羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 運ばれてきたリゾットを食べながら思った。よく考えたらなんで奥が中学の頃の俺たちの仲を微妙に把握してるんだよ。
 尋ねてみると、「いや、思い返してみれば中学の頃からそうだったなっつーだけ。あの頃のお前に近付いていく奴殆どいなかったから八代かなり目立ってたし」とのことだ。そう言われてしまうと何も反論できない。あの頃余裕なかったんだよ……ありとあらゆることに対して……。
 俺は、八代が首を傾げながら野菜を咀嚼しているのをちらりと見る。おそらく、これ何味だろう……みたいなことを考えているのだろう。それはサワークリームのドレッシングとパプリカパウダーだぞ。なんて、余計な口出しをしてしまいそうになって視線を逸らした。
 俺がこいつを好きになったのがはたしていつのことだったか、あまりはっきりとは覚えていない。ただ、こいつからそれなりに好意を持たれているな……というのはかなり早い時期から気付いていた。それこそ、こいつが俺のことをそういう意味で好きだと自覚したであろうときよりも前から。
 なんというか、究極的に言うと「優しくされたから好きになった」というやつなんだと思う。単純かつ身勝手すぎる話だが。
「……そもそも今になって話さなきゃならないことあんまりないだろ」
「え、ないことないでしょ。ちゃんとノロケてよ。毎週金曜にオレのお弁当作ってくれてたこととか」
 それは俺が惚気るべきことなのか……? と思わず他二人の様子を窺ってしまう。津軽は俺の視線を受けて微笑み返すだけで黙っていてくれたが、奥は「八代お前……そんな大昔からこいつに飯作らせてたのかよ……」と引いていた。……土曜もなんだかんだ作ってたことは言わない方がよさそうだ。
「弁当は俺が好きで作ってただけだから……いつも残さず食ってくれてたし」
「オレもいただきますとごちそうさまとありがとうは欠かさなかったから! 双方同意の上だから!」
 八代には勉強を教えてもらったりさくらの話し相手になってもらったりしていたから、そのお礼という意味合いもあった。寧ろあの程度でよかったんだろうか……とは、今でも思っていたりする。土日の半分潰して人に勉強教えて、お礼が食事だけというのは割に合わないだろう。八代はよく俺に、「高槻って尽くし体質だよねー」というようなことを言うけれど、こいつも大概だと思う。
「あー……色々悪かったとは思ってるけど、あのくらいが楽だったんだよ。仲いい友達の距離感……みたいな」
「友達にしては近すぎた気もするけどね。この際だから言うけど高槻って親しくなればなるほど人間関係下手にならない? なんで?」
「赤の他人はどうでもいいから当たり障りなく対応できるってだけじゃねえの。どういう受け答えすればいいか分かってるけど、友達にはそういう『正解選ぶだけ』みたいなことしたくない……」
 そしてどこかで失敗するのである。馬鹿だと思う。仲のいい奴とか仲良くなりたい奴とかが相手だとなんかもう全然駄目なんだよな……。
「まあ確かに高槻は友達作るよりも恋人作る方が簡単そうだよな」
「うわっそれ分かってしまう」
「そういう言い方はよくないよ、奥……」
 自分で言うのもなんだが奥の言う通りだと思う。全てこの顔のせいにしてしまいたいがそうもいかないだろう。
 ……一応、高校卒業してから店出すまでの数年間でできた友達も何人かいるんだけどな……物理的に距離が遠くて普段はあまり交流できない。旅行する機会でもあれば会いたいとは思っている。
「あれ、高槻もしかして落ち込んでる?」
「なんでこの流れで落ち込まないと思うんだ……?」
「大丈夫だって。少なくともここにいるのは全員お前の友達だし。元気出して」
 頷きつつ、なんとなく話が本筋から逸れたことにほっとした。このまま別の話題に移ってくれ……と祈る。自分の恋愛事情なんて、口にするのは恥ずかしい。
 ……俺だけが分かっていればいい。初めて八代が家に来てくれて、さくらと何のしがらみもなく喋ってくれてどれだけ嬉しかったか。悲しみで自分のことすらままならなかったとき、一緒に悲しんでくれたことにどれだけ救われたか。そんなのは、俺だけが分かっていればいいのだ。
 飲み物を追加オーダーして完全に会話が途切れたので、これ幸いと食べることに集中する。やはり信頼できる奴のチョイスは信頼できるということで、前菜からメインの肉料理までどれも美味しい。美味しいだけでなく、目新しい食材の組み合わせや盛り付けもあって色々と参考にできそうだった。津軽はというと、今日も完璧な所作で美味しそうに付け合せのじゃがいもを口に運んでいる。奥は食べるのが速くて、八代は遅い。誰かと食事をするときに、飲み物の減るペースやおかずを食べる順番、全てが各々異なるという当たり前のことがなんだかとても、幸せに感じたりする。
「にしても、お前って高槻の友達自称すんの?」
「え? ……あー、なんとなく言いたいこと分かったわ。恋人でもあり友達でもあるって感じかな。一人で二度美味しいよ」
「リバーシブルの洋服みたいな?」
「奥って喩えが独特だよね……オレのイメージとしてはベン図なんだけど。恋人と友達が重なった部分にいるのが高槻。というか、お前だって津軽と常に恋人モードではないでしょ」
「それはTPOの問題だろ。仕事中にそういう振舞いはしねえけど、遼夜との関係性が恋人同士じゃなくなるわけじゃねえし」
 何やら難しそうな話を始めてしまった二人である。ほぼメインの皿を片付けていた奥は、ふと視線を下げて「……よく考えたら、俺ほぼ一目惚れみたいなもんだったからいわゆる純粋な友達期間っつーのがなかったかも。そのせいか?」と言った。
「初耳なんですが。一目惚れだったの?」
「初めて言ったし。正確に言うとこいつの書く字に惚れたっつーか話に惚れたっつーか……これを書ける奴がクラスメイトにいるなら俺はそいつのことが好きだろうなと思った」
「ま、マジかー……確かに津軽の書く字って深窓の令嬢っぽいもんね。え、というか津軽はこのこと知ってたの」
「後から教えてもらった、けれど、当時は『友達にものすごく優しい人なんだな』と思っていた……」
 あれを「友達にものすごく優しい人なんだな」で済ませられる津軽は大物なんじゃないだろうかと思う。あれはどう考えても「狙っているのがものすごくあからさまな人」だった。まあ、だからこそ俺は割と早い段階で気付いたのだが。
 いつ頃だっただろうか。もしかすると、高二でクラスが一緒になって、そう時間が経たないうちかもしれない。当時の俺は津軽に対して……あまり……態度が良くなかったために……奥に嫌われていた……。自分で思い返してつらくなってきた。過去に戻れるなら即刻矯正したい。
 奥とは小学校からの付き合いで、俺が家のごたごたであまり学校に行けていなかった頃も変に意識せず接してくれていたから、特に一緒に行動する感じではなかったけれど有難く思っていたのだ。それが同じクラスになったかと思えばあからさまに「こいつムカつく」みたいなオーラを出されて内心かなりショックだった。まあ、何もかも自業自得だ。現に、津軽と少しずつ仲良くなることができたと思う最近は元のフラットな感じに戻っている。安心した……というのは、内緒だ。
「えー、じゃあ奥ってもし津軽と別れたら津軽との仲はどうなんの? 友達になんの? 担当作家?」
「おっまえそれはあまりにもデリカシーがないだろ……なんでそれ口にしようと思った?」
 驚きすぎて食い気味に八代を止めると、「しばらく黙ってたかと思えばオレに文句つけるときだけ喋る……」なんて言われた。被害妄想をやめろ。
「お前マジで時々恐ろしいことを言うから……引く……」
「高槻、諦めろ。お前の恋人は昔からこういうことを平気で言う奴だった」
「えっひど! 奥のその発言の方がどうかと思うんですけど」
「いやこれはマジだぞ。まあ、高槻は気にしすぎだと俺も思うけど。お前は気にしなさすぎ。足して割れ」
「うえぇー……津軽、どう思う」
「うん? おれはあまり気にならないけれど。もしもの話は職業柄よく扱うからね」
「よ、よかった味方がいた……」
「もしおれが奥と別れるようなことになったら、うーん、おれはかなり物事を引きずってしまうと思うから、友達には戻れないかもしれないね。別れた後も仲のよい友達同士でいられるのが一番だけれど」
「あー……俺は、友達に戻るっつーか友達を一からやり直すって感じだなたぶん。そもそも別れる気はねえけど」
「ふむふむ。ちなみに高槻は?」
「え、……引っ越す……」
「引っ越す!? 何が!?」
「何もかもに耐えられる気がしないからとりあえず今の店は畳んでどこか遠いところに行きたい……」
「えええ……別れても友達じゃん……」
 そういう綺麗事はそれこそ物語の中だけにしておいてほしい。ドルチェが運ばれてきたのでそれをゆっくり味わうことで会話から逃げた。出てきたのはカタラーナである。甘さが若干重めだがコーヒーがあるからちょうどいい。
「あ、これ美味しいー。まあ今日出てきたもの全部美味しかったけど」
 どうやら八代も気に入ったらしいので、今度店でも出してやることにしよう。こいつにはもう少しアルコールで風味付けして甘さを抑えた方が好みなはずだ。
 ……と、そこまで考えて気付いた。いくら外食したって、最終的には自分で作ってこいつに食べさせるのを想像してしまうんだなということに。
「あれ? どしたの高槻、急にご機嫌じゃん。いいことあった?」
「そうかもな」
 よかったね、とにこにこしている八代。こいつは、たとえ理由が分からなくても俺が嬉しそうにしていると喜んでくれる。そういうところが昔からずっと好きだ。
 俺はコーヒーを飲み干してほっと息をつく。
 今日も、大切な奴との食事は楽しいし、しあわせだ。

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