01


 ふわふわとあたたかい。
 あたたかさに誘われるようにゆっくりと目を開けると、まぶしくもなく、かと言って暗くもないちょうどいい光が少女を迎えた。その明るさに何度かまばたきを繰り返す。明るさになかなか目が慣れない。
 ここは、どこだろうか。少女は、くらくらする頭を揺らし、ゆっくりと体を起こした。そこで、何かが体の上を滑り落ち、自分の体に何か布がかぶせられていたことに気が付く。おそるおそるその布をつまむ。分厚くてきれいな布、と思った。
 まだぼんやりとした意識で周囲を見回せば、窓から差し込む光の加減からして日中であることを知る。そしてその光に照らされたのは、見知らぬ部屋だった。
 少女は、自分が横になっていたのが大きな、ふかふかのベッドであることに気が付いて、首をかしげる。
 部屋の真ん中には、木でできた四角いテーブルと、同じく木でできた二つの丸い椅子がある。一番ベッドから遠い壁際には台所のようなものがあって、野菜が山積みになって今にも崩れそうになっている。そして、その隣の壁には、どこかへと続く扉。扉のある壁と反対側にある暖炉の火は、ついさっきまで燃えていたかのようにくすぶっている。その暖炉の上の壁には、たくさんの剣や武器が掛けられている。
 ここは、どこなんだろう。
 そう思うと同時にもっと基本的な疑問が脳裏をかすめかけるが、それより早く扉が突然開き、少女は思わず身構えた。
「ああ、目が覚めたか」
 入ってきたのは、大きな男だった。褐色の肌に、黒曜石を思わせる黒い瞳と髪の毛が凛々しい印象を持たせた。鋭い目つきがおびえた少女を容赦なく串刺しにする。男は、腕に抱えていた紙袋をテーブルの上に置くと、恐怖に縮こまっている少女にまっすぐに近づいてきた。
「調子はどうだ?」
「……」
 少女は、ぱくぱくと口を動かすも、なぜだか声が出ない。喉がからからで貼りついたようになっていた。それを見て、男はテーブルに置いてあったコップを取り、少女に手渡した。両手で包むように握ったコップはほんのりとあたたかく、少女は戸惑いがちに男とコップの中身を見比べた。
「喉が掠れているんだろう。中身は牛乳だ。変なものじゃない」
「……」
 牛乳、が何かを少女は聞こうとしたが、声が出せないのを思い出す。そして、コップから立ち上る濃厚な甘いにおいに誘われるように、口をつけてコップを傾けた。一口飲む。
「……」
 おいしい。
 思わず男のほうを見ると、男は二つあるうちの一つの椅子を持ってきて、ベッドの横に座ったところだった。何度もまばたきして目を輝かせた少女を見て、少し笑う。
「美味いか?」
 慌てて首を縦に振る。そして、急いで飲み干してしまう。慌てたせいか少しだけ気管に入って小さくむせた。
「誰も盗ったりしないから、ゆっくり飲め」
 むせた少女を見て、男が吹き出した。なんだか居心地が悪く、少女はもじもじしながら今度こそ口を開く。声は出るみたいだった。
「あの」
 コップを握りしめたまま、少女はじっと男を見つめる。悪い人間ではなさそうだ、とは思うが、そもそも自分がどうしてこうなっているのかも分からない状態で何をどうしていいのかは全然分からなかったので、とにかく何か聞こうと思った。
 でも、何を聞けばいいのか分からなかった。だって何もかもが分からないのだ。それを感じ取ったのか、男はふうとため息をついて話し始めた。
「君は三日間ずっと眠っていた」
「え」
 三日も? そんなに眠り続けるほど、自分はいったい何をしたんだろう。
「町の近くの原っぱに倒れていたのを、俺が拾ったんだ。寒そうに凍えていたから、ここまで運んできた」
 そこで男の手が伸びてきて、少女は思わずびくっと体を縮めた。男の手は、そのおびえ方にためらうことなくそのまま少女の耳を撫でた。男の眉が思わしげにひそめられ、それを疑問に思うが、男はそのまま言葉を続けた。
「君は、どこから来たんだ? なぜあそこに倒れていた?」
「……わたし」
 うつむいた。分厚い布の、赤と茶でできた格子柄の模様に、まだ光に慣れない目が少しだけくらくらする。考えても、男の質問に対する答えは出てこなかった。ためらったり、もったいぶっているわけではないのだ。
「……言いたくないか?」
「あの、あの」
「じゃあ、質問を変えよう。名前は?」
「……」
 それにも、黙り込む。男がため息をついたので、少女は慌てて言い繕うように言葉を発した。
「ちがうんです、あの、わたし」
 男が、その真っ黒な瞳でじっと見つめてきた。吸い込まれてしまいそうなその黒さにどぎまぎしながら、少女はゆっくりと口を開く。

maetsugi
modoru