羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 今日は高槻に料理お休みしてもらう日にしよう、とかなんとか八代が言ったから、俺の店ではなく津軽がよく利用する店に連れてきてもらった。八代は、時々妙な気遣いを発揮して俺に休みをくれようとする。正直なところ俺は家事がまったく苦ではない性分なので、集まるたびに自分が料理をするという役割分担を不満に思ったことは皆無なのだが……。
 まあ、一応のポーズとして「他の奴らが食ってる横で俺にだけ料理させる気か」というような表明をすることもたまにはある。でもこれは、文句も言わずあんまり色々やりすぎるとかえって気を遣わせてしまうことが多いからだ。別に本気で休ませろとは思っていない。料理に関して一任してもらえるのは、信頼されている感じがして嬉しいものだ。この辺りの感覚は口に出すことはないから、察しろと言うつもりもないが。
 それはともかく、気遣ってくれたこと自体が嬉しいので特に異論は挟まず休みを楽しむことにしている。普段一人じゃ行かないような場所に行くのもいい経験だろうしな。
「――それにしても、毎回おれの選ぶ店でいいのか?」
「寧ろ毎回店選びさせちゃってごめんって感じだけど。オレの知ってる店、やっぱお酒の比重が大きいし……あとはまあ、高槻に変なもの食べさせたくないという気持ちがある。その点津軽が普段使いしてる店なら安心じゃん」
「あー分かる。自分の舌が信用ならなすぎるんだよな。俺今でも遼夜と外食すんの割と緊張するわ」
「奥と飯食うときは適当に目についた店選ぶよね。その場のノリで」
「えっそれ楽しそうじゃないか? おれもやりたい……」
「今度はそうしてみる? マジで味とサービスの保証はしないけど」
 八代が軽口を叩くのを聞きつつそれなりに広い個室へと案内されて、ウェイターが持ってきてくれたメニューを各々見る。予想通りコース料理の店だが、案外と店内の雰囲気はカジュアルだった。呼び出しボタンで呼ばずともウェイターが来てくれて、しかしネクタイ必須というわけでもない……くらいのドレスコード。個人的には好きな感じだ。
「ワイン、ボトルで入れる? あーでも色々飲んでみたい気もするな……」
「そもそも俺ら味の好み全然被ってねえだろ」
「そうだっけ? オレ赤の重めのやつが好き」
「どっちかっつーと白」
 視線で意見を求められたので、「ロゼかサングリア辺りがいい」と言ってみる。八代には「あーあ」みたいな顔をされて奥には「ほら見ろ」みたいな顔をされた。なんだよ。美味いだろサングリア。
「……各々好きなの頼めばいいだろ。俺は俺で甘いの飲む」
「高槻って四人で集まるときにお酒のシェアの話とかしたがらないよね。やっぱ津軽に気ィ遣ってんの?」
「そういうのは思ってても口に出すなっていつも言ってるだろ……」
 別に気遣っているつもりはない。ただ、自分が交ざれない話で自分以外の全員が盛り上がっていたら多少なり寂しい気持ちになるんじゃないかと思うだけだ。別に津軽がそういうことで機嫌を損ねると思っているわけじゃなくて、せっかく四人いるなら四人でできる話をしたい。
「おれのことは気にせず話してくれていいのに。おれのせいでおまえたちの話題の幅が狭まるのはいやだよ」
「あああもうこうやって申し訳なさそうにされるのが嫌だったんだよ俺は……っつーか、気遣ってるとかそういうの抜きにして、例えば玉子アレルギーの奴の前でケーキが美味いだのプリンがいいだの言わないだろ。俺は言いたくない……」
「いやそりゃ小さい子の前とかじゃ絶対言わないけどさあ……成人済みなんだし流石に自分のアレルギーで他人の言動制限しようとは思わないでしょ」
「アレルギーを持ってる奴自身がそれ言うならいいけど外野が言うのはちょっと……別に津軽に『その話やめろ』って言われたからしないわけじゃなくて俺がやめといた方がいいと思うからしないだけだし……」
 俺がそう思っているだけだから、誰かにこれと同じことをしろなんてことは言わないが。
「……昔から思ってたけど、お前らって案外意見の相違が多いよな」
「高槻が優しいからねー。正直言っちゃうとオレは『そこまで気にする?』って思うこと割とあるよ」
 だからこれは優しいとか優しくないとか関係なく感覚の違いの話だっつってんだろ。別に俺は、八代が優しくないとも思わない。実際、俺が配慮される側だったとしたら、変に言動を制限してほしくないと感じるだろうし。だからこそ黙っていたのだ。
 そんなことを言っている間にウェイターが注文を取りにきて、各々好きなように飲み物を頼む。再度ざっとメニューを見てみて、キール・インペリアルが作れるようだったのでそれにした。もうこの話はおしまいにしたい。
 ……と、まあ、そんなことを考えているときにさりげなく話の方向性を変えてくれるのが津軽なのだが。
「そういえば、こうして見ていると高槻はかなり形式に則った注文の仕方をするね。その辺りは親御さんの方針だろうか」
「形式?」
「食前にきちんと食前酒を頼むね、というような意味だよ」
「ん、ん。いや、この辺りも個人的な好みじゃねえの? まあ、その場の雰囲気で頼むもの変えたりはするけど……」
「ふうん……なあ高槻、おれはお酒は飲めないけれど、お酒の話を聞くのはすきなんだ。だから、色々教えてくれると嬉しいなと思うよ。おまえがさっき頼んだお酒は、ただのキールとは違うものなのか?」
 興味津々という瞳で尋ねられては答えないわけにはいかないだろう。「キールは白ワインとカシスだけど、これはシャンパンとフランボワーズ」端的に説明すると、ますます不思議そうな表情をされた。
「まったく材料が違うのに名前は似ているんだな」
「あー……元々キールと、キール・ロワイヤルってカクテルがあって。キール・ロワイヤルがシャンパンとカシスなんだよ」
「なるほど。その派生か」
 家に帰ってから一人で調べるより、飲んでいる人に直接聞いた方が同じ物事でも理解が深まるように思えるね……というようなことをそいつは言った。気を悪くした風でもないし、よかったと内心で胸をなでおろす。
「津軽ってお酒飲めないけど微妙にお酒の知識あるよね。なんで? 小説のネタ集め?」
「それもあるけれど、カクテルは見た目がきれいだからね。あと、お酒の話をできるのは恰好いい気がする」
「うわあ、小学生みたいな感想を抱いている……」
「いいだろ別に。でもまあ一滴も飲めないから、キールが食前酒なことも辛口であることも知っているけれど、お酒の『辛口』がどういうものなのかは知らないよ。奥はおれと二人きりのときはお酒飲んでくれないからなあ」
 八代が、「なんか、奥のそういう対津軽だけの気遣い発揮してる話聞くとちょっと面白いよね」と喧嘩を売ってるんだかなんなんだか分からない発言をし始めたので止めるタイミングをつい窺ってしまう。……こういうところが変に気を回しすぎなのかもしれない。
「お前はもうちょっと高槻に気ィ遣ってやった方がいいと思うぞ」
「うそ!? 奥にまで言われたら立ち直れないんだけど」
「俺は恋人には特別優しくする派なんで」
「オレだってそうですけど? というか今考えたら奥って別に津軽と付き合い始める前も津軽に対してだけゲロ甘だったじゃん……」
「恋人と恋人候補には特別優しくする派なんで」
「実際のとこいつ頃から狙ってたんですか奥さん」
「高一の秋から。お前あんまりMP溜めるなよ」
「は? マジックポイントが何?」
「マジックポイントじゃねえよ。店出てから殴られたくなかったらその呼び方を即刻やめろポイントだよ」
「こわ! えっ怖……ごめんなさい……」
 奥は、前菜がサーブされてウェイターが静かに去っていったタイミングを見計らうかのように再び口を開いた。
「お前らだって、それこそ中学の頃からずっとくっつくんだかくっつかないんだか分かんねえ距離感だったじゃねえか」
「オレ、その責任は八割方高槻にあると思います」
 やばい、矛先がこちらに向いてしまった。もっと早く会話に割り込んでおけばよかった。今更言っても仕方ないのでなんとなく助けてくれそうな津軽に視線で助けを求めてみるが、津軽は涼しげな表情で「ふふ。ちょうどいい機会だし弁解してみるのも悪くないんじゃないか?」なんて言う。
「見捨てられた……」
「なんでだよ。別に嫌がらせではないからな? ただ、おまえの口からこういうことを聞ける機会もそうそうないだろうからと思ってね」
 黙ってそら豆のスープを飲んでみたものの、無言では許されそうにない雰囲気である。まあ、ちょっと話して解放されるならそれでいいか……なんて、俺は記憶の糸を手繰ってみることにした。

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