02


「ねえ、シディアン」
「なんだ」
「お見合いって、何?」
「……見合いというのは、そうだな、セレネに例えると、セレネが男の人と会って話をして、そのあと結婚することだ」
「……」
「だから、ヴェルデは女の人と会って話して、そのあと結婚する」
 セレネは少し考えるように目をしばたかせたあと、呟いた。
「結婚……」
「まさか結婚も分からないか?」
「ううん、分かる。好きな人と一緒になることでしょう?」
「ああ」
「会って話してそれだけで、好きになる?」
「……」
 なかなかに核心を突いてくるが、政略結婚のことをセレネにどううまいこと説明したものか。シディアンは少しだけ悩んで、そのまま言うことにした。
「君は、それでいい。好きになった男と一緒になればいい」
「シディアンみたいな?」
 スープを吹き出しそうになった。無邪気な瞳で聞いてくるセレネをじっと見るが、何か含みがあるようにはとても見えない。一瞬、きれいな花嫁衣裳を着て、正装をした自分の隣に並ぶセレネを想像してしまった。そんな自分自身を殴りたい。
 大きく咳払いをして、シディアンは首を横に振る。セレネの発言はあえて、無視することにした。
「でもヴェルデは違うんだ。ヴェルデは、将来王様になるかもしれない、国の偉い人間だ。そうすると、利害が生じる」
「利害?」
「そう。たとえば、隣の国ともう少し仲良くなりたいと思った時、お互いの王様の子供が結婚すれば仲良くなれる。たとえば遠くの国と戦争になるかもしれないとなった時、その隣の国と仲良くしていれば協力してくれる」
「……」
「そういうことも考えて、王子は結婚しなければいけない」
 セレネは、ぽかんとして聞いていたが、少しずつ少しずつ顔を曇らせた。少し生々しく説明しすぎたか、と思って様子をうかがっていると、セレネが浮かない表情のままぽつんと呟いた。
「じゃあ、ヴェルデさんは、好きな人と結婚できないの?」
 ここで一夫多妻制について説明すればセレネの頭が混乱すると思い、シディアンはそれについて黙ることにした。
「……そうとは限らないが、そうなる可能性のほうが高い」
「かわいそう」
 かわいそう、というその言葉の響きは、同情も何も含まない、無気力なものだった。セレネが、野菜にフォークを突き刺して、考えるそぶりを見せる。その大きな目をぱちぱちと何度かせわしなくまばたきして、言う。
「ヴェルデさんは、それでもいいの?」
「いいんじゃないか。本人が一番納得していると思う」
「ふうん」
 シディアンの見る限り、ヴェルデはそういった面での自分の境遇を特に悲観していない。むしろ、進んで政略結婚に身を投じてくれそうでもある。それにこの国の王族は一夫多妻制を採用するのが一般的だ。そうでないとそもそもヴェルデはこの世に存在すらしなかったことを考えると、本人も心から愛した女性を側室に置くくらい、なんとも思わなさそうである。何せ、自分の母親が側室でも幸せそうなのを見ているのだから。
 セレネはシディアンの答えに納得したようで、食事を再開した。頬がもごもご動いているのが、心底微笑ましいと思うし、可愛らしいと思う。
 ただ、情に流されてはいけないな、とシディアンは自分を戒めた。頭の奥で、幸せそうに笑う花嫁姿のセレネがちらりと光るが、それも当然無視を決め込んで記憶の奥深くに埋めることにした。

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