02
しんしんと雪が降っている。その降り続く破片は、何もかもを飲み込むような絡め取るようなおごそかな白さだった。
雪の向こうにはあたたかくて明るい世界が待っていると思っていた。馬車の荷台に乱雑に投げ込まれた少女は、自分同様、薄着で暗い顔をした子供たちを見た。誰もが、泣くことすら疲れたというような憔悴しきった顔でうつむいている。
酒を飲むと人が変わったようになる父親は、自分をひたすらに殴り蹴った。なんでどうして、と思うけれど、幼いころからずっとそうしてきたので、もう理由なんか分からない。
何も分からずに、ようやくあの暗く冷たい場所から解放されたと馬車の中ではしゃいでいた自分に、一番年かさに見える少女が告げた。
「あたしたち、これから売られるんだよ」
「売られる?」
「そう。お金持ちのところに売られて、殴られたりする」
「……」
どうして?
だって、あの黒い服を着た男はあんなに優しそうだったじゃないか。そんなひどいことをするはずがないじゃないか。少女はなおも告げる。
「痛いことをされるし、殺されるかもしれない」
その言葉を合図に、馬車の荷台に乗っている子供たちがすすり泣きを始めた。
「ほんとうに?」
「うん。あたしは、一回売られて捨てられてきたから、分かる」
よどんだ瞳で少女は無情にぼそぼそと呟く。まるで何もかもをあきらめたような、そんなどうしようもない表情をしている。
それきり彼女は黙り込み、自分も黙する。
荷台が軋む音を吸収するような雪の中、荷馬車が獣道を進んでいく。その荷台に掛けられた幌がゆらりと風に揺れて、その隙間から外の世界が見えた。自分が望んでいた、あたたかい場所。少女はゆらりと体を揺らし、幌の隙間に体を滑り込ませた。
「あっ」
子供たちが声を上げる。御者は気づかない。荷馬車はどんどん先を行く。
とさり、と柔らかな雪の上に落ちた少女は、むくりと起き上がり、首を振って辺りを見回して荷馬車が遠くに行ってしまったのを見て取ると、その進行方向とは反対に歩き出した。
雪に足を取られ、なかなか前に進めない。それでも少しずつ、荷馬車から遠ざかっていく。吐く息の色も分からなくなるほど、辺りは吹雪きはじめた。
はるか向こうに、町の明かりが見える。それを目指して歩き続ける。
がむしゃらに雪道を掻き分けるその剥き出しの細い腕は、赤く腫れて痛々しい。
びゅうびゅうと向かい風で吹雪く風に頬を打たれながらも腕同様細い足は必死で明かりを目指し動き続ける。
空は暗い。星のひとつも見えない暗闇だ。その真っ黒い空から、あとからあとから雪の破片が舞い落ちてくる。芯から凍えるような寒さに、辺りはしいんと静まり返っている。
どれくらい歩き続けたのだろうか。町の明かりはすぐそこまで迫っていた。あと少しで、あたたかい場所にたどりつけるかもしれない。そんな希望を胸に、もう棒のようになっている足を前に出した。
瞬間。雪につまずき、体がどさっと倒れ込んだ。慌てて起き上がろうとするも、あまりの冷たさに体が動かない。必死でばたつけばばたつくほど、雪の冷たさが体温を奪っていく。
体の端のほうから中心まで、ずくずくと冷えに侵されていく感覚に、ゆるりと血の気が引いていく。
すうっと目の前が暗くなり、急激な眠気が襲ってきた。その遠のく意識の向こうで、さくさくと雪を踏む音と、あたたかい何かが頬に触れた感触がした。それを最後に、ぷっつりと少女の意識は途絶えた。
*
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