三浦さんの誕生日を目前に控え、俺は自室のベッドの上で悩んでいた。
プレゼントについてではない。いや、プレゼントでも悩んではいるけどそれは一番ではない。俺が今一番悩んでいるのは、泊まる日の夜に何をするのかってことだ。
調子に乗ってお誘いみたいなことしちゃったけど、あのときは正直酒が入ってたのとライブで興奮していたのもあってかなりテンション上がったままの行動だったから、今更だけどこれでよかったのかな、なんてビビッている。
女の子が相手だったらこんなに悩んでなかった。いい雰囲気になったらその流れで、って感じで特に問題なく進められていたと思う。
あの、要するにあれだ、エッチするとして……どっちが抱かれる方やるの……? ということに悩んでいるのだ。
うーん……三浦さん……は、どっちも快諾してくれそうな感じはある……かな……? どうなんだろう。反応が読めない。いや、こんな反応は読めなくて当たり前なんだけど。
罪悪感を抱きつつもほんの少しだけ想像してみる。もし俺が彼を抱くってなったら、俺はちゃんとできるだろうか。
まあ、普通にできる……と思う。無駄に場数は踏んでない。だってほら、挿れる準備を念入りに丁寧にやりさえすれば、あとは萎えなきゃOKじゃん? とりあえず第一関門は突破じゃん? 萎えない自信はあるもん! 既に! 三浦さんめちゃくちゃ反応素直だし、エッチのときの反応もそんな感じなら絶対イイ。色々期待が持てる。可愛いと思う。
じゃあ、俺が彼に抱かれる、なら。
途端に顔が熱くなってくるのが分かった。な……なんか無駄に恥ずかしいなこれ!
自分が抱かれる場面を想像してみる。三浦さんは萎えたりしないだろうか。男性に迫られたことはあれど全て誘いは断っていると言っていた。俺を抱くことに抵抗があったりはしないだろうか。俺は別に見苦しい体型はしていない……と自分では思ってるけど、興奮できる体をしているかと言われたらどうだろう。分からない。女の子の反応なら分かるのに。
三浦さんの、すらりとした指を思い出す。触れると少しひんやりとしていて華奢な指先。爪をやすりで綺麗に整えているのは楽器を弾くのとタイピングをするのと両方に必要不可欠だから。そんな繊細な手が俺の体に触れて――それから。
どきっ、と心臓が大きく跳ねた。思わず胸元に手を当ててしまう。
三浦さん、きっとたくさん「好き」って言いながら抱いてくれるだろうな。たくさん「好き」って言って、たくさん触って、キスもいっぱいしてくれそう。それで、満足するまでたっぷり甘やかしてくれそう。
胸の高鳴りは治まらない。そもそもなんだけど三浦さん、俺のお誘い本気にしたかな? エッチするつもりでいてくれてるのかな? 俺だけその気だったらどうしよう。恥ずかしすぎる。
なんだか急に不安になってきて、俺は頭から布団を被った。このままじゃ眠れなくなりそうだったから、必死でまぶたの裏の暗闇が深くなっていくのに集中していた。
「お泊まり会もうすぐですね!」
三浦さんは日ごとに機嫌がいい。理由は分かる、と自惚れてもいいだろうか。
にこにこと眩しい笑顔で自分の誕生日までを指折り数える三浦さんは、やっぱり実年齢よりも随分と幼く見える。可愛いな、と考えて、いやいや和んでる場合じゃなかった、と俺は気合いを入れ直した。
本日、オフィス傍のイタリアンで昼食。間違っても周りに声が聞こえないような個室席に偶然案内されて、ここしかない、と思った。秘密の話をする絶好の機会だ。
「あのー……三浦さん」
「なんですか?」
「……えーと」
決心がつかず思考がぐるぐると渦巻く。もしかして本当に俺だけが舞い上がっていて、がっつきすぎだろとか思われたら泣くしかない。三浦さんは海老とわかめのクリームパスタというそこそこチャレンジングに思えるメニューをためらいもなく注文していて、この思い切りの良さは真似できないなと少し羨ましくなった。
俺の目の前にあるのは、もう何度食べたか分からないベーシックなたらこパスタだ。バターの風味豊かで、刻んだ海苔の香りもいい。
「兎束さん? 早く食べないと冷めちゃいますよ?」
心配そうな表情をされてしまって、慌ててフォークを手に取った。そしてパスタを見つめたまましどろもどろに話し始める。
「えー……と、三浦さんってさ、ほら、男にも迫られたり? してたみたいな? って前言ってたじゃん」
「急にぶっこんできますね……言いましたけど」
既に話の切り出し方は失敗している。そもそも昼にチョイスする話題でもなかった。ごめん三浦さん……でも今更後には引けない。俺は極力声を潜めて囁く。
「あのー……もし男とエッチするなら抱く方抱かれる方どっちがいいとか考えたことある?」
辛うじて三浦さんのフォークの先端に引っかかっていた海老が、ぽろっとパスタの上に落ちた。
「…………あー、もしかして今日ずーっとそわそわしてたのってそれのせいですか?」
「そ、そんな態度に出てた……?」
こくり、と頷かれて思わずがっくりきてしまう。うわべを取り繕うのは得意だったはずなのに、彼が相手だと何も上手くいかないのだ。
三浦さんはというと、迷うような声色で「んんー……」とパスタを咀嚼している。やがて、何事か結論が出たらしくウーロン茶を一口飲んでから言った。
「おれ兎束さんとならどっちでもいいですよ」
「え!? でもこれまでずっと断ってきたって……」
自分から聞いておいてOKされると驚いているのだから世話はない。動揺している俺とは対照的に三浦さんは落ち着いたものだ。
「だってそれは別に恋愛的な意味で好きじゃなかったからでしょ。兎束さんのことはそういう意味で好きなので、普通にヤりたいなーって思います。それに兎束さんってセックス上手そうだし」
そんなイメージ持たれてたの!? いやまあ、なんというか、手前味噌ながら下手ではない……と思うけど……!
どうしよう。最近ずっとこんなことばかり考えている。どっちがどっちを抱けばいいのか、なんて。
――本当は分かっているのだ。自分の気持ち。きっと三浦さんとするならどっちでも後悔はしないんだろうけど、欲望に心底素直になったとき、俺がどちらを選ぶかなんて。
「……兎束さんは、おれにどうしてほしい?」
柔らかく微笑む三浦さんは本当にずるい。俺に言い訳をさせてくれない。
「だ――――抱いて、ほしい。俺、三浦さんに抱かれたい……」
「……ふは、熱烈。頑張りますね」
経験少ないんで最初のうちは上手にできないかもしれないけど、許してね。三浦さんはそう言った。びっくりするくらい甘い声だった。
「経験少ないってマジで言ってる……?」
「マジですよ。おれ元々そんなセックス好きじゃない」
「えっ」
「あ。えーと、だから、たぶん兎束さんは別です。なんかね、あんま気持ちいいと思ったことないんですよね……あれ、おれもしかしてこういうの下手? 下手だときらいになる……?」
「ならないならない! 寧ろラッキーって思ってるから!」
言ってから、いやラッキーは逆におかしいだろ、と思ったけれどもう遅い。開き直ることにしよう。っつーか、俺はこれまで割とセックスしまくってきたけどそれはごめん……せめて話題にはしないようにするから……。
自分のことは棚に上げて、三浦さんの経験が少ないことを嬉しく思ってしまう。『経験少ないんで最初のうちは上手にできないかも』と彼は言った。『最初のうちは』って要するに、この先何度だってそういうことを俺としてくれる気がある……って解釈してもいい、よな? 何度も経験を積んで上手になっていく過程を俺と過ごしてくれるってこと。それは、なんというか、かなり……嬉しい。
言葉に詰まってしまって、照れ隠しでパスタをくるくるとフォークに巻く。
「兎束さん。おれ、その気になりましたからね。やっぱやーめたとか言われたらちょっと悲しいですよ」
「流石に言わないよそんなこと……大丈夫、俺だってその気になってる……から」
「あは。だったら問題ないですね」
楽しみです、と。
誘うように目を細めて笑う三浦さんに、俺はただ黙ってたらこパスタを咀嚼することしかできなかった。