羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 二限終了後の昼休み。普段だったら講義を受けに来ることもないはずの学部棟で、おまけに一人で歩いているまゆみちゃんを見たものだから、おれは思わずその後を追って声を掛けた。
「まゆみちゃんどうしたのこんなところで。こっち、経営の講義あったっけ? もしかして般教?」
 真面目なまゆみちゃんに限ってそれはないかな、と思いつつ聞いたけれど案の定違ったみたいだ。まさかおれがいるとは思っていなかったらしく驚いた表情をしたまゆみちゃんは、「や、ちょっと……知り合い少なそうなとこで飯食おうかと思って……」と疲れたような声を吐き出す。
「……疲れてる?」
「まあまあ疲れてる」
「んーと、理由は聞いてもいいやつでしょうか。あの、別に言いたくないなら全然いいんだけど!」
 ふは、と微かな笑い声が耳を掠める。「なあ、一緒に飯食わねえ?」嬉しいお誘いをいただいたので二つ返事でオーケーした。まゆみちゃんからご飯のお誘いとか、女の子だったら感激で倒れちゃうかも。そんなことを思いつつ適当な空き教室を見つけて腰を落ち着ける。
 今日のお弁当はオムライスだ。付け合せはプチトマトとブロッコリーときのこのバターソテー。もちろんまゆみちゃんが持ってるお弁当もおれが作ってるから同じメニューである。一人分作るも二人分作るもおれとしてはそんなに変わらないんだよね。元々自分のお弁当を作る習慣はあったし、まゆみちゃんは喜んで食べてくれるから全然苦じゃない。
 三分の一ほどお弁当を食べ進めてほっと一息ついたまゆみちゃんが言うには、どうやらきたる文化祭でミスコンに出ないかと打診されている――とのことで。真っ先に「似合うなあ」という感想が湧いてしまって、けれどまゆみちゃんのため息にはっと我に返る。危ない危ない。
「あれって他薦なんだっけ?」
「分かんねえけど他薦でもやりたくねえだろあれ……」
 まゆみちゃんは、元々目立つのがあまり好きじゃないみたい。人前に出るのもあんまり……って言ってた。注目を集めやすいせいでそういうの嫌になっちゃったのかなあ。かっこいいって大変だ。
「まゆみちゃんみたいな人が出場したら、その時点でグランプリ決まっちゃうね」
「いや、流石に褒めすぎ……」
「そうかな? おれの周りでまゆみちゃんくらいかっこいい人って他にいないから、褒めすぎってこともないと思うんだけど」
 まゆみちゃんって、集合写真の中に紛れててもすぐ見つけられるタイプだよね。すらっとしててスタイルいいから遠目でも整っているのが分かるのだ。だから、ミスコンにまゆみちゃんを推薦したい人の気持ちも分かる。でもそれが本人の負担になってたらだめだと思う。
「それって断れない感じなの?」
「んー、別にそういうわけじゃ……みんな純粋に薦めてくれてるのは分かるんだけど、だから余計に断るのも心苦しいって感じで」
「なるほど」
「あと、会う奴会う奴から『そういえばミスコン出るの?』って聞かれるのが若干しんどい……そのたびに『出ない』って言うのもなんかなと思う……」
 友達も知り合いも多いから、こういうとき本当に大変そうだなぁ。ミスコン出場を薦めてくる人たちも、別に嫌がらせとかじゃ全然なくて、まゆみちゃんがミスターにふさわしいと思うから、まゆみちゃんが出てくれたらいいなって思ってるから薦めるんだろうし。
「悩ましいねぇ……」
「……今更だけど、変に外面取り繕うのやめときゃよかった」
 それは本当に今更だと思う。だって、まゆみちゃんが人当たりいいのって大学入ってからとかじゃないよね? 何年遡ればいいのか分からない。まあ、現に今困ってるからどうにかしたいって気持ちはなんとなく想像できるけど……。
 どうすればいいかなと考えて、おれはちょっといいことを思いついた。おれにとっても、採用されたら嬉しいこと。
「ねえ、提案があります」
「ん?」
「文化祭、もしよかったら一緒に回らない? 他に用事があったらミスコン出られないでしょ、不可抗力みたいな感じで」
 先約があるって言えば断る口実になりそうだし。まあ、相手はおれじゃなくてもいいんだと思うけど……そこはほら、ちょっとした希望っていうか。学内だとあんまり喋る機会ないもんね。
 まゆみちゃんはおれの提案にきょとんとしていた。嫌がっている感じじゃなくて、純粋に驚いてるみたいな表情だ。
「……他に、一緒に回る奴いたんじゃねえの?」
「え、特に約束してたわけじゃないし大丈夫だよ。というかそれを言うならまゆみちゃんの方がよっぽどそうだと思うけど。一緒に回りたいって人きっとたくさんいるんじゃない?」
 言いつつ、思ったよりも好感触で嬉しくなる。少なくともさらっと断られたりはしない程度にはいい関係が築けている……と思っても許されるだろう。
 やがてまゆみちゃんは、「行祓がそれで大丈夫なら一緒に回りたい」と小さく言った。静かな空き教室だから、小さな声でもちゃんと聞こえた。
「やった。じゃあミスコンの日は一緒に学内見て回ろうね」
「ん」
 こくり、と頷くまゆみちゃんは心なしか嬉しそうに見える。見間違いじゃなければいいんだけど。
「『その日はどうしても一緒に回りたい奴がいるから』って言う」
「ほんと? おれから誘ったのになんか得しちゃった。というか、その言い方だと色々誤解招きそう……」
「……嫌?」
「ぜーんぜん。女の子たちに嫉妬されちゃうかもね」
 笑って言うと、まゆみちゃんもおれを見て笑ってくれた。……よかった、ちょっと元気になったみたい。
 当日が楽しみだな、とおれはオムライスの最後の一口を大きくすくって口に入れる。我ながら冷めてもおいしい。
 ちらりとまゆみちゃんのお弁当箱を見て、すっかり綺麗に完食されていたものだから、余計に嬉しくなってひとりでにまた笑みがこぼれた。

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