
「君は、だまされた」
「えっ?」
 きょとんとしてシディアンを見つめると、彼は、小さな硬貨を指差して言った。
「俺が買ってこいと言った肉の量なら、これだけで済むはずだ。一番大きな硬貨が消えるはずがない。あの硬貨は、万が一のことがあった時のことを考えて入れておいただけなんだ」
「……?」
「つまり、肉屋のおやじはセレネがお金の数え方を知らないのをいいことに料金以上のお金を取ったんだ」
「えっ」
 人のよさそうな笑みを浮かべていた肉屋の店主を思い浮かべる。そんなことをするような人には見えなかったのに。
「根はいい人なんだが、あのおやじはそういうところがある」
「そんな……」
「人を信用しすぎたら、駄目だ」
 セレネはうつむいた。あんなにいい人に見えたのに、という気持ちと、きちんとおつかいを果たせなかった罪悪感と劣等感が襲ってくる。せっかく、シディアンが自分を信用してお金を預けてくれたのに。数えることはできないが、お金が生活に不可欠な、大事なものだということくらいは分かる。
 下を向いて今にも泣きだしそうなセレネを見たシディアンは、三度目のため息をついた。
「俺は肉屋のおやじに怒っているのであって、別に君に怒っているわけじゃない。君が字の記憶までなくしているとは思っていなかったから」
「……」
 たぶん、字の記憶はもともとなかったのだ、とは情けなくてとても言えなかった。
「ただ、今後こういうことがあると困るから、字とお金は勉強しよう」
「……」
「セレネ。いつまでもしょんぼりするな。失敗は誰でもする」
 大きな手が、セレネの髪をぐしゃぐしゃと撫でる。ずずっと鼻をすすると、シディアンはその手でセレネの小さい頭を掴むようにして揺らした。
「次に買い物に行く時までに、お金の数え方を覚えよう」
 そう言って、シディアンは硬貨をテーブルに並べて、セレネに見せた。そして呟く。
「肉屋のおやじには、俺からきつく言っておく」
「でも、いい人だったのに」
「セレネ、世の中は思うほどいい人ばかりじゃない。俺だって、いい人なわけじゃない」
「シディアンはいい人だよ」
 慌ててそう言えば、シディアンはなんとも言えない、苦いものを飲み込んだあとの取り繕うような笑みを浮かべた。

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