エピローグ


 季節は巡り、またこの国に雪がしんしんと降りそそぐ。
「せっかくのいい日なのに、降ってきちゃったね」
 年かさの侍女が作業しながら話しかけてくるのに頷いて、セレネは窓の外を見た。薄暗い空から、はらはらと雪の破片が落ちてくるのをセレネがぼんやりと眺めていると、次の瞬間、コルセットをつけた胴を紐できつく締め上げられて情けない悲鳴を上げる。
「これくらい我慢しないと。大人の女になれないよ」
「うう」
 胴を締めた上から、きらびやかな装飾の施された服を着る。ぴったりと肌にまとわりつくように細いそれは、なるほど胴を締め上げなければとても着れたものではなかった。
「素敵」
「ええ、とても素敵」
 くすりと笑った侍女が、着るのを手伝う。ふわりと広がった、普段のお仕着せとは全然違う豪奢なスカートに心が躍る。あまりそういうのに興味のないセレネでも、憧れくらいは抱いているのだ。
「天気があいにくだと思ったけど……」
 スカートの腰紐を引っ張りながら、侍女がそっと呟く。
「雪の花嫁も情緒があっていいかもね」
「……」
「団長様も、きっと惚れ直すよ」
 恥ずかしくなってうつむいたセレネに、侍女はくすくす笑って仕上げとばかりに紐を締め上げた。
 窓の外は、昼なのにどこかどんよりしていて、だけどやっぱり、あったかそうだと思った。
 そっと手を伸ばす。雪がひとひら、手のひらに乗ってすぐに体温で溶けていった。
 服を着たあとは、ほんのりと薄化粧をする。今までまともに化粧というものをしたことがないので、セレネは青白い頬や唇が桃色に染まるのを、鏡越しに熱心に見た。ほんのりと赤くなった薄い唇はなんだかまるで、他人のもののようだと思う。
長いヴェールをかぶされる。薄い透けた布とは言え少し視界が悪く、セレネは侍女に手を握っていてもらわないと歩けなかった。それに、ボリュームのあるスカートが慣れなくて動きづらい。
 しずしずと廊下を歩きながら、自分の顔がぽかぽかと火照っていくのを抑えきれない。扉の前に着くと、二人の兵士が待ち構えていて、両開きの厳格な雰囲気のそれを押し開けた。外に出る。
 少し寒いくらいの気温だが、そんなことも気にならないくらい、がちがちに緊張していた。
そっと顔を上げると、ヴェールと雪の欠片の先に、シディアンの姿が見えた。視界は悪いが、彼の顔はほんの少しこわばっていて、緊張しているのは自分だけでないことに少しだけ安心する。
うっすら積もった雪を靴で踏みしめる。さく、と音がする。やっぱり、冷たいのにあったかい。始まって間もないのに、すでに泣きそうになっている自分がいることに気付く。泣いちゃうとシディアンを困らせるだけなのにな。
一歩一歩雪を踏みしめてようやく、きらびやかな式典用の軍服を着込んだシディアンの横に立つ。
「雪だな」
 シディアンが静かに囁いた。
「うん」
「悪くない」
「……うん」
 微笑んだシディアンに、やはりセレネは涙を堪えることができなくて、うつむいた。シディアンはそれを見て、やはり困ったように笑う。
「泣き虫なのは、相変わらずだ」
「うう」
 口を、わざと尊大に曲げて顔をしかめてみせたシディアンが、セレネの手を取った。
「君には笑顔でいてほしいんだが」
「うん」
 セレネは、今にも涙が零れ落ちそうな潤んだ瞳をぎゅっと引き絞って、笑って見せた。その拍子に、涙は重力に逆らわず、花嫁衣裳にぽたりと落ちて薄い小さな染みができた。
 やはり雪の中は、窓の内側から見ていたころに思ったとおりの、優しくてふんわりしていて暖かい世界だった。
 雪が、ほとりほとりと空の裂け目から落ちてきていた。


20150304~20150417 eco miyasaki

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