羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 全部オレが選ぶとは言ったけどやっぱり初見のサプライズ感も捨てがたかったので、デザインや色の希望だけ伝えて、試着しているところはオレから見えないようにしてもらった。ネクタイはやっぱり暗めの赤系で。なんだろ、やっぱ赤いピアスしてたのが印象に残ってるからかな? 差し色に赤を使いたくなるのだ。
 買い物を済ませて高槻の家に帰ってきて、誕生日だからってことでいつもより更に手の込んだ夕飯も一緒に食べて、なぜか普通にプレゼントも貰ってしまった。スーツもあったのに。
「スーツと別でプレゼント用意してくれたの? ありがとう」
「いや、だって『俺がスーツ着ること』が誕生日プレゼントなのはちょっとあまりにもアレすぎるだろ……」
「自主的なプレゼントだったら確かにナルシストっぽいけど、オレが望んでるんだからその辺りは気にしなくてよくない?」
「気にしないのは無理」
「さいですか」
 プレゼントの包装を破いてみると、中から出てきたのはワイヤレスのイヤホンだった。あ、これめちゃくちゃ使いやすくて気に入ってたやつ!
「イヤホン超嬉しい! ちょうど買おうと思ってたとこだったんだよね」
「気に入ってたのに失くしたっつって大騒ぎしてたからな……また失くしそうで微妙かもって思ったけど、まあ、人から貰ったものならもうちょい丁寧に管理するだろお前も」
「善処します……」
 ほんとにどこ行っちゃったのか未だに分からないんだよ。いつか見つかるかもしれないから、って未練がましく思いついたときにちょっと探したりとかしてたんだけど、流石にそろそろ諦めるべきかな……なんて思っていたところだった。高槻ってやっぱりこういうところ外さないよね。人が何を求めているかの見極めが上手い。
 失くさないようにイヤホンを鞄にしっかりとしまって、「ありがとう」と改めて言う。高槻は優しく笑って、「まだお礼を言うのは早いんじゃねえの」とスーツの入った袋を手に自室へと向かった。オレはここでおとなしく待つだけだ。
 あー、どうしよ。超楽しみ。
 きっととびきりカッコイイんだろうな、と幸せな想像をしつつ、時計の秒針の音に耳を澄ませた。

「うっ……わ! オレの想像力じゃ全然太刀打ちできてなかったことが判明したんですけど!」
 数分後。イメトレばっちりだったオレの前に現れた高槻は、あっさりとオレの想像を超えてきた。というか、完全に予想外だったんだけど何故かピアスをしてた。懐かしいなー! 高校のときぶり?
「お前のその感想、喜んでんのかなんなのか分かんねえんだけど……」
「最上級に喜んでる!」
 結局、欲望に忠実にブラックスーツを着てもらった。細身だけどちゃんと筋肉はついている理想的な体つきで、変に着崩したりしないで綺麗に着ているのもかなりポイントが高い。んー、やっぱ安さ重視で用意したから生地の安っぽさが惜しいけど。いずれフルオーダーのスーツをプレゼントするつもりでいるから、今のところはこれでよしだ。
「うわー、うわー、めちゃくちゃカッコイイ……写真撮っていい?」
「あー……まあいいけど……」
「やった。津軽にも見せてやろ」
「は? おい待てなんで津軽に……待て待て待て! おい!」
「あっごめんもう送っちゃった」
 そして即既読がついた。かと思えば、『もっと明るいところで撮れよ、もったいないなあ』という注文までついた。こいつ相変わらずオレにだけ雑だな。
 せっかくなので津軽のアドバイス通りキッチンの方の明るいところまで移動して、一時的に撮影大会を開催する。色々試してみたけど結局高槻が自撮りしたやつが一番写りがよかった。……いやおかしくない? なんでインカメラでもないのに綺麗にカメラの中に収まるわけ?
「高槻って自撮りも上手いね」
「いや別に普通……お前があんまり上手くないだけだと思う」
「あれー? そう?」
 確かに写真撮るの上手いと思ったことないな、自分に対して。
「というかこれ聞いていいのか分かんなかったんだけどなんでピアスしてるの」
「あ? …………お前が見たそうだったから……」
「またそんな無駄に高いサービス精神発揮しちゃって……ピアスホール塞がりそうって喜んでたのに……」
 髪の毛を耳にかけてみると、いよいよ涼夏さんに似ている。高槻も自覚はあるらしく、オレが何か言うより先に、「写真、あいつには見せるなよ」と釘を刺してきた。
「あいつって?」
「分かってるくせにお前な……あー、親父には見せないで。なんか今更恥ずかしいから」
「よく見たらピアスホールの数涼夏さんとまったく一緒だもんね」
「やめろほんとに! この辺りのことは黒歴史として葬るつもりでいるんだよ俺は!」
 思春期に変に拗らせちゃったから今大変そうだな。まあこいつが頑張って克服しなきゃいけないことだけどさ。
 その後も思う存分高槻のスーツ姿を愛でて、ほんとに写真見せちゃダメなの? とからかってみたりもして、三秒以内ならいいと謎の譲歩を引き出したオレ。超いい仕事してたと思う。涼夏さんの反応が楽しみだ。
「はー……正直既に割と潤ったんだけど、本番はここからだよね?」
 本番っていうか、セックスが。
 高槻はオレの言葉に少し黙って、オレの手を引いて寝室まで連れていってくれた。ちゅ、と唇が触れて、下唇を優しく甘噛みされた。高槻の手が、動きにくそうにスーツのボタンを外したことに、なぜだかものすごく興奮してしまう。
「ん……、高槻」
 口を開けると舌が隙間に入り込んでくる。あったかくてぬるぬるしてて気持ちいい。キスだけでこんな気持ちよくなっちゃうの、恥ずかしいけど……でも、高槻はひたすらゆっくり丁寧にオレの咥内を探る。恥ずかしさよりも大切にしてもらえてる嬉しさが勝ってしまって、オレは快感に身を任せる。
 頭がぼうっとして、体の奥がじんじんしてきて、唇の感覚が曖昧になってきた頃。高槻は、静かな動きで一度オレから離れた。
「――なあ。どうしてほしい?」
 抱きたいか、抱かれたいか。そんな問いかけと共に、シュル、と音を立ててネクタイが緩められる。
 あれだけ渋っていたくせに、いざやるとなるとオレの望みを最大限叶えようとしてくれるこいつは優しいと思う。普段全然スーツ着る機会なんてないにもかかわらず、絵に描いたようなネクタイの緩め方だった。完璧だ。こいつは、どういう風にすれば自分が最も魅力的に見えるのか、きっとなんとなく分かってる。オレが黙っているとゆるく首を傾げて笑うのも、ムカつくくらい整っている。
「……今日は抱いてほしい。めいっぱい優しくしてね!」
「いつも優しくしてるつもりだけど」
「つまりいつも通りでいいってことだよ」
 こくり、と頷いた高槻はオレの目元にキスしてきた。平静を装って茶化すみたいな言い方をしてみたけど、心臓が期待で高鳴っていること、高槻にはお見通しなのだろう。
 それを指摘せずに黙っていてくれるこいつは、やっぱり優しいのだ。

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