羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 人間の口の中ってあったかい。ぬるぬるしてて気持ちいい。こんなに気持ちいいんだから夢中になっても仕方ないよなって思うし、もっとしてほしくなるのも自然だよなって思う。
「……んぅ、っんん」
 高槻の舌がオレの咥内を丹念に探って、優しく優しくなぶっていく。唇腫れるんじゃないのってくらい長い時間口をくっつけ合って、どうしても息が上がってしまうオレとは対照的に涼しい顔をしている高槻である。経験値の差が如実に出てる。
 やられっぱなしも癪なので、そーっと手を伸ばして高槻の耳たぶを人差し指の爪先で引っ掻いた。「っう、わ」高槻は驚いたみたいで、びくっと身を竦ませてオレから距離をとる。
「は……かぁーわいー」
「……言ってろばか」
 恥ずかしいのか高槻の眉間に皺が寄る。こんな敏感でこれまでどうしてたんだと一瞬考えたけれど、きっとオレ以外なら触られる前に気付くんだろうなということに思い至って自惚れた。
「ん……もいっかい」
「……お前ってあざといよな、色々」
「お褒めにあずかり光栄……っんむ、んんー……」
 黙らされてしまった。こいつの舌、なんでこんな自由自在に動くんだろう。キスだけで勃ちそうなんだけど。っつーか勃ったわこれ。さ、最近処理してなかったからぁー……!
 そっとシャツのボタンが外されて高槻の温かい手のひらが脇腹を撫でる。口調がぶっきらぼうだから分かりづらいけれど、セックスのときの高槻っていつもより五割増くらいで優しい。別に普段が冷たいってこともなくて、ただ、こういうことをしているときは特別優しく感じる。オレ、ちょっと痛いくらいは気持ちいいんだけどね。こいつのセックスに関する嗜好は完全にノーマルって感じ。もしくは、自分の嗜好よりも相手への気遣いの方を優先してるんだろう。
 献身、って言葉がぴったりだと思う。
 いつだったかこいつの言っていた言葉を思い出す。『……何の努力もせずに好かれようなんて、馬鹿じゃねえの』――だったか。何も変わることなくそのままを好いてもらおうなんて調子がいい、とこいつは言った。
 でもオレは、こういう風に優しくセックスしてくれる高槻も十分“そのまま”なんだと思う。こいつは元々優しい奴だから。いつでも自分以外の誰かのためのことを考えている。努力しているけど、繕ってはいない。いいな、と思う。
「遥」
「んっ……なに?」
「きつかったらすぐ言えよ」
「だいじょーぶだって、ほら、きて」
 手を伸ばすと高槻は笑って応えてくれる。オレがしがみつきやすいように体勢を前かがみにして、首筋に頬を寄せてくる。
「……ん、やっぱお前とヤるの安心する」
「まあ、そんじょそこらの女に……お前の相手は、無理かもね」
「お前みたいな性悪は一人でいい」
「なにそれ褒めてんの? っぅあ、ちょ、」
 喋ると台無し、とおかしそうに笑って、高槻はオレの足を抱えた。そうだ、セックスのときにほぼ唯一、こいつが望むことがある。顔を見ながらがいい、らしい。ヤってるときのお前の顔エロくてすき、と冗談っぽく言っていたけれどきっとそれだけが理由じゃない。
 高槻は相手の反応をよく見ている。何をしてほしいかとか、逆に何が嫌か、なんてことも注意深く読み取ろうとする。表情が見えないのは不安なのだろう。自分に対して何を望まれているか敏感に察せられるからこそ、それが分からなくなるのが怖いんじゃないだろうか。
 たぶん高槻って、たとえば「煙草持ってきて」って言われたら灰皿とライターも一緒に持って行ける奴なんだと思う。オレはねー、たぶん煙草しか持って行かずに怒られるタイプなんだよねきっと。
 高槻の唇がオレの鎖骨をなぞって、軽く歯を立ててくる。くすぐったい。
「ぁ、んん、……っどうせなら、もっと強くしてよ」
「マゾいなお前、引くわ」
「そのマゾに抱かれることもあるのは誰なんですかねー……いった!? 痛い!」
 高槻は、「『強くして』って言うわりにすぐわめくし」と笑って僅かに歯型のついた鎖骨の辺りを舐める。労わるみたいな仕草だった。仕返し、意地が悪いぞー。高槻だったらちょうどいい強さが分からないはずないのに。
 むーっと拗ねてますアピールをしてみると、「悪い。許して」と笑い混じりの声。ちゅ、ちゅ、と体中キスされて頭がふわふわしてきた。こいつのセックス、めちゃくちゃ優しいんだよな……丁寧だし……。
 高槻はゆっくりと下の方に手をずらす。温かな手で撫でられて息が詰まった。ローションの蓋を片手で器用に開けて、たっぷり手のひらに落とす高槻。部屋の照明を反射しててらてら光ってるのがエロい。今更だけど、この部屋めちゃくちゃ明るいな。まあ高槻の顔がよく見えるからいいんだけどさ。
 穴の周りを少しずつ高槻の手が濡らしていく。そこが柔らかく綻ぶまで、マッサージするみたいに愛撫を続けるそいつ。視線はじっくりとオレの肌の上を滑っていく。痛かったり苦しかったりしないかを注意深く見つめている。もう何度もセックスしているのに、まるで初めて触れるみたい。
 高槻は――人間のコンディションが日々細かく変化することをきっと身に染みて分かっている。昨日平気だったことが今日も平気だとは限らないことを知っている。
 だから、こんな風に触れてくる。
 つぷっ、と高槻の中指が侵入してくる感覚にオレは目をつむって集中した。少し骨ばった、すらりと長い指だ。水仕事が多いので僅かにかさついていて、よーく見てみると細かい傷が目立つ。手放しに美しいとは言えないかもしれないけれど、オレはこいつの手が好きだ。
「んっ、ぁ、」
「……もっと声聞かせて」
「ぅ、んっ……はずかしい、ってば、ぁ」
「実はそんなに恥ずかしいとか思ってないだろ」
「ふ、ぁは……ばれた? 気分アガるじゃん、ね……っ」
 いつの間にか増えていた指がいいところを掠めて、「っあ……!」と想定していない喘ぎ声がこぼれ落ちる。ふ、と高槻の表情が緩むのが分かった。
「ぁあ、っぁ、ぁ、うぅ、ん」
「遥」
「ひっ、ぁ、ぁんっ、きもち……ぁ、ふ」
 快感をきっちり認識してしまったらもうダメで、腰の辺りにどんどん快感が溜まっていく。穏やかで、温かい。オレとしてはガンガン突いてくれたって嬉しいんだけど……言えばしてくれるかな、たぶん。
「ん、ぁ、たかつき、挿れないの……? っんん、舐めよう、か」
「いや、キスしたいから舐めなくていい……けど、触って」
 仰せのままに、って気分で高槻のを握る。手で筒を作って扱くと、「……ん」という声が聞こえてものすごく興奮した。高槻がオレの与える快感に目を伏せて悩ましげに息を吐いて、そろりとオレの表情を窺ってくるの、正直やばい。ねえ、お前もたくさん気持ちよくなってよ。お前はかなりオレに愛されちゃってるんだって自覚持って。そんな気持ちを込めてキスをする。舌を擦り合わせるのが気持ちいい。
「ん、む、んんぅ……っは、ふ」
「ぅ……はるか、」
 甘い声がオレの名前を大切に大切に呼ぶのを、たまらない気持ちで聴いていた。全身で愛されてるみたいだった。こいつの、オレを呼ぶ声が好きでたまらなかった。こいつに呼ばれてる間は、女みたいで嫌だった自分の名前も好きになれる気がした。
 オレの手の中で勃ち上がってきたちんこの先を、ゆっくり撫でる。挿入できるくらいの硬さになるまで高めていく。ローションを少し貰ってぐちゅぐちゅと擦り合わせる。自分のも一緒に擦ると勝手に声が漏れた。
「う、っぁ、あ、やば……ぁ、っん」
「……挿れるぞ。しんどくないよな? 大丈夫?」
「っふ、心配性……っいいから、っぁ、はやく……たかつき、ぁ、あ……――っ」
 ず、とゆっくり高槻がオレの中に入ってきて、腹の中が高槻だけで満たされてるって感じがする。快感にちかちかする視界で、高槻がきれいに笑うのが見えてなんとも言えない気持ちになった。中が馴染むまで、高槻はオレのちんこを扱いたり肌を摩ったりしながら待ってくれている。早く動きたいはずなのに、こいつはどんなときだって性急に動こうとはしない。冷静すぎてちょっと悔しい。
「っ、ん、お前、締めすぎ」
「んぁっ、ぁ……だって」
 きもちいいから、とやっとの思いで言うと「見てれば分かる」なんてまた笑われた。
「ひっ、ぅ、う、あー……やば、中いっぱい……ぁあ、っん」
「ん……っ遥、はるか」
 高槻って名前呼ぶの好きだよね。かわいい。求められてる、って分かるから嬉しい。
 やがてもう動いても大丈夫だという判断が下されたのか、少しずつ律動が開始された。ゆっくり抜き差しされると、内臓が引っ張られるみたいな感覚がぞわぞわと体の中を走って行く。
「は、っぁ、んんっ、も、何回しても、変な感じ……っ」
「気持ち悪い……?」
「バッカ、分かってて聞くなっ……ぁ、きもちい、よ」
 ぱち、ぱち、と高槻の睫毛が瞬く。あ、もしかして意地悪で聞いてたとかじゃなくて素だった? でもどう考えたってこんな感じまくってて気持ち悪いって言う方がおかしくない? 変、って言葉のチョイスが悪かったかな。ごめんごめん。
 お詫びと意思表示の意味を込めてぎゅっと高槻の体にしがみつく。体温が一気に近くなってかなりいい感じ。こいつの体はあったかい。
「たかつき……お前も、ぁ、気持ちよく、なって……」
 腿の側面で脇腹を撫でると、「気持ちいい、から。ちゃんと」なんてお返しに髪を撫でてくれる高槻。きゅう、と中が動くのが自分でも分かる。
「っは……撫でられて喜んでんの? かわいいな……」
「う、うるせー……っんん、素直なんだよ、オレはっ……」
「知ってる」
「んぁっ、ぁ、ちょ、お前もなんか機嫌よくない……っ? ぁ、ん、いいこと……あった?」
 ゆるゆると粘膜を擦られて、思考がふわーっとしていたけれど、それだけどうにか聞いてみる。すると、「なんで今俺が機嫌いいのか分かってないとこが好き」と謎の宣言をされた。なにそれ!?
「も、意味わっかんない……ふ、ぁ、あっ! ぁ、んんんぅ……っ」
 少しずつ動きが激しくなっていくのが分かって、自分の声も高く掠れたものになっていって、その事実に興奮している自分がいて、なんかもうどうしようもなく気持ちいい。肌のぶつかる音や、中をぐちゅぐちゅと掻き回す音にも反応してしまう。
「っんぁ……ぁ、っひぅ、んん、たかつきぃ、もっとくっついて……」
「お前、っこの体勢で、割と無茶言うよなっ……」
「ぁ、あっ! ぁ、ふぁ、ん、いい感じ……っ」
 無茶も聞いてくれるのが高槻だ。体硬いのに無理してくれてありがとう。
 気持ちいいのがどんどん強くなって、あっという間に限界が近くなってくる。つらいことなんて何もなくて、ただただあったかくて幸せ。これ以上ないってくらい。
「ぁあ、っあ、んんっ……ぁ、も、いきそ……イく、いくからぁっ……」
「ん、っ俺……も、」
 脚が震えるのが分かる。限界が近い。高槻もちゃんと気付いているみたいで、気遣うみたいにキスしてくれた。もうあと少し、ほんの少しでイける。
 好きって言いたいな、とふと思って目で訴えかける。口がぱくぱく開いて、掠れ声は我ながら妙に甘くて、驚いた。
 高槻はオレが何か言おうとしているのを分かってくれたらしい。オレの脚を抱え直して、声を聞き取ろうと顔を近づけてきてくれる。
 そしてオレは魔が差した。だってこいつ耳弱いのに、そのこと自分で分かってるのにこんな無防備なんだもん。最初からこうしようと思ってたわけじゃないけど我慢できなくて、オレは「……すき」って小さく囁いてからその形のよい耳を舐め上げた。
「っぁ!? んん、っ……! こ、の、ばかっ」
「っひ、ぅ、うぁ、ぁー……、っぁあ、ゃ、あぁぁ〜……っ!」
 高槻が勢いよく身を引いたものだから中に入ってたものが一気に抜けて、直後にまた深くまで挿入された拍子にオレはイった。無防備な状態からあがった高槻の声がめちゃくちゃエロくて、びっくりするくらい気持ちよかった。びゅくっ、と腹の上に落ちた自分の精液を余韻に浸りながら見る。直後にオレの中にあった高槻のちんこが脈打って、程なくして達したらしいことも分かった。ゆっくりオレの中から出ていった高槻は、ゴムを外して几帳面にそれを結んでいる。こいつどのタイミングでゴムつけた……? 全然分からなかった。神業かも。
 息を整えながら高槻を見ると、「……お前な」と軽く睨まれた。若干赤い。かわいくない? こいつ。
「はぁー……ごめん、つい」
「騙し討ちかよ、っつーか、まだなんか耳ぞわぞわすんだけど……」
「誤解です誤解。直前までする気なかった……あー、やばい、気持ちよかった」
 そんで終わったら腹減った。いや、元々腹は減りつつあったんだよ。運動したら余計にってやつだ。
 高槻は未だに自分の耳たぶを手で覆っている。隠されると触りたくなるからそれやめた方がいいよ。なーんて、どの口が言うんだって感じだけど。
「たーかーつーきー」
「んだよ甘ったれた声出すんじゃねえ」
「オレ腹減った」
「……はぁー」
 深いため息をつかれてしまった。やばい、手のかかる弟に向ける目をされてる気がする。慌てて「オレも手伝うから」と言ったら、「いや、いい」と即拒否。ひどい。
「すぐ食いたいだろ。オムライスな。材料買ってあるから」
「やったー! やっぱお前最高」
「言ってろ」
 呆れたように呟いて、高槻はおざなりにオレの精液をティッシュで拭う。普段は後始末もそれはもう丁寧にしてくれるんだけど、今は腹具合が優先だ。どうせこの後風呂入るしね。
 オレは、服を雑に着てキッチンに立つ高槻の後ろ姿に声をかけた。
「ねー、よく考えたら三大欲求の三分の二をお前に満たしてもらってるってかなり幸福度高いんじゃねえ? オレ気づいちゃったよ」
 すると高槻は首だけで振り返って、悪戯っぽく笑う。
「――朝まで一緒に寝てやってもいいけど?」
 ひゅー、大サービスじゃん。そう茶化してもよかったけれど、今くらいはこの余韻に浸っていたい。そう考えたオレは自分にできるめいっぱい甘い声で、「……お願いしちゃおっかな」と一緒の時間をねだってみた。
 そう、こいつがオレの恋人。最高でしょ。知ってる。

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