羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 そこからも、学内に知り合いや友達が多いまゆみちゃんは移動のたびに声を掛けられていたけれど、その都度おれのことを気遣ってくれた。おれの存在を曖昧なままにはけっしてしなかったし、ちゃんと紹介をしてくれた。
「……もっと早く紹介しとけばよかったな」
「え? そう?」
「うん。今日、誰に会っても嫌そうじゃなくて安心した」
「嫌なんかじゃないよ、全然。まゆみちゃんのお友達ってみんな明るくてきらきらしてるね」
 おれにもにこにこ話し掛けてくれるの嬉しかったな。
 それにしても、まゆみちゃんっておれのこと友達に紹介しようと思ってたの? 動機が謎だ。そう思ったことをなるべく明るく柔らかく伝えてみると、「変にじろじろ見られるの嫌だろお前も」とのことで。
「あー、確かにまゆみちゃんと一緒にいるといつもより目立つっていうか、視線を感じるかも?」
「ん……俺のせいで嫌な思いさせてたらそれこそ嫌だ。目立つから学内では一緒にいるの避けるとか……そういうのも嫌だし。だから俺の知り合いにはお前のことちゃんと『俺の友達』として認識しておいてほしかったっつーか……悪い、こっちの事情で」
「え、謝ることないでしょ!」
 寧ろ嬉しい。だって、一緒にいても恥ずかしくないってことだもんね。おれ、自分で言うのもなんだけど割と地味な方だから、こうやってまゆみちゃんから「一緒にいたい」って思ってもらえてるの分かると安心するよ。
 なんだろ、こういう距離感って普通なのかな? おれにはちょっとよく分からない。まゆみちゃんのいるグループって基本的にパーソナルスペース狭い感じだけど、まゆみちゃん自身はそんなことない感じするのに。
「……あ。そういえば、まゆみちゃんって誰かと二人でいるの珍しいの?」
「ん? 何がだ?」
「ほら、さっきの人たちが言ってた気がしたから」
 つい先ほどの、『一人?』『二人』『珍しい』というようなやりとりを思い出しつつ喋る。すると、ほんの少し遠慮したような、恥ずかしそうな声音で答えが返ってきた。
「まあ……普段は大人数でいるか、一人でいるか、どっちかが多い。誰かと二人ってなんか緊張するんだよ、近いから」
「えっそうなの」
「そ、そこまで驚くようなことか……? 俺、元々ある程度気を張ってないとにこやかに会話できないんだよ。二人きりだと相手の意識の向く先が俺ばっかりになるだろ、大人数のときと比べて……」
 なるほど、確かに大人数ならその場で発言をしている人に意識が向くだろう。けれど二人きりだとそうもいかない。誰しも人と接するときはある程度振舞いを調節しているんだろうけど、まゆみちゃんのそれは他よりもレベルが高い。だから気疲れも人一倍なのだ、きっと。
 ……でも、それってつまり、おれはかなり自惚れていいってことにならない?
 なんとか言えよ……みたいな気まずそうな顔をしているまゆみちゃんに、おれはひっそりと耳打ちする。最近冷たくなり始めた秋風に紛れるように。
「おれと一緒のときは、大丈夫ってこと?」
 なんだかおれの方が緊張していた。ほんの少し見上げた先、まゆみちゃんの睫毛が微かに震えるのが分かった。
 そのくらい、近かった。
「――、言わなくても分かって。頼むから……」
 あ。その返答は正直ずるい。言わなくても分かることばっかりじゃないよ、っていじわる言ってみたい気もするし、眉を下げて、セーターの袖口で必死に赤い顔を隠そうとしている様子があんまりかわいいので黙って察してあげたくなる気もする。
 とにもかくにもこんな状態のまゆみちゃんを誰にも見られたくなくて、おれは人混みに紛れるように、まゆみちゃんの手を引いて大学のロータリーを抜けた。


 人混みを縫って歩いていくといつの間にか特設ステージのような場所に出た。みんな、視線の先はステージの上だ。ここなら誰かの視線がこちらに向けられることもないだろう……と歩調を緩める。
 別に狙ったわけでもないのだが、どうやらミスコン会場に辿り着いてしまったらしい。
「行祓」
「ん……あ、ごめん。手離すね」
「べ、別に謝ることねえけど……」
 つっかえながら喋るまゆみちゃんである。おれはこちらの方が馴染みが深いから、寧ろ大学ではどんな技を使ってあんなすらすら喋ってるんだろう、と思わなくもない。
 なんだかじっと見つめてしまうのも悪い気がして、おれは自然とステージの方へと目を向けた。そこには、コンテストに出るだけあって華やかな人たちがずらっと並んでいたけれど、やっぱりその誰よりも、まゆみちゃんがかっこよく見えるよな……と心の底から思う。
「……どこ見てんの」
「え? ステージ……まゆみちゃん、あんまり見られるの嫌かなって」
 まゆみちゃんの視線から逃げるように、「にしても、やっぱりまゆみちゃんがいちばんかっこいいよね」とステージの上を見つめる。これはおれの偽りない本心だった。そのくらい、まゆみちゃんはきらきらしているのだ。たとえ人に囲まれていなくても。人当たりよく喋っているときでなくても。
 意識的にまゆみちゃんの方を見ないようにしていたおれは、彼がどんな表情をしているのか分からなかった。今まさに何をしようとしているかも。
「行祓」
 耳元に小さな囁き声が差し込まれる。まるで仕返しのように。なんだか甘い響きで。
「お前にだったら見られるのも嫌じゃねえし。……あんま褒められると照れるけど」
 顔がじわりと熱を持つのを感じた。とんだ特別扱いだ。
 この距離感を許されてるって、やっぱりかなり自惚れてみてもいいんじゃない?
「ね、さっき食べたのじゃ足りないからさ、他にも色々買いに行こっか」
「ん? ああ、そうだな」
「途中でもしおれの友達に会ったら、まゆみちゃんのこと紹介するね」
「……どんな風に?」
「『今日どうしても一緒に回りたかった友達』」
 僅かにその形のいい瞳が見開かれた。この表情もなかなかレアなのかもしれないと思うと得した気分である。
 おれはこっそりと神頼みしてみる。この凄まじい人混みだけど、たった一人くらいおれの知り合い見つかるといいなって。そしたら、堂々と紹介できるのにな、って。
 おれの知り合いを前にしたまゆみちゃんが、おれの言葉にどんな反応を見せてくれるのか。
 自分のことが悪趣味に思えてしまうくらい、その想像は楽しいものだった。

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