01


 セレネにとって、城下町の市場はいつ行っても何度訪れても、珍しいもので溢れている。
 特に雪融けのあと、遠方からやってくる行商人たちでにぎわう時期になると、通りはお祭り騒ぎの人々でごった返し、セレネでなくとも初めて見るような商品ばかりだった。
「今日はこれだけ?」
 肉屋の店主が残念そうに声をかけるのに、セレネは頷いて、商品を籠に入れて硬貨を手渡した。すっかり、お金も数えられるようになり、文字も読めるようになったセレネは、儲けの少ないことにがっかりしている店主の心情に気づけない。
 そして、そのまま店主に話しかける。
「ねえ、おじさん。広場でさっき、不思議な格好をした人たちがいたんだけど、何をする人たちなの?」
「不思議な格好〜?」
「すごく派手な色の服を着て、背の高い帽子をかぶっていた」
「ああ、そりゃあ大道芸人だな」
「だい、どうげい、にん?」
 店主は、にっこり笑って広場のほうを示した。
「帰る前に、少し見て行けばいい。なんなら、その一番小さいのでいいから、硬貨を投げてやんな」
「どういうこと?」
「大道芸人ってのは、ふつうの人にはできないような卓越した芸をする奴らのことだ。ふつうの人ができない珍しい芸を見せる代わりに、見物人から金を取るのさ」
 ふうん、とよく分かっていないふうに相槌を打ったセレネにため息をひとつ、とにかく、と店主は言う。
「金を握りしめて、広場に行ってみろ」
「うん……」
 今日の買い物はすべて済ませたセレネは、言われた通りに広場に引き返す。今日はシディアンが、午前中で帰ってくると言っていたから、もしかしたらもう帰宅しているかもしれない。自分がこうして寄り道していたら怒るかもしれない。とは思いつつ、大道芸人、という人々のことが気になった。
 ちょっと寄り道するだけ。
 広場の入口に差し掛かったとき、セレネは、おや、と思った。先ほどよりも、混雑が激しい。人で溢れ返っている広場に不思議に思っていると、広場の中央から軽快な音楽が届いて、よく通る声が響き渡った。
「お次は世にも珍しい、軟体人間のお出ましだよ!」
 わあ、と観衆が沸く。セレネも、中央で何がおこなわれているのか見ようと思うが、人を掻き分けても掻き分けても、なかなか辿りつけない。
「わっ、わあっ」
 そして、押しの弱いセレネは、とうとう人混みに押されて広場の隅に放り出されてしまった。途方に暮れて、指を咥えて恨めしく広場を見つめるしかできない。
 そして、うう、と唇を曲げて人の頭を見ているうちに、拍手が何度か繰り返され、おしまいらしく、音楽も鳴りやんでしまった。人がはけていく。
 セレネは、大道芸人を見ることが叶わなかった失望で、しょんぼりして去っていく人々を見ていた。
 名残惜しく、人がいなくなった広場の中央を見ると、ぽつんぽつんと残る町の人に混じって、奇妙な格好の男がひとり立っていた。せっせと、地面に落ちている硬貨を拾っているようだった。
 ということは、彼も大道芸人なのだ。そう思ったセレネはそっと男に近づく。
 セレネの影に気づいた男が顔を上げて、凝視する。視線にどぎまぎしながら、気丈にも口を開いた。
「あの、大道芸人さんですか?」
「いかにもそうですが。きみは?」
「わたし、セレネです。見たかったのだけど、人がたくさんで見られませんでした」
 遠慮のないぶしつけな視線に、びくびくしながら、セレネは自分の素直な気持ちを伝える。すると男が首を傾げた。
「きみは猫の耳の種族だね。仲間入りしたいのか?」
「……え?」
「瞳も、オッドアイでうつくしいし、見世物としては優秀だ」
「……?」
「うちは、サーカスみたいに集団で回っているけど、助手としてきみのような異物がいてくれると人目を引くし、いいかなと思う。どうだい?」
「……」
 先ほどからセレネは、みずからに向けられる言葉たちの違和感に気づいていた。見世物、とか、異物、とか。
 サーカスの意味も分からないしセレネは芸を見たかっただけで仲間になりたいわけではなかったので、男が言っていることの半分も理解はできなかったが、それでも分かる、男はセレネを奇妙だと言ったのだ。
 ぺたりと耳を垂らして、セレネは首を振るのもやっとで踵を返す。男も、強く引き留めるつもりはないらしく、ねえ、とか、ちょっと、とか数度声をかけただけで終わった。とぼとぼと家路を歩きながら、セレネはなんだか泣き出してしまいそうだった。

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