06


 翌日のパレードも、大きな乱れはなく進んだ。国中から、新しく若い王の姿を一目見ようと城下町に国中から民が集まって、大通りはすさまじい混雑だった。先日の父王の国葬でもここまでの人は集まらなかった気がする。それだけ、ヴェルデがこの先を期待されているということだ。と気を引き締める。
普段の大通りの姿を知っているだけあって、こんなにも人がおさまる場所なのか、と驚いてしまう。いや、実際のところ押し出されておさまりきっていないのではないかとすら思う。
 そのおしくらまんじゅうの人混みの中に、セレネの姿があった。
 庭師仲間だろうか、同じ年頃の少年と二人で物珍しそうに隊列を眺めては、興奮したように何かおしゃべりをしている。気にはなったが、そちらばかり見て警備がおろそかになっては元も子もないので、早々に視線をそらした。
 隊列が大通りの端で折り返して城に戻り、これでヴェルデの王座継承とお披露目が終了する。
「さて。これからががんばりどころですね」
「そうですね」
「君も忙しくなりますよ」
「……そうですかね」
「まあ、兵士宿舎と使用人宿舎は隣同士ですから」
「何がおっしゃりたいのですか」
「一人暮らしは寂しいのではないですか?」
にたりと不敵に笑ったヴェルデを王の執務室まで送り届け、シディアンはようやく解放された。今日はこれ以上することがないので兵士の鍛練を監督しようと宿舎に向かって庭を横切る。
 庭には、遅咲きの冬の花と早咲きの春のつぼみが共存している。日差しが暖かく、少しまぶしいくらいでシディアンは目を細めた。
「シディアン!」
 振り向くと、両手で大きな箒を抱き込んだセレネがこちらに転げるようにして走ってくるところだった。使用人のお仕着せの白いシャツの上にシディアンがあげた青いコートをはおり、同じくお仕着せの黒く長いスカートは少し地味なものだが、よく似合っていた。少しだけスカートの裾が泥で汚れているのを見つけて、きちんと仕事をしていることがうかがえた。
「転ぶぞ」
 その勢いに思わず笑みがこぼれる。シディアンの手前で立ち止まったセレネは、興奮した様子で頬を赤く染め、話し出した。
「パレード、お疲れ様! あのね、シディアンが一番先頭で馬に乗ってたの、見たよ。ヴェルデさん、きれいな王冠かぶってて、シディアンもとっても格好いい帽子をかぶっていて、楽器の音や兵士さんたちの行進がすごく素敵で」
「……そうか」
 相変わらず、能天気である。こちらは、一緒にいた少年が誰なのか気になって気になってしかたがなかったというのに。
「あのね、でもね……」
 セレネが、そこで少し口ごもる。何かと思い首をかしげると、彼女は少しだけさみしそうに笑った。
「シディアンがいない夜は、少しだけ、さみしい」
「……」
「……ほんとうはとってもさみしい」
 まっすぐに、何を気取ることもない飾り気のない言葉が、シディアンの胸を強く打つ。
 おもむろに、目についた近くに咲いていた花を一輪抜き取り、シディアンは地面に片膝をついて恭しくセレネの手を取った。
「シディアン?」
「俺に、こんなことを言う資格も権利もないのは分かっているんだが」
「……?」
 セレネを利用し犠牲にしようとした挙句、じょうずに助けられなかった自分は今でも嫌いだけれど。
「もし、君がよければ。これからも、俺のそばにいてほしい」
「……」
「君が、どこかに行ってしまうのはもう、耐えられない」
 固まっているセレネに、抜き取った一輪を差し出す。桃色のそれは、奇しくもシディアンが以前セレネに贈ったものだった。花言葉は熱愛、だったか。と思い出す。自分らしくはないが、それでもいいと思った。
「一応、これは君への求婚なんだが」
「きゅう、こん……」
「結婚の申し込みだな。……受け取ってもらえるか?」
 春の色を添えた少しだけ冷たい風が吹いて、セレネの銀糸のような細い髪の毛を揺らす。戸惑うような表情のその目尻から、ぽろりと涙が落ちて頬を伝う。
「なぜ泣くんだ」
 その雫に、シディアンのほうが戸惑って慌てる。ぽろぽろと零れ落ちるそれを、手を伸ばしてそっと拭う。まだ、頬の傷は完全には治っていない。セレネは風に溶けてしまいそうなくらい小さな声で言った。
「うれしい」
「うれしいと、泣くのか?」
「わかんない。でも、うれしい」
 立ち上がって、セレネの身長に合わせてかがみ込む。箒をぎゅっと抱きしめて泣いているセレネの取った片手に口づけをして、そっと花を握らせる。セレネは、その花の茎をしおれてしまうくらいに握りしめた。
「セレネは見たことがないかもしれないが」
「……?」
「この国の花嫁衣裳は、きれいだぞ」
 そう言っておいて、自分でなんだか照れくさくなって笑ってごまかせば、セレネは顔を赤くして目を見開き、ますます泣いた。

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